裏の仕事。
夜が深まり、普通の人ならば就寝している時間帯、俺は一つの建物以外何もない山奥の中に来ていた。皮肉にも、今からしようとしていることを見上げた空の美しい輝きが見ている気がした。
「ごめーん、遅れたー」
やることがなく空を見上げていると、後ろの方から軽そうな声が聞こえてきた。声がした方向を向くと、キャバ嬢のような派手な赤いドレスを着た長い茶髪が波打っている女性がそこにいた。
「あれ? 子供が何してんの?」
「別にこの仕事は子供であろうと関係ないと思いますよ」
俺の近くに来たキャバ嬢のような女性が俺のことを見てそんなことを言いだした。俺はキャバ嬢を一瞥してまた空を見上げながらそう答えた。
「何? もしかしてあたしを見て照れてんの? 興奮してんの?」
「そう思いたければ、そう思っていれば良いと思いますよ」
視界の端でニヤニヤとしている女性にそう答えて、俺は女性を視界から外す。正直に言えば、興奮するくらいのフェロモンは出しているが、裏の仕事の時間でそんなことを表に出すことはない。
「何よ、そんなことを言っているとモテないわよ? もう少しユーモアを持たないと」
「・・・・・・うざ」
「そんなに照れなくて良いのに。もしかしなくても童貞?」
お前と話したくないという雰囲気を醸し出しているのに、一向に離れてくれない。それに少し香水臭くて離れてほしい。香水を適当以上つけている人は嫌いだ。鼻が曲がりそうになる。
「これってあたしたちだけ?」
「あと二人来るはずです。もう時間は過ぎていますけど」
ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認すると、すでに予定の時間が十分以上過ぎていた。俺は三十分前には来ていたが、四十分もここで待たされている。
「あれ? ここって電波来てないの?」
「来てませんよ。ですからスマホをいじろうとしても何もできません」
キャバ嬢のような女性が高そうなカバンからスマホを取り出したが、圏外で何もできない様子だった。だから俺はここで星を見ることくらいしかやることがない。もう少し何か、トランプでも持ってくればよかったか? 誰とやるんだって話だけど。一人でするにしても難易度が高すぎだろ、できなくはないが。
「それでずっと空を見ていたわけ? そんなにこんな星空が良いものなの?」
「・・・・・・感じ方は人それぞれじゃないんですか? 自分は綺麗だと思いますが、綺麗じゃないと思う人もいるんじゃないんですか? 特に自分が輝いているとか思っている人とか、自分を着飾って輝いていると錯覚している人とか」
「何それ、嫌味?」
「嫌味ではありません、皮肉です」
「それ変わんないじゃん」
俺の足がヒールのかかとの餌食となっているが、俺はそれを甘んじて受けつつも星空を見ている。だが、どうしてか星空がかすんで見えてきた。そうか、これが痛みか。ていうか普通に痛いんだけど。
「やめてください、痛いです」
「女性にあんなことをいうやつはこうされる方がお似合いよ」
「そうですか。ですが、それは大半の女性に対して失礼ではないですか? 自分は大半の女性に対してあんなことを言いませんが、前述した女性にはそう言います。それを女性と一括りにするのはよろしくないかと」
「一言余計なの、よ!」
「いっ!」
思いっきり俺の足がヒールのかかとによって踏み抜かれたことにより、俺は痛みで悶絶するしかなかった。そもそも、お前がべらべらと話しかけてきたから、俺がそれに乗っただけだろうが、逆に感謝してほしいね。マジで、いてぇぇっ。もう余計なことは言わないとこ。
「あっ、来たわよ」
「分かってます」
キャバ嬢のような女性がそう言い、俺と同じ方向を向いた。そこには夜であまり見えないが、女性と女の子がいるようであった。
「遅くなりましたっ」
普通の主婦みたいな恰好をしている、ほんわかとした雰囲気の黒髪の後ろ髪を束ねて結んで肩の前に垂らしている女性と、その女性と手をつないでいる小学生くらいの黒髪をツインテールにして下を向いている女の子がそこにいた。どう見ても親子にしか見えないが、それにしては女性の方が若く見える。
「子供の次は、親子連れって、おままごとじゃないんだから」
子供だろうが親子連れだろうが関係ないし、何よりこの仕事をするということはこの仕事をやるだけの魔法を使えるということだ。
「ごめんなさい。言い訳ではないんですが、目的地に行く少し前に日本支部からこの子を連れてからこっちに来てほしいと言われたので遅れました」
「えっ、親子じゃないの?」
「はい、この子は今日初めて会った女の子です」
主婦のような女性の言葉に、俺とキャバ嬢のような女性は女の子を見ると、女の子は主婦のような女性の後ろに隠れた。ていうか、何だよこのメンツ。どこに行ったらこの顔ぶれになるんだよ。それにいつもは俺一人でやっているが、今回はパーティーとは珍しい。
「メンバーが揃いましたから、もう行きましょう。自分は今すぐにでも終わらせたいですから」
俺は三人にそう言ってここからでも見えているビルに歩き出す。
「ちょっと待ちなさいよ」
「・・・・・・何ですか?」
キャバ嬢のような女性に呼び止められ、俺は渋々立ち止まってそちらを向いた。
「これから仕事をする仲なんだから、少しは自己紹介をするとかないわけ?」
「それをする必要がありますか? 自己紹介をしてもこの仕事が終わればただの他人に戻るだけなんですから」
「あんた、絶対に友達がいないでしょ」
「良く分かりましたね。自分は友達がいません」
「いや、吹っ切って言うことじゃないから」
「そうですか? 吹っ切って言った方が惨めじゃない気がしますよ。可哀そうだと思われるから惨めになると思います。それじゃあ行きましょうか」
話を無理やり終わらせて俺はまた仕事場に行こうとするが、襟をキャバ嬢のような女性に掴まれて変な声をあげてしまった。
「何するんですか?」
「はいはい、あんたが面倒だってことは分かったから、せめて名前と何ができるかくらいは言いなさい。じゃないと仕事ができないでしょ」
「・・・・・・まぁ、そうですね」
このままだとくだらない問答が続くなと思い、俺はキャバ嬢のような女性の提案を受けることにした。どうせすぐに忘れるから、一々覚えておくつもりはない。
「それじゃあ言い出しっぺのあたしからね。あたしは中垣千尋、基本的に精神に干渉して乱すことができる、錯乱魔法を使って支援をするから」
キャバ嬢のような女性こと、中垣さんから自己紹介が始まった。次は誰がするのかと思ったが、三人が俺の方を向いていたため、俺が次に自己紹介をすることになった。
「えー、自分は牛鬼朔弥です。えっと・・・・・・、この拳銃で敵を殺しています」
腰につけている拳銃を左右に二丁収納できるベルトから、自動式拳銃を取り出して見せた。
やはり自己紹介というものを人生の中で数回しかやったことがなかったため、自己紹介をやれと言われたら少しばかり緊張するものだ。だからあまり自己紹介をしたくなかったんだ。
「えっ、拳銃って、あんたって魔法師じゃないの?」
「何を言っているんですか。自分は立派な魔法師ですよ。ただ、人を殺すという点では現代武器の方がやりやすいと思ったので拳銃を使っているだけです」
拳銃を使う魔法師なんて聞いたことがないという表情をしている中垣さんだが、それは当たり前だ。拳銃などの文明の利器を使う裏の人間は、対魔導軍しか聞かないだろう。
俺の自己紹介が終わって残りの二人に顔を向けると、二人とも顔を少しだけこわばらせていた。俺は二人に何か顔をこわばらせることを言ったのかと必死に考える。
久しぶりの自己紹介にその表情は非常にダメージが大きいぞッ! どれくらいかと聞かれれば、自己紹介をその場で言うのではなく録音で言うくらいのレベルだ。
「えっ、何でそんな顔をしてるの? こいつがきもかったからそんな顔をしてるの?」
俺が顔に出しはしないがダメージを受けていると、中垣さんが二人のこわばっている顔を見て気軽に聞いていた。
それよりも中垣、あとで覚えておけよ。きもいって意外と傷つくんだぞ。機会があったらきもいって言ってやる。機会があればな。永遠にない気がする。
「い、いえ、あまりこの仕事をしたことがなかったので。それに私も援護側の人間なので人を殺すということを言われると、こういう仕事だと再認識させられただけです。これは私が悪いことなので、乱してしまってごめんなさい」
主婦のような女性がそう言って頭を下げてきた。うん、この人はたぶんい良い人だ。この仕事には絶対に向いていないレベルの良い人だ。
「誰でも最初はそんな感じじゃないの? あたしもそんな感じだったけど」
中垣さんの言葉に、俺は全力で否定した。こいつは絶対に笑顔で人を殺してそうな人間だと勝手に想像した。うん、言葉にしなくて良かった。
「ありがとうございます。私は片山寧音です。魔力感知魔法を得意として、逃げている人がいないかを見つける仕事をしています。よろしくお願いします」
魔力感知魔法か。感知系魔法はあまり使い手がいないため重宝されていると聞いた。俺もできはするが実戦で使えるレベルではない。
「それじゃあ最後はその子だけど・・・・・・」
最後の一人となった、この場で一番いてはいけない年の女の子に三人の視線が向けられたが、その子は片山さんの後ろに隠れて喋ろうとしない。
「名前は何て言うの? それに何ができるの?」
中垣さんは女の子に向かってできるだけ優しく問いかけるが、女の子は片山さんの後ろに隠れて一向に喋ろうとしない。
「この子何? あたし、子供は好きじゃないからあまり一緒に仕事したくないんだけど」
「その女の子も中垣さんのことを好きそうじゃないから良いんじゃないんですか?」
「は? そんなことを言うならあんたはどうなの?」
「どうって、中垣さんよりかは良いと思いますよ」
「それなら言ってみな」
俺は中垣さんに言われて、女の子に少し近づいて女の子の目線にしゃがみ話しかけようとした。
「いやっ!」
「ぷっ!」
俺は一言も話しかけず、女の子に拒絶の意志を示された。それに対して中垣が笑い始めて、俺は無様な気持ちになった。
いや、これはあれだ。さっきの人を殺しているというくだりが残っているんだよ。そうじゃないとしょっぱなでこんな拒否されるわけがないだろ。ハァ、俺ってそんなに拒絶されるようなことをしたか。この人たちと会ってから、俺はダメージしか負ってない気がする。
「えっ? どうしたの?」
俺がふらふらとした足取りで女の子から離れ、中垣さんに笑いながらドンマイと言われていると、女の子が片山さんの袖をクイっと引っ張って何かを訴えかけている様子だった。そして片山さんがしゃがんで女の子が片山さんの耳の近くでひそひそと話している。
「うん、うん、・・・・・・それを言えば良いの?」
片山さんは女の子の話を聞いて女の子にそう問いかけると、女の子は頷いた。そして俺と中垣さんの方を片山さんが向いた。
「この子は染矢夏羽で、人払いの結界などの領域干渉が得意らしいです。それから牛鬼さんを別に嫌っているわけではないそうです」
片山さんの言葉に俺が女の子の方を向くと、女の子は俺を見ないが何度も頷いて肯定した。危うく死ぬところだったわ。
「・・・・・・えっ? ということはこの四人の中で前衛で戦うのは牛鬼だけってことなの?」
「あぁ、そうなりますね」
中垣さんの言葉に俺は確かにそうだと思ったが、俺的にはどちらでもいいためそこは別に重要視していない。むしろ俺一人でも問題ないと思っている。
「それでは、各々が自分にできることをしてください。染矢さんなら一応人払いの結界、片山さんなら逃げ出す人がいないかの確認、中垣さんならその二人のサポートなど」
「それだとあの中にあんたしかいなくなるってことだよね? それで大丈夫なの?」
自分にできることと言いながら、露骨に指示を出した俺に中垣さんが反論してきた。
「問題ありませんよ。今までそうしてきましたから」
「でも今回ってあれだよね、ヤクザが拠点にしているアジトでしょ。魔法師とは言え、一人で大丈夫なの?」
「あなたこそ魔法師を侮っていますよ。この状況でも制圧することができるのが魔法師です」
俺はそう言ってビルの方に向かっていく。俺の後ろに三人が付いてくるが、中垣さんは心配そうな顔をしている辺り、どうやら遊び人ではないようだ。もしかすれば、自分の身の心配をしているだけかもしれない。
「あそこですね」
ビルの近くにある草木に隠れてビルの方を見ると、外で見張りをしている男が二人いた。呑気に話をしているが、これから殺されるとも知らない。
「これから仕事を遂行します。各々できることをお願いします」
三人にそう伝えて俺は木の陰から出て見張りの男たちの元へと二丁の拳銃を引き抜いて歩き出す。ゆっくりと近づいて行き、男たちが俺の方を見ようとした瞬間に、俺は二丁の拳銃で男たちの頭を撃ち抜いた。
拳銃から出る音の振動と反対の振動魔法を出すことで、拳銃からの音は打ち消されて無音で男二人のこめかみに弾丸が向かい、男二人は倒れた。
「きゃっ!」
片山さんから悲鳴が出そうであったが、中垣さんが口を抑えてくれたことにより悲鳴を聞かずに済んだ。そして染矢さんから微弱な魔力がこちらに伝わってきて、人払いの結界をしたことが分かった。それを確認して、俺はビルの入り口から堂々と入る。
拙い感知魔法で建物の中を確認すると、大雑把に百人以上はいることを確認した。俺が持ってきた弾の数は七発の弾倉が十。完全に一人一弾では足りないが、そこは魔法で補っていくしかない。
「誰だてめぇは!」
俺が廊下を歩いているところで、部屋から出てきた男が俺の姿を確認してそう叫んで俺に殴りかかろうとしてきた。すぐに頭に弾を打ち込んで黙らせた。
「カズキ!」
部屋から声が聞こえてきたため、俺はその部屋に入ったが一瞬だけ固まってしまう。部屋の中には全裸の男たちがそこにいたからだ。一人でも女性がいればこの状況を理解できるが男だけと理由が理解できなかったが、仕事ということで頭を無理やり切り替えて拳銃を全裸の男たちに向けた。
引き金を引き、それと同時に振動を消す魔法の逆である拳銃の発砲音の振動を増幅させる魔法を発動する。俺の周りに振動を相殺する魔法を使い、部屋の周りにも同じ魔法を使う。
増幅した音を受けた男たちは耳から血を出して倒れた。どうして男たちが裸でいるのかは全く分からないが、足早にこの部屋から出る。音は消していたからバレはしないため、再び歩きながらビルの中を進んで行く。
音を敏感に聞き取りながら、部屋の中に誰かいる場合は撃ち殺していく。ここが山奥にあるためこのビルの中の音が以上に大きく聞こえてくる。そして何か肌と肌がぶつかり合っている音が聞こえた。誰か人がいるのだと判断し、俺はその部屋の扉を少し開けて中を覗いた。
「おらっ! ここが良いのか⁉」
「そこが良い!」
そこには男と男が下半身をぶつかり合わせている光景が目に入ってきた。俺はすぐさま中に入り男たちに何も言わせずに発射の際に弾丸の威力を高め、弾丸の強度も上げて貫通性を特化させた。一発で重なっていた男二人は息絶えた。
これを見ていると男が好きだと言った同級生のことを思い出してしまうが、裏の世界では表のことを思い出さずに淡々と仕事をしていく。
「おいっ、好きにやってくれたな」
「これだけのことをやっておいて、覚悟はできているんだろうな?」
「よくもっ・・・・・・タイシを殺してくれたなぁっ」
一階ずつ誰も逃さないように戦闘不能にしていき俺がビルの階段を上がると、そこには大勢の男たちが俺を待ちわびていた。監視カメラの存在には気が付いていたため、いつか来るとは思っていたが、まさかビルの半分の階まで来るとは思ってもみなかった。
「お前たちが殺されることをしていると、分かっているんじゃないのか? 俺はそのために来ただけだ」
「そんなこと知るかよ。俺たちは俺たちが好きなように生きているだけだ。ただそれで死ぬ奴が弱かっただけの話だ」
「それなら説明も早くて助かる。今回はお前たちが弱かったということだ」
俺が拳銃を構えて弾丸を放とうとした時、男たちがバッドや鉄パイプなどを持って俺に襲い掛かってきた。それに拳銃を持っている男が数人いる。俺は俺の周囲に魔力を具現化させた壁を作り出してすべての攻撃を防いだ。弾丸も放たれるが、魔力の障壁で止まり弾丸が落ちる。
止まっている男たちに向け、弾が通れるように障壁に少しだけ穴をあけ、重なっているのなら貫通する弾、それ以外なら普通の弾丸で次々と撃ち殺す。一発の無駄弾はなく、ただ機械のようにすべての弾を当てる。
「くそがぁっ!」
拳銃を持っている男は何度も俺に発砲してくるが、それらはすべて俺の障壁で防がれ、頭に俺の弾丸を撃ち込んで殺した。拳銃を持っている男たちから拳銃を拝借し、弾を確保した。
途中武器庫を経て、ついに最上階にたどり着いた。すでに持ってきた拳銃はホルダーに収納して手に入れた拳銃でヤクザたちを殺していた。
最上階は一室しかなく、俺はその部屋の扉を開け中へと入ると大勢の男たちが俺に機関銃を構えており、その後ろにはボスのようないかつい男が机に座っていた。
「よく来たな。俺の部下をあんなにも殺して」
「それだけのことをしたんだ。因果応報だ」
「そんなことを本当に思っているのか? 因果応報何て言葉は弱者が作った言葉に過ぎない。やったことが返ってくるわけがない」
「どう思おうが勝手だが、その因果はこうして俺という形で返ってきている。認識する理由はそれだけで十分だと思うが?」
「その因果応報とやらは俺を殺してから言ってもらおうか。俺を殺さなければ因果応報とは言えないな。ちなみに、お前はどの組織から来たんだ? 死ぬ前に一つ聞いておきたいんだが」
「ノルニル魔法連合だ。俺を殺したとしても、次の魔法師が来るだけだ」
「その前に逃げさせてもらうだけだ。お前ら、やれ」
ボスのような男は機関銃を構えている部下に指示すると、一斉に俺に向けて発砲を始めた。障壁を俺の周りに出してそれらを防ぐ。
「どこまで持つんだ、それは? 魔力は無限じゃないからな」
「そうだな。いつまでも持つわけではない」
何よりこいつらに付き合っている暇はない。俺は機関銃を撃っている一人の男の精神に干渉する。そして幻覚魔法を使い周りにいる男たちも俺に見えるように魔法をかけた。
「どうしてお前がここにいるんだよっ!」
「ああっ!」
「おいっ! どうしたんだよッ! どうして俺たちを撃ってんだよ!」
幻覚を見ている男が俺に見えている仲間たちを次々と機関銃で撃っていき、全員を殺し尽くした。幻覚を見ている男を殺そうとした他の男は俺が殺してボスの男と俺が操った男以外はすべて地に伏せて絶命している。
「あぁっ・・・・・・ああああああっ、俺は、何をッ」
幻覚魔法を解いて周りを見た男は絶望した顔で機関銃を地面に落として身体を震わせていたが、拳銃で頭を貫いて殺した。
「さぁ、後はお前だけだ」
「・・・・・・何だ、あれは? どうしてあんなことになったんだ? どうしてあんなことをしたんだ?」
周りの惨状を見て、ボスの男は信じられないという表情をしている。魔力は知っているし、障壁魔法も知っているのに、幻覚魔法を知らないのはどういうことだと思いながら、俺はボスの男の頭に弾を撃ち込んで殺した。
俺はその部屋を後にして、来た道を戻る。ビルの中は硝煙のにおいと血の生臭いにおいで充満しているが、気にせずに歩く。この死体の山も、見飽きるくらいに見てきた。
今俺は十六であるが、この年で死体の山を見飽きるくらい殺しているのだから、死ぬまでにはどれくらい殺しているのか分からない。因果応報の話をさっきしたが、俺の方もいつか因果応報が来るだろう。どれだけ相手が悪行を積んでいるとしても、相手を殺して多くの人が助かるとしても、俺が善人とあがめられることはない。
そう思いながら階段を下りていると、途中で警戒している中垣さんとバッタリ会った。中垣さんは俺の姿を見るとホッとした様子を見せた。
「どうして中垣さんが中にいるんですか?」
「どうしてって、あんなに銃声が聞こえたんだから心配になるのは当たり前でしょ」
「すみません、中垣さんのことを勘違いしていたみたいです。中垣さんなら俺が死んでもどうでもいいと言いそうだと思っていました」
「今の発言であんたがあたしに思っていることが良く分かった。心配して損した」
中垣さんの声音からは本当に俺のことを心配していた様子がうかがえる。これは少しばかり罪悪感が湧き上がってきたが、それでもこれっきりの関係に罪悪感を持っても仕方がない。すぐに忘れることにする。
まぁ、こう思っている時点で忘れることは難しい。あれだな、過去にやらかしたことはふとした瞬間にフィードバックしてくるから、もうどうしようもない。ふぅ、こう考えたら嫌なことばかり思い出してしまう。
「このヤクザたち、あんたがやったんでしょ?」
「はい、そうですよ。それがどうしましたか?」
「・・・・・・あんた、今いくつ?」
「高校一年生の十五です」
「この世界にいつから入っているの?」
俺の名前を聞いて、その質問をしてくるということは、中垣さんは裏とはあまり密接には関わっていないと考えられる。この牛鬼という名前は日本の魔法師の中では知っていなければおかしい情報だ。
「生まれてからですよ。自分はそういう家系で生まれましたから」
だが、知らないからと言って家の名前がすごいということを一々言うつもりはない。そういう家系だと認識してもらえば会話として成立する。
「ふーん、そうなんだ。あたしはね、普通の家で生まれて、普通の暮らしをしていたの。普通にキャバクラで働いていて、数年前に魔法師としてスカウトを受けたの。あたしは人生の先輩だけど、あんたはこの世界であたしより先輩なわけ」
「・・・・・・もしかして、気にかけてもらってますか?」
「べ、別にそんなこと思ってないし!」
「それは何て言うツンデレですか。自分はもう慣れていますから大丈夫ですよ。それよりも、中垣さんの方がこの世界に入って数年ならこの光景はあまり大丈夫ではないのでは?」
「あたしは大丈夫。だってそこそこな人間の本性を知ってるから、悪いことをして死んだってざまあ見ろって思うだけだもの」
「そう考えていた方が気が楽ですよ、たぶん。この仕事は適当にやる方が長持ちしますから」
なぜか中垣さんと話しながら階段をおりていたが、これがキャバ嬢のすごいところかと内心目を見開くくらいに驚いた。言ってはいけないことを言うつもりはないから、別にいいけど。
そしてビルの中から出ると、そこには後ろに染矢さんを装備した片山さんが待っていてくれた。俺の顔を見ると、片山さんも安心した顔をしてくれた。
「良かったぁっ、無事でぇ」
「心配をかけてすみません。ですが仕事は終わりました」
「あの、最初にこの人たちを撃った時に叫び声をあげそうになって、ごめんなさい・・・・・・」
片山さんは、遠慮がちに頭を撃ち抜かれて血を流して倒れている見張りの二人のことを示して、俺に頭を下げて謝ってきた。
「謝罪は受け取りますが、気にしていません。この仕事をあまりしたことがないのなら、仕方がないことです」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
本当にこの仕事には向いてなさそうな人だと思う。魔法師は別に殺し屋ではない。魔法の才能があるからと言って魔法の秩序を守ることに向いているわけがないのは分かり切っていることだ。
「それではここで解散にしましょう。自分はもう帰ります。日本支部には自分から連絡をしておきますのでそのまま帰ってもらっても大丈夫です」
このビルの後処理をしてもらうべく、誰か一人は終わったことを伝えなければならない。それを俺がすると言い、俺は帰路につこうとした。
「ちょっと待ちな」
「うへっ!」
俺はまた後ろから襟を掴まれ、変な声を出してしまった。恨めしい目でつかんだ張本人である中垣さんを見ると、呆れた表情をしていた。
「もうちょっと何かあるでしょ。あ疲れ様でしたとか、これから一緒にお茶どうですかとか。本当に友達いないでしょ」
「だから友達はいないって言っていますよ。それに自分たちはそんなお茶をする関係ではないはずです。この仕事が終われば、自分たちが会うこともありませんから」
「えっ、そうなん?」
「えっ、そうですよ。この仕事では、フリーの人は固定のメンバーは決められていません。ですからランダムで自分たちが選ばれたはずです。ですからこれからお茶を行っても、自分がナンパしているようにしか見えませんよ」
中垣さんがこの仕事がランダムだということを知らないことに驚いた。そんなに驚くということは中垣さんもこの仕事が浅いのか、それとも組んでいたメンバーがいたのか。どっちでもいいけど。
「ナンパで良いじゃん。あたし、別にあんたにナンパされたら付いて行くよ?」
「自分にも選ぶ権利はありますよ」
「ふんっ!」
「いてぇっ!」
俺の余計な一言で、俺は足に大ダメージを負ったが、これは反射で言ってしまったことだからなしにしてほしかった。
「ふぅ、それじゃあ連絡先を交換するだけにしましょう。自分、明日は普通に朝から学校なので早く帰りたいです」
普通に帰してくれる雰囲気ではなかったため、俺はそれで手を打ってもらうことにした。ていうか、何で中垣さんがこんなに俺に構ってくるのか分からない。今日初めて会ったばかりの高校生だろう。キャバ嬢が興味ある部分何てあったか?
「この仕事して、普通に昼間の学校に通ってんの?」
「通っていますよ。はい、これが自分の連絡先です。これで自分は失礼します」
俺は紙に書いた連絡先を中垣さんに渡して、足早にその場から離れる。今の俺の心境は、変な人に絡まれたとしか思えない。キャバ嬢に構われるとか、どんな役得だよ。早く帰ろ。
次回は三月十日にデウス・エクス・マキナ第一話を投稿します。