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守谷楓華の場合。

 夜という静寂な空間で、その夜を感じさせない場所に俺はいる。そこは夜の校舎にもかかわらず、数人の生徒たちで賑わっている。


「聞きましたか? またここに転入してくる人がいるんですって。しかも転入待ちの方々よりも先に転入されてくるらしいですわ」

「また? 今回で何人目なの?」

「確か十三人目だと思いますわ。この教室に来る方の転入待ちが四人でしたから、ここに来る方は合計で五人ですわね」

「そんなに入ってくると、教室が狭くなるわね」


 この教室には机と椅子が三十セットあるが、五人の生徒しかおらず、そのうちの女子二人が転校生の会話で盛り上がっていて、残りの男子二人は男子二人で会話していた。変わらずボッチな俺は昼と変わらず、ラノベを読んで時間が来るまで待っている。


「おはよう」


 二人の会話に耳を傾けなくても話が入ってくるため、BGM代わりに聞いていると、扉を開けて入ってきた女子生徒がいた。毛先まで整えられた長い黒髪がとても似合っている端正な顔立ちに、大和撫子のようなお淑やかな女性、神馬(じんま)美幸(みゆき)だった。


「おはようございます、美幸さま」

「おはよう、美幸」


 さっきまで会話していた女子生徒二人は席に座った神馬の元に向かい、笑顔で話しかけた。


「さっきまで盛り上がっていたようだけど、どんな話をしていたのかしら?」

「それは今日来ると言われている転入生のことですわ。美幸さまはそのことはご存知でしたか?」

「えぇ、その話は先生から聞いていたから知っているわ。学友が増えるのだから、楽しみだわ」

「楽しみなの? どんな奴か分からないのに」

「そうでもないわ。公認の魔法師が増えることは、それだけで魔法を使って悪さをする人たちにとって抑止力になる。それにどんな人であろうとも、互いに切磋琢磨し合う人ができることは良いことよ」

「さすがですわ、美幸さま!」

「本当に優等生の回答だな」


 そんな会話を聞きながら、俺はラノベを流し読みする。しかし、こうしている俺が非常に浮いていることが見て分かる。神馬たちの三人グループに男性生徒二人、そして俺。どう考えても俺は男子生徒二人の元へと向かうべきなのだろうが、俺はそれができなかった。


 だって、あいつらの空気がどう考えても男子高校生の空気じゃなかったんだからな。普通の男性高校生たちは、バカ騒ぎするとかだと思う。だけど彼らはそういうのじゃなくて、カップルのように見える。落ち着いた感じの雰囲気だ。俺が普通を語るのはおこがましいが。


「席に着けー、今日の学校を始めるぞー」


 時間になり、そう言いながら教室に入ってきたのは、無精髭を生やして気だるそうにしているちょい悪系のおじさん男性教師、猿丸(さるまる)和久(かずひさ)先生だった。先生が来て、生徒たちが各々好きな席に座る。神馬たちは固まって座り、男子生徒二人も固まって座っている。つまり俺はボッチだ。


「今日も全員いるな。相変わらず夜なのにお前ら元気がいいな」

「先生が元気がないだけじゃないんですか?」

「おっさんだからって言いたいのか? これはお前らが年を取らないと分からないことだ。お前らが俺くらいの年になると元気を出したくても出せないようになるんだ。今は元気いっぱいはしゃぐと良い」

「何意味わからないことを言っているんですか?」

「そんなことはどうでも良いんだよ。今日は聞いていると思うが、転入生がいる。おーい、入ってこい」


 神馬の取り巻きの一人であるショートヘアにピアスとつけている女子生徒と会話を早々に終わらせた先生が、教室の外に向かって声を発した。すると一人の女子が教室にぎこちなく入ってきた。


「こいつが今日からお前らのクラスメイトになる生徒だ。ほら、自己紹介をしろ」

「は、はひ」


 誰がどう見ても緊張しているということが分かる、うなじ辺りまで切り揃えている黒髪に眼鏡をかけている女子生徒は、先生の言う通り自己紹介をし始めた。


「ひゃ、ひゃじめましてっ! わ、わひゃしは、みょりにゃふちゅかです! よ、よりょしゅきゅおねがひしまひゅ!」


 ・・・・・・えっと、どこが名前なんだろうか。今のははたして自己紹介だったのだろうか。噛みまくって、と言うよりかは噛み芸を披露しただけなのだろうか。しかし、俺は彼女を笑えはしなかった。俺もあれになっていたかもしれないからだ。


「くくっ・・・・・・守谷(もりや)楓華(ふうか)だ。まぁ、悪い奴じゃないから仲良くしてくれ。ぷっ」


 笑いを我慢しながら守谷の名前を言ってくれた猿丸先生であるが、当の本人である守谷は顔を真っ赤にして俯いた。そしてクラスメイトたちは何とも言えない顔をしている。猿丸先生はおそらく人の心を持っていない何かだ。俺はあれをバカにすることなどできない。


「ふぅ、じゃあこいつの世話役を決めるぞ」


 我慢しながら笑っていた猿丸先生は、落ち着いて俺たち六人を見渡した。編入してきた生徒には、在学している生徒の誰かが世話役として付けられるらしい。らしいと言うのは編入してきた生徒が彼女で初めてだからだ。


「誰にしようかねぇ・・・・・・」


 誰にしようか迷っている猿丸先生に俺は目を合わせないようにする。目を合わせれば選ばれると思っているからで、こういうことは神馬みたいな優等生被りにやらせていれば良いんだよ。


「せんせーい、私は牛鬼くんが良いと思いまーす」

「えっ?」


 急にさっき猿丸先生と会話していたショートヘアの彼女が俺を指名してきた。俺は驚いてそちらを見ると、面白そうな顔でニヤニヤしていた。それを見た俺はカチンときた。


 あー、出ましたよ。こういうことがいじめにつながるんだと思いますよ。どういうことで俺が良いと思ったんだよ。絶対にお前は根拠を示せないだろうが。


「牛鬼か。まぁ、あー、牛鬼で丁度良いか」

「はぁ?」


 猿丸先生は男子二人、女子三人グループを見た後に俺だけを見て俺で良いと言ってきた。その瞬間猿丸先生が何を思ったのか理解することができた。俺が一人だから、丁度いいと言ったのだ。これは許しがたいことだ。俺が一人でいることが悪いのかと声を大にして言いたい。


「牛鬼、何か問題あるか?」

「そんな・・・・・・、ないです」


 猿丸先生の言葉に俺は『そんなあるに決まっています』と言おうとしていたが、猿丸先生の隣にいる守谷が死んだ目をしていたため、俺は了承せざるを得なかった。


「よし。じゃあ守谷はあそこにいる牛鬼の隣に座ってくれ。分からないことがあったら牛鬼に聞いたり、牛鬼が教えてくれるから」

「は、はいっ!」


 ロボットのような動きでこちらまで来た守谷は、目を泳がせながら俺に話しかけてきた。


「も、守谷でしゅ! おねがいひましゅ!」

「あ、あぁ、牛鬼だ。とりあえず座れよ」

「あ、ありがとうございましゅっ!」


 立ったままで挨拶してきた守谷にどう対処していいか分からない俺は座るように促した。そうすると守谷は、まるでかくついている動画みたいな動きで座った。俺は横目で守谷のことを見ると、守谷はそわそわと言うよりかは小刻みに震えている。何かの振動を受けているんじゃないかと思うぐらいに。


「だ、大丈夫か?」

「だいじょうぶでしゅ!」

「そ、そうか」


 絶対に大丈夫そうではない守谷であるが、今は授業が始まったばかりであるから後回しにすることにした。そもそも、今日の授業を考えると守谷は大丈夫ではないような気がしてきた。


「今日来てもらったばかりの守谷には悪いが、今日は昨日の続きで実戦をするから」

「へっ?」


 守谷は緊張しながらきょとんとした表情をした。守谷がどこまでできるか分からないが、猿丸先生はおそらく説明よりも先に実践をすると思う。あの人説明とか面倒なことが嫌いだとこれまでの経験から推測する。


「じゃあ体操服に着替えてグラウンドまで来てくれ」


 猿丸先生がそう言うと、俺と守谷を除く人たちが会話しながら一斉に後ろにあるロッカーから着替えを持って教室からいなくなった。俺は守谷の世話役であるため、守谷を置いて行けるわけがないが、ここは神馬たちが更衣室に案内するべきではないのだろうかと思ってしまう。


「あー、えっと、守谷?」

「は、はいっ!」

「いや、そんなに緊張しなくていいから。俺とたぶん同い年だよな?」

「は、はいっ! 十五歳です!」

「俺も十五歳だから、敬語はなくていいから。それよりも次は体操服に着替えて授業を受けないといけないから早く着替えるぞ」

「えっ? わ、私、体操服がない、です」

「あぁ、それは大丈夫。猿丸先生のことだから守谷の体操服を後ろのロッカーに入れているはずだ」

「ロッカー?」


 俺は立ち上がり、守谷も立ち上がったが、どう見ても緊張が身体全体を支配している。これで今日の実戦をすると言っても何もできないと思った。そんなことを考えながら、二人で並べられているロッカーの前まで来た。


「ロッカーの上に名前が書いてあるだろ。全員にロッカーが用意されているから」

「・・・・・・あった。あってよかったぁ」


 何やら闇の言葉が聞こえてきたが、俺は無視して話を続ける。


「それと、守谷。俺のロッカーを開けてみてくれ」

「えっ? う、うん」


 俺の名前が書かれているロッカーを開けるように促すと、守谷は遠慮がちにロッカーを開けようとするがカギがかけられているように開かなかった。いくら開けようとしても、開く気配はない。そんな守谷をどかせて俺が自分のロッカーを開けると、簡単に開いた。


「えっ、これって・・・・・・」

「これは持ち主じゃないと開かないようになっている。だから安心して大事なものを入れて――」

「すごいっ! これってどうなってるの⁉ これが魔法なの⁉ えっえっえっ? どういう仕組みでこうなっているの⁉ それに持ち主じゃないと開けられないとかどういうこと⁉ 何か最初は胡散臭いおじさんに言われるままここに来たけどこういう風に魔法を見せられるとやっぱりここに来てよかったとか思っちゃう! 魔力とかの認識でこうなっているの⁉ それともそういう術式とかがあるの⁉ ねぇねぇ!」

「ちけぇ」


 何がトリガーになったのか分からないが、ただの魔法がかけられたロッカーを見ただけで興奮しながら俺に近づいてきてキスしそうな距離で俺に色々と話しかけてきた。俺は後ずさりながら近いと言って守谷を腕で制した。


「あっ・・・・・・、ご、ごめんなさい! わ、私興奮してしまって・・・・・・」

「いや、別にいい。少し驚いただけだ。それよりも今は早く着替えるぞ」


 ものすごく申し訳なさそうに謝ってくる守谷だが、俺的には女子が近くに来ただけで役得だ。守谷もよくよく見れば顔は悪くないし、そう意識してしまったらダメだ。


「う、うん。そ、それで、更衣室って、ど、どこにありま、あるの?」

「女子更衣室は一階にあるんだが、男子更衣室は四階なんだ」


 俺たちが今いる場所は二階の教室で、女子更衣室に案内しようものなら俺がそのまま走って男子更衣室に向かい、着替えて女子更衣室に守谷を迎いに行ってグラウンドに向かわなければならない。非常に面倒だ。


「それなら、ここで着替えたら、良いと、思うよ」

「は?」

「あっ、ご、ごめんね! 私と同じ部屋で着替えるの何か嫌だよね!」


 守谷が言い出したことに何を言っているんだと一言だけ声を出したら、守谷はなぜか自身を卑下する言い方をした。かなり闇を抱えているなと思いながらも、時間がないため守谷の案に乗ることにした。


「いや、守谷が良ければここで着替えよう。正直に言って時間がない。俺は前を向いて着替えるから、守谷は後ろを向いて着替えよう」

「う、うん、分かった」


 俺は自分のロッカーから体操服を取り出し、前の方の机に体操服を置いて教壇の方を向いて体操服に着替え始める。すると後ろの方から俺以外の衣服を脱ぐ音が聞こえてくる。その音だけで少しだけドキドキしているが、今はそんな邪念を払って着替えを早々に終わらせる。


「守谷、着替え終わったか?」

「ご、ごめんね。も、もう少しだけ待って」

「大丈夫だぞ。こっちも急かすようにして悪かった」

「ぎゅ、牛鬼くんのせいじゃないから大丈夫だよ!」


 こうして守谷と会話していると、守谷はあまり人と会話し慣れていないイメージが強い。俺も人のことを言えないが、それでも俺に近づいてきた時も俺の目を一切見ていなかった。


「も、もう大丈夫だよ」

「そうか、じゃあそっちを向くぞ」


 俺が振り返ると、長袖長ズボンの月光学園の体操服を着た守谷がいた。少しだけモジモジとして体操服に着心地が悪そうであった。


「体操服のサイズが合っていないのか?」

「えっ? そ、そんなことは、ないよ?」

「そうか。それなら良いが」


 俺はロッカーの中に制服やら財布やらを入れて、ロッカーから俺の武器である二丁の拳銃と腰に巻く拳銃ホルダーを取り出した。そして拳銃ホルダーを装着して拳銃と拳銃の弾倉をホルダーの中にセットする。


「そ、それって、本物の、け、拳銃、なの?」

「あぁ、そうだ」

「・・・・・・うん? ぎゅ、牛鬼くんって、ま、魔法使いなんだよね?」

「そうだぞ。まぁ、守谷の言いたいことは分かるが、これが俺の戦闘スタイルなんだ。魔法師は魔法だけを武器にするという魔法師もいれば、拳銃や薙刀を武器にして戦う魔法師もいる。俺はもちろん後者だ。そもそも各々の戦闘スタイルを模索することが、この学園でする一番のことなんだ」

「へぇ・・・・・・、ふへっ」


 俺の説明を受けた守谷は、考え込んだ後に何やら変な顔で笑った。今の俺はその程度で動じないため、無視して守谷に声をかける。


「守谷、行くぞ」

「あっ、うんっ!」


 変な顔から戻った守谷と俺は駆け足で猿丸先生に指定されたグラウンドへと向かった。その際に守谷が異常に体力がないことが分かった。




 俺と守谷がグラウンドに向かうと、俺たち以外の生徒は全員体操服に着替えてグラウンドに揃っていた。俺は何ともないが、駆け足で来たにもかかわらず守谷は肩を上下させて呼吸していた。


「時間通り。全員いるなー。そんで守谷、大丈夫か?」

「は、はひぃ、はぁ、はぁ、だ、だいじょうぶですぅ」


 ジャージに着替えた猿丸先生がグラウンドに来たが、一人だけ明らかに息を切らしているため大丈夫かと聞いて、守谷は大丈夫だと言いながら大丈夫ではなさそうだった。俺は守谷の背中をさすりながら魔力を流し込み、身体機能を一時的に上昇させて呼吸を整えさせる。


「ふぅ、あ、ありがとう、牛鬼くん。楽になった」

「どういたしまして。それよりも授業が始まるぞ」


 顔色を良くした守谷を見た猿丸先生は、授業を始めた。


「準備は良いな、授業を始めるぞ。ルールは昨日と一緒だ。守谷は牛鬼に聞け。準備が良い奴から部屋の中に入れ、そこからはもう油断するなよ」

「えっ⁉」


 そう言って猿丸先生は何もないところで姿が見えなくなった。それに守谷が驚いた声を出すが、それに対して俺以外のクラスメイトは守谷のことを見て守谷は縮こまってしまった。


「私から先に行かせてもらうわ」


 神馬はそう言って猿丸先生と同じ場所で姿が見えなくなり、次々とクラスメイトたちはそこに向かって姿が消えた。ここで俺と守谷が入っても良いが、守谷には説明をしなければならない。


「守谷、この授業のルールだが――」

「えっ⁉ 何これ⁉ どういう魔法なの⁉ こんな神隠しみたいな魔法があるの⁉ どういう原理の魔法が使われて――」

「その説明は後でするから、とりあえずこの授業のルールを説明するぞ」

「はひ」


 また守谷が俺に近づいてきて興奮しながら聞いてこようとしていたため、俺は守谷の両頬を片手でつかんで無理やり止めた。


「この授業は簡単に言えば鬼ごっこだ」

「鬼ごっこ?」

「そうだ。と言っても、先生は逃げ側で、生徒は鬼側になっている。鬼側である生徒は逃げ側である先生を見つけ、一撃でも決められればその生徒はこの授業が終了。決められなければ時間いっぱいまで終われないルールだ。それに逃げ側の先生からも妨害が入ってくるから、それを避けつつ先生に攻撃を当てなければならないというルールだ」

「・・・・・・それって先生側が、振りじゃないの」

「そう思うだろ? だが先生は曲がりなりにもAランクの魔法師だ。そう簡単に攻撃を当てさせてはくれない」

「・・・・・・えっ? 私、魔法が使えない、よ?」

「あぁ、そうなのか。やっぱりそうだと思ってた」


 守谷の衝撃的な言葉に、俺は予想していた通りと思ってしまった。魔法についてどう考えても子供みたいな反応をしていた。これはつまり魔法をあまり見たことがなかったということなのだろうと思っていた。だが、猿丸先生はそれを分かっているはずだ。


「・・・・・・とりあえず入ろうか。猿丸先生にも何か考えていることでもあるんだろう」

「う、うん、分かった。それで、どういう原理で・・・・・・」

「あとで言うから、大人しくついてこい」


 そう言って俺と守谷はみんなが消えた場所に歩いて行き、俺が先にそこを通った。守谷も後から続いてそこを通ると、夜とは思えない光景が広がっていた。


「まぶしっ、えっ? 今って、夜だよね?」

「ここも簡単に言えば、ある魔法師が作った普通の次元とは別次元に作られた空間だ。いくら暴れても良いような強度になっている」

「えっ⁉ それこそどういう魔法なの⁉ こういうのが魔法って――」

「はいはい、それはもういいから」

「はひ」


 また喋り出しそうになったため、すぐに両頬を片手でつかんで喋らせないようにした。そして周りを見渡すと、木々で囲まれているこの場所は太陽が真上にあり俺たちを照らしている。


「とりあえずここにいると猿丸先生に狙われるから、逃げるぞ」

「えっ、う、うんっ」


 俺は守谷の手を引いてその場から離れる。すると近くから戦闘を行っている音が聞こえてくる。この音は猿丸先生と神馬だと予測する。


「守谷、魔法のことをどこまで知っている?」

「ま、魔法のこと? ど、どこまでと言われましても、おそらく、全然、知らないです」


 駆け足で戦場から離れながら、守谷にそう聞いた瞬間、俺は頭を抑えたくなった。だがそれは守谷の前もあり心の中で押しとどめることにした。


 つまり、あの猿丸とか言う教師は、教師の職務を放棄して魔法のことを俺に教えさせようとしているのだ。ふざけんなっ! それはてめぇの仕事だろうが! 俺も生徒なんだから、上手く教えられるわけがないだろうがッ!


「あの、迷惑、だった?」

「あ? どうしてだ?」


 俺に手を引かれている守谷が、暗い声音でそう言ってきた。俺は後ろを向くと声音と合致した顔をしている。これで笑顔だったら怖いけどな。


「だ、だって、こんな厄介払いなこと、誰も嬉しくない、と思う」

「普通はそうだろうが、あいにく俺は普通じゃない。だから勝手に迷惑だと決めつける方が迷惑だろうが。今は魔法を学ぶという姿勢だけで十分だ」


 守谷を見ていると昔の、惨めだった俺を思い出す。決して今の守谷が惨めというわけではないが、それでも俺のせいでそういう風な顔をされるのは気分が悪い。こんなところで人間としての良心が残っているとは思わなかったが。


「ここら辺で大丈夫だろう。とりあえず今から魔法について伝えれることを伝える」

「はぁ、はぁ、はぁ、はひぃ」

「・・・・・・とりあえず、守谷は体力作りから始めないとな」

「ま、まひょうちゅかいに、いるんですか⁉」

「いるだろ。一撃で決めれる魔法があればいいが、こと魔法師同士の戦いとなれば体力が必要になってくる」

「そ、そうなんですね」


 今さっきまで会話できていたのに、また守谷は息切れを起こしていた。今俺がこの授業の時間の中でできることは、魔法の基本的なことをちょっとでも教えれたらいいと思っている。だが、それは猿丸先生が許してくれない。


「守谷、たぶん猿丸先生は守谷がいても遠慮なくこっちに向かってくる。猿丸先生はまんべんなく生徒の元へと来るから、さぼろうとしたり悠長に魔法のことを教えることができない」

「ふへ? ほんと? それって、厳しくない?」

「厳しいんだよ。だからこんな悠長な話をしている場合じゃない」


 俺が魔法のことを一から教えるには時間がないことは分かっている。だから魔法全体のこと、ではなく使える魔法から話すことにした。


「守谷はどうやってスカウトされたんだ?」

「えっ? ・・・・・・えっと、その」


 俺がそう聞くと守谷は何やら言いにくそうな顔をしている。そんなに言いにくそうなことをしたのか、猿丸先生は。猿丸先生がスカウトしたならあり得そう。


「言いにくいなら良い。なら誰にスカウトされたんだ? 猿丸先生か?」

「う、うん、猿丸先生にスカウトされたよ」

「猿丸先生にスカウトされた時とか、話している時に何か言っていなかったか? 魔法に関することで」

「ま、魔法に? うーん・・・・・・、どうだろ?」


 これは期待が薄そうであるが、ここで守谷の魔法が何かを分かれば魔法の糸口がつかめるかもしれない。だから俺は話しを続ける。


「何か言っていたのなら思い出してくれ。スカウトされる人は、膨大な魔力を持っている人か何かしらの魔法を発動している人の二種類に分かれる。守谷は膨大な魔力を持っていない。つまり、何かの魔法を発動していたのかもしれないんだ」

「・・・・・・あっ、何か言っていたような気がするっ! ・・・・・・で、でも、思い、出せない」


 守谷っ! 今すぐに思い出してくれぇ! じゃないと猿丸先生がここに来てしまうぅっ! 俺の力を持ってしても、あの人を足止めするくらいしかできないし、逃げることはできないんだぞ⁉


「あっ、お、思い出した。さ、猿丸先生と会った時に、存在感がないって、言われた。さ、最初は、わ、悪口かと思ったけど・・・・・・でも、悪口?」

「存在感がない? もしかして固有魔法か?」

「そうだぞ。固有魔法だ」

「こ、固有魔法って、何?」

「固有魔法はその人、もしくはその家の人間が使える、誰でも使えない魔法のことだ」

「そ、それって、レアってこと⁉」

「魔法師の中では、そこそこレアだな」

「そうだな、レアだ。・・・・・・ふぅ」


 俺と守谷の会話なのに、二つのセリフだけ俺と守谷ではない人のセリフが入っていた。つまり、そう言うことなんだろうな。


「ッ!」

「おっと、あぶねぇな」


 俺は素早く拳銃を取り出して、第三者の声をした先に強度を上げた弾丸を撃ち放った。しかしその第三者である猿丸先生は俺の弾丸を軽々と避けて俺と守谷から距離を取った。


「もし当たったらどうするんだ? 死ぬだろ」

「死んだらそこまででしょ。それに殺す気で来いって言ったのは猿丸先生では?」

「それはそうだ。じゃないと攻撃が当たらないからな」


 俺は守谷の前に立ち、どうやって戦うかを考える。これは実戦であるが、もちろん命まで取られることはない。しかし、猿丸先生の一撃はかなり痛い。身体に異常は出ないが、かなり痛い。それを今日来たばかりの守谷に喰らわせるのは心苦しい。


「さぁ、どうやって俺に一撃を与えるんだ?」

「それを今考えているんですよ。それに、これを守谷にやらせるのは酷じゃないですか? 今日は見学でも良かったんじゃないんですか?」

「そんな甘い考えを持っているからダメなんだ。時間は待ってくれないんだぞ」

「それにも限度がありますよ」


 猿丸先生と話して分かったが、これは守谷を逃がしてくれそうにない。どうにかして守谷を逃がしたいところだが、俺の実力でできるかどうか分からない。


「よそ見とはいい度胸だな、考え事か?」

「ッ!」


 どうしたらいいか分からずにおどおどしている守谷をチラリと見た隙に、猿丸先生は俺の目の前に来ていた。俺はすぐに弾丸を放とうとするが、猿丸先生の手によって手を弾かれて拳銃をはなしてしまった。


「拳銃ってのは一定の攻撃力を持っているし、魔法で補助すればどんな場面でも使えるようになる。だが、こうやって急に近づかれたら引き金を引く前に落とされるわな」

「そうですねっ!」


 もう一方の拳銃を取り出そうと考えたが、また落としてしまうのが目に見えている。それならばやることは一つ。猿丸先生に領域干渉で十倍の重力をかけ、俺と猿丸先生の間には空気を圧縮した壁、そして魔力で身体能力を向上させる。


「逃げるぞ!」


 俺は守谷の返答を聞かずに守谷の手を引いて、その場から逃げ出した。あの先生とまともにやり合う方がおかしい。俺はそんな無謀なことはしない。


「まぁ、良い線は行っているんだけどな」

「ぐっ!」


 猿丸先生の声が後ろから聞こえ、俺はすぐさま守谷を横に放り出すと俺は背後に痛みを感じ、そして吹き飛ばされた。魔力で身体能力を強化しているが、背中の痛みは強烈以外の何ものでもない。


「いっつぅ・・・・・・」

「あぁ、あと、さすがの俺でも転入初日でいきなり痛みを与えることはしないからな」

「ッ! 最初から言えよ! このクソ教師がぁっ!」

「はははははっ!」


 痛みに耐えながらも、猿丸先生にそう言い放つと猿丸先生は一瞬でどこかに行ってしまった。俺はしばらくの間、痛みで動くことができず、守谷に看病してもらったが、結局この授業で猿丸先生に攻撃を与えられた人はいなかった。


 そして守谷は一撃も猿丸先生から攻撃を受けなかった。最初から言ってもらいたかったと、二撃目を猿丸先生から受けた時にも言い放った。

次回は三月十三日にデウス・エクス・マキナ第二話を投稿します。

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