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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

銃界の守護者

作者: 遠山ヒデヨ

 1945年、日本は連合軍のポツダム宣言を受諾し、日本はGHQの管理下に置かれた。GHQの日本再建は国内に様々な変化をもたらした。

 一つ例を挙げると、憲法に国民が武装する権利を明記した事だ。

 そう、日本はアメリカと同じく銃社会となったのだ。


 2015年、日本政府は凶悪化する銃器の使用による犯罪から少子化によって減少の一途を辿っている未来ある若者を守るため、警視庁及び道府県警察本部に特殊な部署を設立した。

 その名も『教育機関特別警備課』、通称SSS課。

 この部署には特殊な環境によって育てられた人間が在籍している。構成員は全国の学校に配属され、卒業まで対象校を凶悪犯罪から守る任務が課され、警察の特殊部隊、所謂SATと同等の装備の携帯が許される。

 ちなみに形式としては警備部の下に置かれているが、その特殊な職務内容から殆ど独立している。


 まぁ同等の装備と言っても、普通に考えて防弾チョッキを着て、89式をぶら下げた人間がいつも睨みを利かせていては面白い事になりかねないので、基本的には隠し持てる自動拳銃と防弾繊維を織り込んだ服の装備をして市井に紛れ込む形で配備される。


 学校、と一口に言っても全ての学校に配属しては人数が圧倒的に足りないため、配属するのは名門学校に限る。まぁこの辺は個人的にどうかと思うのだが。

 その他の学校には普通の警官や民間警備会社から警備をつける事になっている。

 この民警というのが意外と面白くて、民警にはSSS課の構成員と同等の実力を持った人間が在籍している事もある。危険な自動小銃等の帯銃免許を持っている者も多いと聞く。


 そして今はそんな部署が設立されてから五年後の2020年だ。


 俺の名前は十条(じゅうじょう)(さだめ)。今年、才条学園に入学する事となった、高校一年生だ。

 桜が満開に咲く中、全寮制の学園に向かう。

 俺は風が程よく暖かく、桜の舞うこの季節が好きだ。


 桜が舞う駅から学園への道、俺と同じであろう新入生達がちらほら見られる。

 ここで俺は今日からうまくやっていけるんだろうか?そんな風に不安になってしまう。


 そんなどうしようもない事を考えていると前の人がハンカチを落とした。

 チャンスだ!ここらで先んじて友達を作って今後の学園生活を充実したものにしようじゃないか。

 俺は前の人が落としたハンカチを急いで拾う。


「すいません、ハンカチ落としたましたよ」


「ありがとうございます!大事なハンカチだったんですよ。学園に入った後だと出れないから大変な事になっていたところでした」


 顔立ちは人形のように良く、雪のように白い肌、今にも折れてしまいそうな細い腕、ブレザー越しにもよく分かる大きな双丘。

 そして黒髪は艶やかで色っぽい雰囲気を醸し出している。髪型は所謂姫カットというやつだ。

 こういう人にお礼を言われると少しドキドキしてしまう。


「どう致しまして……俺は十条定です。よろしくお願いします」


「私は西園寺(さいおんじ)朱音(あかね)です。よろしくお願いしますね、十条くん!」


 西園寺は花が咲いたような笑顔で手を差し伸べてくる。

 俺も慌てて手を出し、握手をする。

 西園寺さんの手、柔らかくて暖かい……って俺何考えてんだ!


「では、また学園で会いましょう」


 名残惜しくもあるが、西園寺とは一旦お別れだ。


 さて、この学園ではどんな事が起こるだろう。平和であってくれると嬉しいんだがな。

 そうなれば俺の『仕事』も減るってもんだ。

 俺は桜を見てしみじみと思う。平穏ってものも桜のように儚いものだったと。


 おっと、もうこんな時間だ、学園に急ごう!


 才条学園、そこは都市開発の一環で東京湾につくられた巨大な人工島の一つをそのまま使った巨大な学園だ。

 俺が通うのは高等部の校舎だが、幼稚舎から大学まで全ての教育がここにある。本当に全てだ。

 この学園人工島には教育施設だけでなく、医療機関から娯楽施設までなんでもある。

 教育施設には関係者以外は立入禁止だが、その他の施設には一般人も利用可能だ。

 もともと一般には開放しない予定だったらしいが、国民の反発が強かった為、開放する事にしたらしい。

 民主政府は大衆には弱いね。


 学園に着くとまず校舎に入る前に自分の配属されたクラスの確認だ。

 えーと、俺の組は……一年三組か。ちなみにクラスは全部で八組、一組あたりの人数はだいたい三十人だ。


 俺は自分の下駄箱で靴を履き替えると自分のクラスに向かう。


 クラスにはもうかなりの人数が揃っていた。

 俺は決められた席に座る。教室の一番窓側の列の後ろだ。ラッキーな席を引いた!


「あ、十条くん!同じクラスだったんですね。それに隣の席ですね。改めてよろしくお願いします」


 しかも西園寺の隣か!これはもう一生分の運を使い果たしたと言ってもいいレベルだぞ!

 これから毎日この笑顔を見られるとは……うっ、嬉しすぎて逆に胃がキリキリしてきた……!?

 そんな気持ちの動きをポーカーフェイスで隠して、挨拶をする。


「こちらこそよろしく、西園寺。それとこれからはタメで行こう。同い年なんだし」


「ああ、いいんです。敬語(これ)は性分みたいなものなので、気にしないで下さると助かります」


 西園寺としばらく話していると先生が入ってきた。


「これから一年、お前達の担任になる刀藤響子(とうどうきょうこ)だ、よろしく頼む。これからお前達には講堂に移動して入学式に参加してもらう、その後ここで学園について説明して今日の予定は終了だ」


 刀藤先生の話が終わると皆、講堂へ移動する。


「刀藤先生、カッコいい先生ですね」


「そうだな、すごい頼りになりそうな先生だ」


 美人教師が担任ってのはやる気が出るもんだ。


 講堂に一年生全てのクラスの移動が終わると校長が登壇して話を始める。

 昔から偉い人の話って苦手なんだよな。


 ようやく校長の話が終わるか、というところになって事件は起きた。


 パンッ、という乾いた大きな音がなる。


「全員動くな!少しでも妙な動きをしたらこいつを打つぞ!」


 舞台の校長が男に拳銃を突きつけられている。

 校門前の警備は一体何やってんだか。

 しっかし皆すごいな。大きなパニックに陥らずに言う事を聞いている。

 まぁそれもそうか。ここにはSSS課がいるんだからな。

 ちなみにこの情報を外部は知らない。この学校の関係者だけが知らされる情報なのだ。


 よし、お仕事しますか。

 犯人は……単独だな。周りに不審な人物は見られない。これなら犯人が目を離した隙に走って近付けるはずだ。


 俺は犯人が違う方を向いた隙に舞台袖に足音を消して走り出す。

 とりあえず成功。


 ここからは簡単だ。犯人の後ろから近付いて拘束。これだけだ。


 よし、行くぞ。


 犯人に足音を消して背後に近付くと俺は声をかける。


「おい」


「な、なんだおま……うおっ!」


 俺の方を向いた瞬間に拳銃を蹴り飛ばす、そのまま相手の手を取って背負い投げをする。


「9時26分、恐喝及び不法侵入の容疑で現行犯逮捕する」


 一応手錠(ワッパ)をかけておかないとな。

 あーあ、初日からこれだと少し浮くよな。折角のスクールライフが台無しだ。


「お、おい!動くな、動いたらこいつを撃つぞ!」


 これは流石に周り生徒はパニックになったようで、悲鳴を上げながら、犯人から離れて行く。


 ま、マジかよ!教師に紛れてたか。よりにもよって人質にされたの西園寺だし。

 これは本当にアレ抜かないとダメかもな。

 本当に俺のスクールライフ終わったな。

 でも仕方ない、西園寺の、ひいては他の生徒の安全とは変えられない。


「わ、分かった」


 俺はゆっくりと手を上げていく。

 射線はクリアでこれぐらいの距離なら……行ける!

 タイミングを合わせろ。少しでもずれると、色々面倒な事になるぞ!……三、二、一、ここだ!

 俺はブレザーの脇の下のホルスターから素早く銃を抜いて、『早撃ち』をする。


 俺の愛銃ベレッタM92Fから撃ち出された弾丸は西園寺に向けられる銃に吸い込まれるようにして当たった。

 どうよ、この命中精度。

 相手が拳銃を落として怯んだ隙に距離を素早く詰めて腕を捻り上げながら押さえつける。


「ぐおぉぉぉ!?」


「はい、あんたも9時26分、恐喝及び不法侵入の容疑で現行犯逮捕する」


 俺の手錠は子気味のいい音を出して犯人を拘束する。手錠三つ持ってきといて良かった。

 一時はどうなるかと思ったがこれで仕事は終了だ。


「あ、あの、十条くんは警察の方なんですか?」


 少し怯えた顔で西園寺が聞いてくる。

 まぁ仕方ないか。こういう事は覚悟の上なのだ。

 

「ああ、教育機関特別警備課所属、十条警部補であります」


 俺はビシッとした敬礼をする。

 うーん、そんなにウケなかったか?

 まぁこんな状況で笑えるわけないか。


 念の為、俺は怪我人の把握などをしておく。

 これも仕事の内だ。


「えーと、怪我した人いませんか?刀藤先生は警察への連絡お願いします」


「あ、ああ、分かった」


 怪我人はゼロ、犯人は拘束したし、これで任務完了だ。初めての仕事にしては上手くいったんじゃないか?


 先生の指示によって生徒は教室に戻る事になった。

 俺は警察へ事情を話さなければならない為、講堂に残る事になった。


「あんたら、なんでこんな事したんだ?俺みたいな奴が配属される事はニュースにもなってただろ?」


 そもそもSSS課は抑止力として期待されて設立された部署だ。それがこんな風に襲撃されれば抑止力としての効果がないという事になる。


「……西園寺朱音って奴を連れて来いって言われたんだよ。そうすれば一億円やるって言うから……それに学校に侵入さえすれば簡単に連れてこれるって言うから」


 てっきり学校にある金目当てだと思っていたんだが、違ったようだ。


「は?一億だぁ?そんなの嘘に決まってんだろ。なんでそんなもん信じたんだよ」


「いや、嘘じゃなかったなんだ。この目で見たんだよ目の前に一億が積まれてるのを」


 そりゃ、どういう事だ?一億もの大金を用意できるって事は相当な存在だな。根が深そうな案件だな。

 本気でやるなら今はそこそこのゴロツキがいくらでもいる。こんなカタギの人間と言っても良い人間に依頼しているところをみると本気で西園寺さんを誘拐する気はなかったって事になる。


 今の情報だけじゃ、全く分からんな。

 まぁいい。後は一課の連中の仕事だ。俺が考える事じゃない。


 俺は警察に犯人の身柄を引き渡し、事情を説明してから、教室へとぼとぼと戻る。


 ふぅ、全くヤな世の中だよ。

 学校生活初日から銃を振り回して、俺の学校生活を台無しにする奴はいるし……あー!本当にどうしようかな……。



 俺の学校生活初日は波乱の始まりとなった訳だが、元々俺はこの学校に来てまで、特殊な授業を定期的に受講しなければならなかった。

 しかもそれが普通に一時限目から六時限目の何処かに入れられている。つまりは遅かれ早かれ、周りにはアイツは怪しい、と思われる訳だ。

 だから別に寂しくないのだ。毎日西園寺が俺に笑顔で挨拶してくれなくなっても。


 そんな仕方ない言い訳を自分に言い聞かせながら教室に戻る。

 そして、一つ深呼吸をしてからガラガラっと引き戸のようになっているドアを開ける。


「遅れてすいません」


 先生まで無言だよ。流石にくるものがあるが、溜息を堪えて席に戻る。


 そこからは先生が色々話していたが、全く頭に入ってこなかった。こういうのには慣れていたつもりだったんだが……まぁいい。これはこれで平穏な日々だ。

 あの地獄のような訓練時代に比べたらどれだけマシか。


 先生の話が終わると今日は解散の運びとなった。

 俺は荷物を手早くまとめると……これからどうすればいいんだろう?部屋に行こうと思っても、自分の部屋がどこにあるのか分からない。


「じゅ、十条くん!その、少しお時間頂けますか!?」


「……は?」


 ど、どういう風の吹き回しだ!?

 まさか、銃を持ってるイカれ野郎とまで話してくれるのか、西園寺は!?


「や、やっぱり嫌、ですよね……」


 俺の沈黙を勘違いした西園寺が落ち込んだ顔をする。


「い、嫌じゃない嫌じゃない!むしろ話したかった!」


 お、俺は一体何を言ってるんだ!?


「本当ですか!?じゃあ少し込み合った話なので、私の部屋まで来ませんか?結構近いので安心して下さい」


 俺は西園寺に言われるがまま西園寺の部屋に行く事になってしまった。

 マジでドキドキするんだが。


 高等部第三女子寮に西園寺の部屋はあった。

 学園から歩いて三分の場所に位置していて、俺の入居する高等部第二男子寮も近くにあるそうだ。


「お、お邪魔します」


「今、お茶をお出ししますから適当に座っていて下さいね」


 そう言ってすぐに台所に引っ込んでしまう西園寺。

 部屋を、それも女子の部屋を見渡すのはどうかと思うが、職業柄見知らぬ部屋に入る時は警戒してしまうから仕方ない。

 部屋は本当は二人部屋だと見られるが、相方の物と見られる荷物が見当たらないし、かと言ってここまでくる間に予め運び込まれている様子もなかった。

 流石に今日全ての荷物を運び込むとは考え難いので、恐らく一人で使うのだろう。


 内装はこれと言って指摘する物はないが、典型的な女の子部屋と言った感じだ。ここまで色々あるのを見ると、何日か前から既に入居していたと考えるのが自然だろう。

 ちなみに俺は前日までもたもたしていて、荷物を予め送っておく事しかしていない。


 一丁前に色々な考察を頭で展開していると、西園寺がお茶を持ってきてくれた。


「そ、それで話ってなんだ?」


「まずは今日は本当にごめんなさい!私、十条くんの銃を撃ってる姿に驚いて、あの時、助けてもらったのにお礼も言えずに……あの時は本当に助かりました!本当にありがとうございます!」


 ここで初めて俺は西園寺朱音という人物を少し理解出来た。

 やはり、他の同級生とは違う。優しくて、丁寧で、俺の仕事にも理解がある人なんだ。


 俺の仕事は人を守ること。こういう未来ある学校の生徒を守るのが仕事なのだ。

 だから西園寺のような人間を守れたんだと思える時、それが何よりも嬉しい、もっと言えば生き甲斐なのだ。

 こんな風にお礼を言ってくれる人がいるってだけで俺は救われた気分になれる。俺はここに居てもいい人間なんだって思える。


 そう思うと涙が出てきてしまった。


「ご、ごめんなさい!!やっぱりあんな態度をとった人間に馴れ馴れしくされるなんて嫌ですよね」


「い、いや、違う。俺は西園寺みたいな人を守れて幸せなんだよ。こちらこそ本当にありがとう。これからも友達で居てくれると嬉しい……」


「こちらこそこれからもよろしくお願いします。お友達としても、お仕事としても」


 後は軽く先生からの連絡事項を聞いて、お茶をグビグビと飲み干して、西園寺の部屋を去った。

 西園寺には『夜ご飯もどうですか?』と誘われたが、そこまでお世話になる訳にも行かないので部屋に戻る事にした。

 それにあれ以上あそこに居たら、もっと居たくなってしまいそうだったから。


 自分の寮に着くと、ポストを見る。

 四○三号室のところにしっかりと十条という名前があったので、俺の部屋はそこだろう。

 エレベーターに乗り、郵送されてきた鍵をポケットから取り出す。


 エレベーターから降りて、右か左、どっちに行けばいいか迷ったが、何となく右のような気がして……ビンゴだ!


 今日は色々あってすっかり気が抜けていたが、一瞬で分かった。部屋の中に誰かがいる。

 俺の部屋のポストには俺の名前しかなかったから、同居人がいるとも考え難い。

 そして鍵穴を覗くと、案の定、俺の部屋のドアにピッキングされた痕跡が残っていた。


 俺はベレッタを抜き、セーフティーを解除する。

 こんな事が出来るのは少なくとも尋常な人間ではない。


 俺は意を決して、ドアを勢いよく開ける。


「動くな!手を頭の後ろで組め!」


 部屋の中には果たして金髪の少女がいた。こいつ、見覚えがあるぞ。


「あ、サダメ、おかえり。アタシ待ちくたびれちゃったよ」


 光り輝く長めの金髪はツーサイドアップ。顔は立ちは驚く程良く、鼻が立っている。肌は白く、小柄な体躯もあってか、不可侵なオーラが漂っている。

 そして以上の可愛らしさと思った心を締め付けくるのが釣り気味の目だ。


「はぁ……エリ、なんでお前がここにいる。立派な住居侵入罪だぞ?」


 俺は中にいるのがこいつだと分かると、ドアを閉めて、普通に部屋に上がる。

 まさか俺の新居に俺より先に上がり込む奴がいるとはな。


「アタシとアンタの仲じゃない。それに荷解きしておいて上げたんだから感謝しなさいよ。ついでに夕飯まで作っておいて上げたわよ?ほら、何かないの?」


 こんなにガサツそうな女なのに何故家事がそこまで出来るんだ?俺は不思議でならんぞ。


「……俺とお前の仲ってなんだよ?」


「アンタそれはないんじゃないの?あんまり調子こいてると撃つわよ?」


 エリはブレザー脇からSIG SAUER P229を抜く。


「バカ野郎!こんなところで銃を出すな!」


「いちいちうっさいわね!幼馴染みで、()()で、しかもこんな美少女のアタシになんの文句があるってのよ!」


 そう、何を隠そうこの不知火(しらぬい)絵梨(エリ)は俺の幼馴染みであり、SSS課の同僚なのだ。

 ていうか自分で美少女とか言うなし、まぁ胸のサイズも顔も可愛いけどね。

 俺の家もエリの家も先祖代々ヤバめの家であるため、何かと親交があり、悲しいかな、こんな広い世界で同僚なんていう偶然も起きてしまったのだ。

 しかし、まさかエリがこの学校の配属だったとは聞かされていなかった。今度課長に文句言っとこ。


 そして、俺は長年こいつと付き合ってきた経験上、こういう時の扱いにも慣れている。


「いや、文句はない。むしろ感謝してるぞ?荷解きと夕飯、ありがとな。冷めないうちに食べようぜ?」


 褒めて話題を逸らす。これだけで誰でも扱える。


「え、そ、そう?いやそうね!冷めないうちに食べましょ」


 ほらね。なんて扱いやすいお手軽な女なんでしょう。


「アンタ今、失礼なこと考えなかった?」


 だが、勘がいい。


「い、いや?それより座れって。なんか話に来たんだろ?食べながら聞くから」


 するとエリはニヤッと笑って、


「いい勘してるじゃない。アンタもSSS課の端くれだから当然ではあるけど」


 安心しろ、お前程ではないから。


 俺達は隣に聞こえると危険な話なので、カレーを食べながら効率と行儀の悪さを承知でモールス信号で会話する。


『課長の話だと、今回の事件の黒幕は全く掴めなかったって。犯人は何も知らなかったみたい』


 そりゃそうだろうな。あいつら金以外なんの情報も知らなかったみたいだし。


『なんで西園寺が誘拐されかけたかって事は何か分かったか?』


『アンタ知らないの?西園寺朱音(あの女)は西園寺財閥のご令嬢よ?』


「ブッ!!」


 俺は思わず、飲んでいた水を吹いてしまう。

 いや、だって……えぇ……。

 ていうかそんな人にあの女とか言うのかよ。


「何すんのよ!」


「すまん。流石に驚き過ぎて」


 そりゃあ、狙う価値ありありですな。

 誘拐でもしたら、いくら頂けるか分からない。


『ていうかあの女がいるから一つの学校にSSS課が二人配属されるなんていう異例の事態が起きてるんでしょうが。足りない頭でも少しは考えなさいよ』


 確かにSSS課が一つの学校に二人配属されるのは異例だと思っていたが、それは単に学校が大きいからだと思っていた。


『調査はどうなる?』


『少しはやるんでしょうけど、情報が出てこない以上打ち切り濃厚でしょうね……だけど似てるわよ、この全く尻尾を見せないやり口』


 俺は無言で頷く。

 三年前、日本で同時多発テロが起こった。実行犯は素人ばかりだったが、ほぼ全ての犯人がある名前を口にした。その名も『エンペラー』。

 奴は一人なのかグループなのかも分からないが、犯罪の腕だけは確かなのだ。

 顔も見せずに人を言葉巧みに操り、犯罪を起こさせる。それを同時多発テロとしてやってのけた。

 その後の警察の捜査でも尻尾さえ掴めなかった凶悪犯罪者だ。


「もうこの話は終わりだ。飯食ったらさっさと帰ってくれよ?あんまり遅くまでいて、変な噂が立っても困る」


 するとエリはまたニヤッと笑って、


「いいじゃない。アタシと噂が出たら何か困る事でもあるの?」


「そういう問題じゃなくてだな――」


 ピーンポーン。

 俺がそこまで言ったところでチャイムが鳴る。

 俺は待てのハンドサインを出してドアに無音で近づく。

 覗き穴から見ると――噂をすればなんとやら――西園寺が立っていた。

 何か忘れ物でもしたのだろう。適当に返してもらって、そのまま帰ってもらおうと思い、ドアを開ける。


「西園寺、何か用か?」


「あ、十条くん。これ、忘れていった携帯です」


 そういえば、なかったな。俺とした事が忘れ物如きにも気づかないとは。


「おう、ありがとう。すっかり忘れてた」


「そ、それと……携帯番号、交換しませんか……!」


 西園寺は最重要護衛対象みたいなもの……携帯番号を交換しておいて損はないだろう。というか個人的に交換して欲しいし。


「ああ、そうだな。交換し――」


 ここでまた俺は言葉を遮られる。金髪の悪魔によって。


「サダメ〜!アンタ何ちんたらしてんのよ!」


「え……?中に誰かいるの?」


「あ、ああ、凶暴なじゃなかった……幼馴染みが来てるんだよ。偶然学校が同じだったみたいでな」


「そう、なんだ。じゃあ、早く交換しないとですね」


 ……あいつは後で叱っておこう。俺と西園寺の時間を奪った罰として。

 そして交換が今終わるという所になって、とうとう悪魔が直接的な邪魔をしてくる。


「ちょっとサダメ!アンタ一体何して……!?」


 ヤベッ!絶対面倒臭い事になる!?


 一時の静寂が訪れて、俺と西園寺がエリと見つめ合う。

 そしてその静寂を破ったのはエリだった。


「サ、サダメの友達?それならアタシにも紹介してよ。ほら、中入ってもらいなさいよ」


 な、なんだ?一体何を考えてるんだ!?


 西園寺はさっきの俺のように言われるがまま部屋に入っていく。


「何?電話番号の交換でもしてたの?これも何かの縁だし、アタシも混ぜてよ」


 俺達の携帯を見て一瞬で事を理解したようでエリはそう言ってくる。

 なるほど、俺と同じ考えという訳か。


「そうだな。西園寺、一つ頼めないか?」


「私は別に構わないというか、こちらからお願いしたいぐらいです」


 俺もついでにエリと番号を交換しておいた。

 それで用が済んだと言った西園寺は席を立つ。


「じゃあまた明日」


「はい、また明日お会いしましょう」


「夜道には気をつけるのよ」


「はい、ありがとうございます」


 そう言って西園寺は帰って行った。


 思いの外、平和に事が済んだ事に俺は驚きながらも、エリの成長に喜ばずにはいられない。

 昔は大体こういう時、『アンタはアタシと遊んでるんだから他の子と遊ばないで!』とかなんとか言って邪魔してきていたのだ。

 それが今は『他の子』とも仲良く出来るんだから、嬉しいのなんの。


 しかし、俺の喜びは単なる勘違いだと気づく。

 俺の後ろでイライラしているオーラがするのだ。長年の勘だが、こういう時は間違いなく、暴れ出す。

 そして荷解きをしたであろうエリには俺が持ってきた物の中に格好の得物がある事に気づいているはずだ。


「サダメ、アンタもう朱音と仲良くしてるのね。アタシ驚いた。アンタはいつも一人でいるから、ここでも友達なんて出来ないと思って来てあげたけど、もう女なんて作ったのね」


 小学生の頃、俺と同じ境遇と言えなくもない子供達が沢山いる特殊な学校にも関わらず、それでも友達がいなかったのは主にお前のせいだぞ?

 お前がいつも俺の交友関係に睨みを利かせているから、そのうち周りからどんどん友達が減って行ったんだよ。

 後半の女を作ったってのは酷い誤解だ。

 しかし、そんな弁明をしないのは無駄である事が分かっているからだ。こうなったらエリは止まらない。


 喋るのを一旦止め、エリはゆらゆらと歩きながら寝室の段ボールから得物を取り出そうとしているらしい。


「別に怒ってる訳じゃないのよ。アンタの自由だもの。だけどね、アタシが気に食わないのはアンタがアタシを待たせて朱音と密会してたって事よッ!」


 エリは段ボールから取り出した先祖ゆかりのポン刀を俺に向けてくる。


「それだけは突っ込ませろ!俺がお前が部屋で待ってるなんて分かる訳ないだろ!?それにいい機会だから言うが、お前朝の集会の時、動かなかっただろ!……じゃあ俺はこの辺で」


 俺は一気にドアの方へ走り出す。

 こういう時、早く逃げないとガチで殺されるのだ。


「サダメ、待てぇぇぇい!大人しく往生せい!」


 走力体力共に俺が勝っているし、恐らく尾行を巻く能力も俺が上。それにこの人工島は入り組んでるから追う方より追われる方が有利!この勝負勝った!


 しかし、外に出るなり、エリは恐ろしい方法を用いてきた。


「アンタがその気ならもういい!」


 俺が後ろを振り返ると、エリが鬼の形相で追いかけながら銃を抜いている。


「バカ野郎!お前マジでやる気か!?」


「どうせアンタ、軽い防弾チョッキでも下に着てるんでしょ!?なら少しぐらい大丈夫よ!」


 確かに着ている。レベルⅠⅠのやつ、つまりは9mm弾なら貫通はしない。


「当たったら痛いに決まってんだろ!……もうやめないんだろうから忠告しておくが、撃ったらまず空薬莢を拾え、それさえ守るなら特別に撃つのを許可してやる」


 俺はもう全てを受け入れる覚悟で走るのをやめる。


「よく分かってるじゃない、サダメ。アンタのそういう潔いところ、好きよ」


 そう言いながらゆっくりと狙いを定めているであろうエリ。俺はもう怖いから振り向かない。

 明日は休日だ。足りない物を買いに行く事にしよう。


 そしてその夜、東京湾に浮かぶ人工島で一発の乾いた音と男の悲鳴が上がった事は言うまでもないだろう。



 今日は日曜日、しかしながら職務的には毎日警戒態勢なので気を抜き過ぎてもいけない。

 だが、それでも惰眠を貪るぐらいの権利はあるだろう。いや、あるはずなんだ。

 その権利が現在進行形で侵されていた。


「おはよう、サダメ。朝ご飯出来てるから早く起きなさい」


「……何故お前がここにいる……」


 しかもその発言、お前は俺の母さんか。


「アンタ覚えてないの?昨日はお風呂入った後、まだアタシがいるのに疲れたーって言ってすぐに寝ちゃったのよ。夜遅かったし、お風呂もらってアタシもここで寝たの。それよりほら、朝ご飯出来てるから早く起きてってば」


「…………」


 ここで無駄な抵抗をすると昨日のような事になるのは目に見えているので素直に起きて、リビングに出る。時計を見ると午前七時半。溜息が出るわ。


 朝ご飯を作ってくれるというのは普通にありがたいので頂いてしまう。


「アンタ今日はどうすんの?」


 すごい嫌な予感がするんだが。


「……残りの荷物を片付けて足りない日用品とかを買いに行こうかと。少し行ったところにショッピングモールがあっただろ、あそこに行く」


「ふーん……じゃあアタシもついてく」


 ほらね。


「何でだ。お前も何か買いたいのか?」


「うん、まぁね。乙女には色々あるのよ」


「……さいですか」


 これにも例に倣って逆らわない。


 朝ご飯を済ませて、荷物の片付けをして、足りない物をメモしておく。

 こういうのって書いとかないと忘れちゃわない?


 準備も整ったので部屋を出る。あー、太陽が眩しい。

 基本的に休みの日は家に居たい俺は太陽の光を浴びる度に浄化されていく感じがしてしまう。


「アンタしれっとアタシの事置いて行こうとしてない?」


「何言ってんだ。ここでしっかり待ってるだろ」


「それならいいんだけど、さっきからアンタの思考から外されてる気がして」


 チッ、バレたか。やはり獣のような勘をしている。


「そんな事はない。ほら、さっさと行こう」


 服装は二人とも制服。この制服はSSS課によって魔改造されていて、気休め程度ではあるが、防弾繊維が織り込まれているのだ。残念なことに本当に気休め程度で、弾が当たれば普通に貫通してしまう。威力が減衰するだけなのだ。


 ショッピングモールは歩いて十分行ったところにあって、かなりの数の生徒と見られる人達がいる。

 人混みは苦手なので、俺は自分の買い物を先に済まさせてもらう。


「アンタ彼女が出来ても即別れるって言われるわね」


「?」


 俺は何が良くないのかが分からず、はてな顔をしてしまう。


「じゃあ次はアタシの買い物に付き合ってもらうわよ」


 俺のポーカーフェイスもこればかりは耐えきれなかったようで嫌そうな顔が出てしまった。


「そんな顔しない!アンタの買い物にも付き合ったんだからアタシのにも付き合う!これ常識!」


 別に俺買い物に付き合ってなんて言った覚えないんだが、それを言うとまた怒られそうなので胸の内に留めておく。


 どうやらエリは服を買いたいようで服屋に入る。

 俺にはどれも同じように見えるが、彼女らにとっては全く違うのだろう。


「ねぇ、サダメ。これどう?」


「よく分からん」


 拳骨をもらってしまった。エリ号の船長である俺が操縦を誤るとは……これも脳内マニュアルにメモメモっと。


「じゃあこれはどう?」


「お前に合ってる色でいいんじゃないか?」


「そ、そう?」


 エリはニヤついている。どうやらとりあえず褒める作戦はここでも通用するようだ。


 こうして適当にエリをいなしながら、買い物に付き合う。

 ボーッと過ごしていると時刻は昼過ぎとなってしまい、昼ご飯を食べる事になった。

 しかし、ショッピングモール内のどこの飲食店及びフードコートも席が埋まってしまっていて、座る事が出来ない。

 こりゃ失敗したな。


「サダメ、気づいてる?」


「何も言うな。外で適当に飯屋を探しながら問い詰めるぞ」


 さっきから怪しいと思っていたが、尾行されている。動きは素人ようだが、顔がよく見えない。

 一旦外に出て、問い詰めてみるしかない。


 俺達はショッピングモールの外に出て、しばらく歩いて角を曲がったところで止まる。

 するとしばらくして足音がしてきた……来る。


「アンタ何の用だ?……って西園寺!?」


 角を曲がってきたのは西園寺だった……どういう事?


「そ、そのごめんなさい!お二人をショッピングモールで見かけて、それでどういう仲なのか気になって……本当にごめんなさい!」


 まぁ知り合いの男女二人で歩いてたら気になるよな、と思っていると、エリがニヤッと笑った。

 これは嫌な予感がするぞ!?


「アタシ達付き合ってるのよ。幼馴染みで久しぶりに会って、サダメが今までの気持ちを抑えきれなかったみたいでさ。アタシも嫌いじゃなかったから付き合おかなって」


 付き合ってると嘘を吐く上に付き合ってやってると普通にマウントを取ってくるエリさん。

 アンタ、マジで何考えてんだよ!


「おい、エ、むぐぅッ!」


 弁解しようとした途端に口を押さえつけられる俺。


「そ、そうだったんですか……本当にごめんなさい。不躾な行為を謝罪させて下さい」


 そう言って頭をそれはそれは深〜く下げる西園寺。

 違う違うんだよ、西園寺!これはこいつの嘘なんだよ!


「これ以上邪魔しては申し訳ないので失礼します……」


 走り去って行く西園寺。これどうするつもりだよ。

 俺はエリの手を振り払う。


「おい、どういうつもりだ。あれじゃ、西園寺が仲間外れみたいだろ。俺は明日弁解させてもらうからな」


「勝手にしていいわよ……それにしてもライバルか……」


 ブツブツ言いながら歩き出すエリ。


「おい!昼ご飯はどうするんだよ!おいってば!」


 この日の夕方までエリはボーッとしていて、仕方ないので俺が昼ご飯を作った。ボーッとしてても飯だけ食うとは舐めた奴だ。

 ていうかお前はデフォルトで俺の部屋にいるのね。


「……アタシ、これからしばらくここに住む!」


 何を思ったのか突然喋り出すエリ。


「お前は急に何を言い出してんだ?男子寮に女子が住める訳ないだろ。妄言もそのぐらいにしてもう帰れ」


「うん、帰る」


 そう言ってさっさと出ていくエリ。

 お?妙に聞き分けがいいぞ?流石に二日自分の部屋に戻っていないのはマズいと思ったんだろうな。

 そうそう、これがあるべき姿なんだよ。


 俺はさっきまでやっていた銃のメンテナンスを再開する。

 俺のベレッタはなんのカスタムもされていないアメリカ軍で採用されていたのをそのまま持ってきたものだ。それ故に信頼性が高く重宝しているのだ。

 エリのシグザウエルは今のアメリカ軍の制式拳銃M17の製造元、SIG SAUER社が開発した銃だ。

 細かい説明は省かせて頂くが、P226を小型軽量化したのがP228、それを更に装備弾薬の面などを改良したのがP229だ。どれも各国の警察機構や特殊機関などで使用されていた実績があり、信頼性は高い。


 しかし、予備弾倉に9mmを込めているところで玄関のドアが開けられた。

 この無礼な感じ……まさかエリか!?


「どうしたエリ、忘れ物か?」


「何言ってのよ。荷物を持ってきたんじゃない」


 じょ、冗談じゃない!俺の平和な平和な生活が獣に侵されようとしている!


「お前あれ本気だったのかよ!?いくらなんでもマズいだろ、年頃の男女が同じ部屋で生活するのは!」


「大丈夫よ。アンタにそんな度胸ないだろうし、もし変な事してきたら逮捕よ」


 こいつは……はぁ……マジでぶっ飛んでる。


「あ、あのなぁ……これバレたら停学免れないと思うんだが……」


 多分社会的にマジで終わる。


「それはアンタが私の立場だった場合の話、アタシはそこら辺はぬかったりしない。既に理事長には許可をもらってるわ。作戦上必要な物だからって」


 こ、此奴やりおる!?さっき色々電話していたのはこの話だったのか。

 こういう時だけは本当にしっかりしている。

 しかし、どうする!?このままでは下手をすると、こいつと三年間過ごす事になる!

 か、考えろ、考えるんだ!……いや、もう詰んでるのか……?


「対外的には遠い親戚って事にしときましょう。何親等ぐらいにしとこうかしら?」


 だ、ダメだ……完全に詰んだ。

 俺の生活はこの獣に蹂躙されるしかないのか……。


「決めたわ!アタシとアンタは六親等、再従兄弟よ。対外的にはそう言うように」


「…………」


 俺は呆然とする。立場交代だ、今度は俺がボーッとする番のようだ。


 こうして学校生活最初の休みの夜は更けていった。



 次の朝、一睡もせずに考えも巡らせた結果、一つの境地に辿り着いた。

 そこで寝ている『何か』は万能家事ロボットだ。

 掃除、洗濯、料理、ありとあらゆる家事を熟す科学の集大成だ。俺はそう思い込んで自分の気持ちに踏ん切りをつけた。


 そうと決まれば限界まで寝る、おやすみ。

 そしてこの三十分後には叩き起こされ、学校へ行く支度を始める。


 先日、西園寺に聞いた話によると、今日の朝のホームルームで部活動の一覧が配られ、それを見て二週間の間、体験入部ないしは見学をするのだと言う。

 しかし、俺とエリはもう放課後の活動が決められていて、放課後は三日に一回顔を出さなければならない事になっている。

 しかも絶対に関わりたくない類の面倒臭い活動内容なのだ。うわ、寒気がしてきた。


 とりあえず朝は時間差登校をする、これだけはエリに認めさせた。

 俺は後発でベレッタとサバイバルナイフを丁寧に磨いてから装備する。

 そしてたっぷり待って二十分、これでそう多くの人にバレる事はないだろう。



 教室に入ると西園寺は……いた!これで弁明出来る!


「おはよう、西園寺」


「おはようございます、十条くん」


 西園寺は昨日のようには笑ってくれなかったが、俺はめげない!ここで弁明すれば明日からはあの笑顔が見える!


「あのな、昨日のことなんだけど、アレはエリの悪ふざけなんだ。西園寺を騙して驚かせようって」


「ほ、本当、ですか?」


 西園寺は心配そうな顔で俺を覗き込むように上目遣いで聞いてくる。

 こいつの事だから、私のために嘘を吐いてくれてるのでは?とか思ってるんだろう。本当にどこまでも優しい奴だ。


「ああ、本当だ。エリに変わって謝る、ごめん西園寺」


「い、いえ!こちらこそ本当にごめんなさい!」


「何でお前が謝るんだよ」


 必死に謝ってくる西園寺に俺は思わず笑ってしまう。


「あんな態度をとってしまった自分が申し訳なくて……それと十条くん、定くんって呼んじゃダメですか?」


「えっ?」


 俺は思わずドキッとしてしまう。こういう不意打ちは本当に心臓に悪い。


「あ、いや、全然OKだ!というか俺からタメで話そうとか言ったもんな」


「そ、そうですか!それと、さ、定くんも私のこと朱音って呼んでくれると、嬉しいです……!」


 悪いがこの子、かなり面白いぞ。自分で言って自分で恥ずかしくなってる。

 斯く言う俺も顔が熱くなって行くのが分かる。

 しかし、ここは男らしく自分から行くべきだッ!


「じゃ、じゃあ改めてよろしくな、朱音」


「こちらこそよろしくお願いします、さ、定くんっ!」


 そしてやっとここで周囲が静かな事に気づく俺。

 教卓の方を見ると刀藤先生が笑い堪えているのが見える。


「じゅ、十条、西園寺、二十を超えた私にはっ……少々甘過ぎるからっ……そういうラブコメは、プッ……外でやってくれ……フフフッ!」


 笑いを堪え切れなくなった先生に続いて笑い出すクラスの女子達。男子の俺を見る目がどういう物かを言うのはやめておこう。


 やたらと目線を感じる六時限目を終え、決められた部活に向おうと準備をしていると西園寺に声を掛けられた。


「定くん、一緒に部活を見に行きませんか?」


「すまん。俺は部活が決まってるんだ」


「そうなんですか……何部に入るんですか?」


 そう来ますよね、普通。


「あー、まぁそれはいつか話そう!うん、また明日!」


 すまん、朱音。これは言えんのだ。言いたくないのだ。


「は、はい、さようなら」


 俺は甘い誘惑を振り払い、高等部外にある総合特別実習棟に向かう。これが結構遠くて学園人工島巡回バスに乗らなければならない。


 才条学園には様々な特別科がある。特別芸術科、特別体育科と色々あるのだが、中でも設立されているのがこの学校だけのものがある、それが特別銃器科だ。

 民警などを中心に銃器のエキスパートとして将来的に活躍するであろう生徒を選抜して育成する為に今年から新設された特別科だ。


 俺とエリはそこに模範生として招かれているのだ。

 授業は普通科を受けているが、二週間に一回はどこかでこの科の授業を受けなければならない。部活動の時間は更に別腹で三日に一回ぐらい

 俺達は子供ながら既にエキスパートの域に達している立派なプロなのだ。それでどうせならと、課長に言われてやる事になった、という訳だ。


 そんな事を考えているうちに総合特別実習棟に到着した。

 校舎の広さは高等部の二倍ぐらいだ。理由は簡単、幼稚舎から大学までの全ての特別科の生徒がここに集まるからだ。

 流石に幼稚園児では特別科の受講は難しいだろが、小学生とかなら多分芸術関係とかでいるじゃないか?


 特別銃器科は地下一階を丸々使ったヤベェ所だ。

 警備の人に生徒証を見せ、チェックを受けて初めて下の階に降りることが出来る。


 うわっ、ここまで硝煙の匂いがする。

 しかも下に降りるにつれてパンパン音がしてきたよ!マジで帰りてぇ。

 仕事以外でこんな所に来たくなかったのだ。何でかって?訓練時代を思い出すからですよ。


「教官!来ましたよ」


「おおっ、定か!大きくなったな!」


 この人が俺の訓練時代の教官、獅堂(しどう)康嗣(やすつぐ)だ。各地の紛争地帯を傭兵として生き抜いてきた本物の戦場帰りで、銃の腕はもうとにかくパない。

 俺の知ってる人類ヤバイ奴ランキング上位に食い込むヤバイ人だ。ヤバイったらヤバイのだ。

 というかこの人に何されるか分かったもんじゃなかったからここまで来た。エリも恐らく同じだろう。


「おい、ガキども!本物の特殊部隊所属が来やがったぞ!」


 厳密に言うとSSS課は特殊部隊じゃないんですけど……。


「定、試しに撃ってみてくれ。おい、お前ら!いまから見るのがお前らが目指す境地だ!瞬きせずに見とけ!」


 そう、この人はこれも嫌なのだ。めっちゃわっしょいして、ハードルを上げてくるのだ。

 しかし、これしきのプレッシャーでミスる程ヤワな鍛え方をされちゃいない。


 俺はベレッタを抜いて、ノールックで両脹脛、両腕を掠めるようにして撃った。


「見ろ、これがお前らの目指す『人を殺さない撃ち方』だ。良く参考にしておけ」


 今の時代、民警及びSSS課などに所属する『銃をひけらかしてもいい免許』を持っている人間は特別な場合を除き犯人の射殺は厳禁とされている。

 もし間違ってでも犯人を射殺してしまった場合、柔道や空手の有段者が起こした事件と同等以上の厳しい判決が下される。

 よって銃を扱う場合は『人を殺さない撃ち方』をする必要があるのだ。

 まぁだからこの特別銃器科では柔道などの徒手格闘の会得も推奨されている。


 その後、エリも射撃場も来て、適当に二時間ぐらい時間を潰していると、俺の携帯が鳴り出す。

 相手は課長のようだ。


「はい、十条です」


『今情報が入った。才条学園高等部の制服を着た女子生徒が車で誘拐されるのが通報された。部活帰りだったと思われる……恐らく西園寺朱音だ。付近のパトカーを向かわせているが、お前達も至急向かえ。西園寺朱音を乗せた車は水色のMAZDA6セダンでナンバーは……』


 生意気にも最新車に乗ってやがるのか。

 こうしちゃいれない。俺は適当に情報を聞きながら、教官に話をつける。


「教官、ここにも車ありますよね?練習用のやつ」


 教官も事情を察したようで俺達三人は走りながら色々お願いする。


「ああ、乗ってけ!シャッターを開けて地下道を進むと、そのまま人工島北東の橋の前辺りに出る。後は自分達で頑張れ」


「ありがとうございます!」


 ガレージに入っていた車はトヨタのZVW30型プリウス。俺の良く知ってる車種だ。

 俺はキーをもらうなり、ドアを開けるとエンジンを掛ける。

 丁度ガレージのシャッターが開いて教官からゴーサインが出る。


「サダメ、アンタ運転うまかったっけ?」


「俺は特別運転免許を一週間で取った天才です」


 特別運転免許というのは俺たちのような子供の為に新設された制度でバリクソ厳しい試験を通り抜けるともらうことの出来る免許だ。SSS課の構成員には普通車の運転免許は必須なのでエリも持ってるはずだ。

 この試験、十五歳以上なら誰でも受けられるが、合格率は驚く程低い。一応言っておくが差別はしてない。


「アタシも一週間で取ったわよ!それより場所分かってんの?」


「当たり前だ」


 無駄口を叩いているとすぐに地下道を出た。

 学園人工島はレインボーブリッジの南に架かる首都高速湾岸線の橋の更に南にある。

 橋を渡って湾岸警察署方面に出て、首都高速湾岸線に向かう。犯人の車の行き先は東京港だ。だから課長は俺達に言って向かわせたんだ。

 周りのパトカーよりも早いかも知れないから。


 夜の怪しげな倉庫街を抜けると、コンテナが大量に積まれた東京港に到着する。

 普通なら行き止まりのここに入ったという事は船のつてがあるという事だ。早めに見つけないとどこかに逃げられる。

 車は既に発見したが、もぬけのからだった。


「どこに行ったのかしら?もしかしてもう逃げられた?」


 いや、それはない、筈だ。

 そんな根拠もない希望的観測で物事を語りたくはない。俺達は引き続き沿岸を張る。

 すると、いた!ニオイプンプンのクッサい四人組。

 西園寺は気絶させられて抱きかかえられている。


「行くぞ、エリ!」


 俺はベレッタを抜く。


「分かってるわよ!」


 エリも同じくシグザウエルを抜く。


「警察だ!彼女を置いて、ゆっくりと両手を頭の後ろで組め!」


 という俺の警告なんて聞くはずもなく、こちらに一瞥もくれずに走り続ける犯人達。

 俺達も迷わず一発ずつ発砲。銃弾は後ろの二人の太腿を少し抉り取る。

 勿論命中した二人はぶっ倒れてしまうのだが、前の二人は撃とうにも撃てない。

 一人は朱音を盾にするようにおんぶしていて、もう一人はただ単純に避けるのが上手い。

 歩幅を変えたり、走る速さを変えたりしているのだ。


「このままじゃ逃げられるわよ!?」


 本当にどうする!?桟橋まで五十メートル程あってもう追いつけない。

 しかし、そこで天の助け、性能の良さそうな船が係留されていた。


「エリ、あれに乗るぞ!お前船舶の免許持ってるか?」


 俺は他所には言えない方法でエンジンを掛け、エリに免許の有無を問う。こんな方法でエンジンをかけちゃってる以上、免許とかどうでも良いと思うけどね。


「持ってるわよ!本当に感謝しなさいよ?」


 はいはい、してますしてます。

 俺はエリの運転する船で残りの二人を追いかける。

 流石だ、本気を出せばグングン追いついていく。


 ベレッタの射程にギリギリ入るかという所で、俺は射撃を始める。

 しかし、この時点では威嚇射撃ぐらいの効果しか示さない。

 俺が撃ちまくっているうちにどんどん差は詰まっていく。


「バカ!弾を無駄にしない!銃弾は国民の血税で賄われてるのよ!」


 自衛隊みたいな真面目さをありがとう。


「これは俺の自腹を切って買った弾だからいいの!」


 俺はしばらくしてある音がしている事に気づく。

 そして後ろを見ると、警察のヘリコプターが来ていた。SSS課の応援だろうか?

 ヘリはあっという間に俺達の船を越して、犯人達の船と並ぶ。

 横扉は開いていて、そこから狙撃銃か何かで狙う作戦らしい。


「あれは……涼子ね。飯田涼子、二係の狙撃手よ。アンタ、話した事なかったっけ?」


「涼子さんはスナイパーあるあるで基本ダンマリだろ?俺は話した事ない。逆にお前はあるのか?」


 スナイパーあるあるとか言ったのは偏見だとしても、あの人はダンマリなのだ。常に仕事人って感じだ。


「アタシはあるわよ。涼子ってあれで結構面倒見いいのよ」


 嘘も大概にした方がいい。

 まぁ無駄話はここまでにするが、狙撃の腕だけは確かで、2800メートル以内なら絶対に外さないとかなんとか。

 俺達が無駄話をしている間に涼子さんはターン、ターンと規則的に撃っているのが聞こえる。こりゃドラグノフだな。

 ソビエト連邦時代にロシアで開発された信頼性の高い狙撃銃だ。今でもロシア軍に配備されていると聞く。

 何が目的かは分からないが、どうやら船体の方を撃っているようだ。

 しかし、その理由は程なくして分かった。


 犯人達の船が緩やかに減速し始めたのだ。

 恐らく操縦系統を破壊したのだろう。

 俺達は船の距離を一定に保ちながら、銃を構える。


 犯人達は上手く死角に隠れていて、ここからでは狙えない。

 狙撃銃では出来ることが殆ど無くなったようで、涼子さんの乗るヘリも移動しようとはしない。狙撃銃を人に当てたら大変なことになるからだろう。


「……突入するか?」


「そうね……このままだと埓が開かないし、敵も朱音を殺そうとはしないわよね……じゃあ、横付けするわ」


 エリは頭が出ないように射線を切りながら船を前進させる。

 船の横付けが完了すると、俺はエリにハンドサインしてから、M84スタングレネードを犯人達の船へ投擲する。

 恐らく素人に毛が生えた程度の相手には効果てきめんだろう。

 スタングレネードが発動したとほぼ同時に俺達は相手の船へ突入する。


 しかし、ここで予想外の事態が発生する。

 上手い方の犯人にはフラッシュが効いていなかったのだ。

 そしてそいつの顔を良く見ると、有名人である事が分かった。


「……まさか国際指名手配犯とこんな所で遭遇するとはね……驚きよ。アラン・エンフィールド!」


 アラン・エンフィールド、奴は二年前、香港の銀行から約百万ドルを一人で盗み出した。

 そして今に至るまで逃走を続けていた正真正銘の天才犯罪者だ。


「ハハハ!こんなお嬢さんが警察の真似事なんて、日本から金を盗むのは簡単そうだ!」


 しかし、音響の方が効いているようでエリの話を聞いてない。

 俺としてはこいつが日本語を喋れることに驚きだ。


「そのお嬢さんがアンタを今から捕まえるのよッ!」


 エリは躊躇いもなくエンフィールドを狙う。それ普通に死んじゃいますから。

 しかし、エンフィールドも流石といった所で真っ先に死角に隠れる。


「サダメ!アンタは向こうから回りなさい!挟むわよ!」


 エリはもう一人の犯人に手錠をかけながら言う。

 朱音は未だに気絶したままだ。


「了解」


 いくらエンフィールドとは言え、俺達相手に二対一で勝てるとは思えない。奴もここで詰んだな。

 しかし、ここで危ない展開に陥る。

 エンフィールドは早い段階で見切りをつけ、俺の方へ出てきて、M1911、通称コルト・ガバメントを俺に向けてくる。

 狙いは完璧、俺の頭のあった位置を捉えていたが、俺は反射的に頭を動かし、何とか躱す。だが、それでも側頭部を少し掠めていた。


 俺も銃を撃とうと思って、やめた。

 この距離なら格闘戦をした方が効率的だ。


 俺は躱した時の体勢からそのまま相手の懐に潜り込んで、投げる。

 まさか拳銃を持ってる相手に素手で突っ込んでくるとは思わなかったようだ。こんななりでも一応防弾素材を使用してるから銃相手でも多少は大きく出れる。


 そして俺はそのまま手錠で自分とエンフィールドを繋ぐ。これで逃げられる事はあるまい。


「兄ちゃん、甘いぜ!」


 エンフィールドの手が『脱皮』して、スルスルっと手錠から抜けていく。

 ルパンみたいな真似しやがって!

 しかし、その後背後からのエリの蹴りがエンフィールドの脇腹にクリーンヒットする。


「いや、上出来よ!」


 エンフィールドは操縦室の外壁に打ち付けられ一瞬動きが鈍くなるが、その一瞬が命取り。今度こそ両手両足に手錠をかけられお縄になった。


「……ヘッ、これが三流泥棒の末路かね……」


「何言ってんのよ。アンタ一流泥棒でしょう?」


「バカ言え……お前達は本当にあれが俺一人の犯行だと思ってるのか?」


「流石に警察もそこまで馬鹿じゃない。実行犯が一人というだけで共犯はいると思っている」


「そう。それじゃあ、逃走経路の確保や下準備を全てその共犯者がやって、俺はそのシナリオ通りに動いたのだとしたら?」


 そんな事はあり得ない、不可能だ。警察の動きを全て予測して上手く監視網を通り抜けられるなどそんな物、未来予知と言っても過言ではない。


「……まぁいい。信じるも信じないもお前達次第だ。

以上が『エンペラー』から伝言だ」


「「……ッ!?」」


 ど、どういう事だ。この話をされた後にエンペラーの名前が出るって事はそういう事なのか!?

 だが、今まで全く尻尾を見せなかったエンペラーが自分から手掛かりを残してくるのは不自然過ぎる。


「コイツは伝言役、これ以上は何も知らなそうね……まずはコイツらの身柄を引き渡して、朱音を送り届けましょう」


 いつの間にか涼子さんを乗せていたヘリは何処かに行ってしまったようなので、この船はとりあえず放置して俺達が乗ってきた船で東京港まで戻る。


 東京港まで戻るとパトカーが三台程来ていて、犯人達の身柄を引き渡す。

 エリは『しっかり朱音を送り届けるのよ!』とだけ言って、事情説明のためにパトカーに乗って行ってしまった。


 俺はここまで乗ってきたプリウスの後部座席に朱音を寝かせるとそのまま走り出す。

 東京港のフロートを抜けた所で朱音が起きる。


「おはよう朱音。調子はどうだ?」


「ん……んぅ……ここは……私、誘拐されて、そのまま眠らされちゃったんでした……もしかしてずっと寝てました?」


 やはり朱音が一番の大物なのだろう。


「ああ、俺達がやり合ってる時もずっと寝てたよ」


「ごめんなさい……定くんはもう私の事知ってますよね?」


「エリから聞いた。西園寺財閥のご令嬢なんだってな」


 俺が言うと驚いた顔をしながらも、すぐに納得の行った顔になり、少し悲しげにこう切り出す。


「私の周りに集まってくる人は大体私の家目当てでいつも本当の意味で仲良くしてくれる人はいなかったんです。小中の学校が名門だったってこともあったんでしょうね。だから私はお父様にお願いして、才条学園に入学したんです」


 確かにそんなお嬢様がいたら仲良くはなっておきたいよな。しかし、朱音、大体が家目当てってのは間違いだな。そのルックスで半分は堕としてるぞ?


「……少し寄り道してかないか?」


「寄り道ですか……した事がないんですよね。そういうのも……はい!しましょう寄り道!」


 俺は首都高速11号台場線に入って、レインボーブリッジを通る。


「…………」


 朱音は窓から東京の夜景を見ているようだ。


「綺麗だよな」


「はい、とても」


 これが俺達が守ってる街、東京だ。大分東寄りではあるけど。


 時刻は七時半を回っていて、自炊するのも面倒臭いので、朱音をファミレスに誘う。


「私、ファミレスに入ったのも初めてなんですよ」


 もうなんか、庶民のやってる大抵の遊びとかは初めてそうだ。


 俺は適当に注文を済ませると朱音に質問する。


「『こういう事』って結構あるのか?」


 これから朱音を含め、学校を守っていくために必要な情報収集だ。


「されそうになる事はあるんですけど、中学生まではお付きの人がいたので問題ありませんでした」


 されそうになった事がある時点で驚きだ。


「じゃあ、何かしらの犯罪に巻き込まれた事は?些細な事でもいいから何かないか?」


「いえ、何も。今回が最大の事件です」


 まぁそりゃあね。危うく知らないところまで連れ去られそうだったんだから。


「私からも質問いいですか?」


「あ、ああ、どうぞどうぞ」


 まさか質問されるとは思っていなかったので若干驚いてしまう。


「やっぱり、不知火さんも警察の方なんですか?」


「エリは同じ課に勤めてる同僚だ。あ、幼馴染みってのも嘘じゃないからな?」


「なるほど、ありがとうございます」


 聞きたい事はそれだけなのか話は終わってしまった。

 それからすぐに料理が運ばれてきたので、食べ終わるまで喋ることもなかった。


「ファミレスの料理はどうだった?やっぱり普段食べてた物とは全然違うだろ?」


「はい、全然違います。でも美味しくないとかじゃないんです。お友達と食べるご飯がすごい美味しいんです。それに夜に二人でご飯するってなんだかすごい悪いことしてるみたいで気持ちが上がるというか」


 そんな中学生みたいな事を言いながら車に乗り込む朱音。


「でも本当に奢ってもらって良かったんですか?」


「ああ、そりゃ俺未成年だけど、ちゃんとしたお給金もらってるからお金だけはあるんだよ。学費も全額経費だからお金も減ってかないし」


 何年か前から交番研修って事で一応勤務している事になってましたしね。

 そして俺は一つ言い忘れていた事を伝えておく。


「申し訳ないんだが、明日は学校に行けないつもりでいてくれ。今日は夜遅いから事情聴取をしなかったんだが、明日する事になりそうなんだ。西園寺のご両親にもその旨を連絡してあるはずだから、よろしくな。朝九時ぐらいに迎えに行くから、それまで待っててくれ」


「朝九時ですね。分かりました、お待ちしてます」


「悪いな、新学期早々」


 本当に申し訳ないよ。学校休ませちゃうなんて。


 俺は第三女子寮の前で朱音を降ろす。


「ではまた明日」


「ああ、おやすみ」


 さてと、どうしようか。やっぱり車は一旦返した方がいいよな。止めとくところもないし。

 そう思った俺は地下道から入って開いていたシャッターを通り抜けて車を止める。


「帰ったか」


「車、助かりました。お陰で犯人が逮捕出来ました」


「そりゃ良かった。明日も使うか?」


「いえ、明日はゆりかもめで新橋まで行きます。後は迎えに来させればいいだけですから」


「そうか……定よ、俺は嬉しいぞ。お前が立派に育って警察官をなって……訓練してやった甲斐があるってもんだ!」


 俺も恩師にそう言ってくれると嬉しいんだが、いい年したおっさんが半泣きなのとか見たくないぞ。


「まだまだ青二才ですよ、俺は。せめてこの学校にいる間は学ばせて下さいよ」


「そうだな!これからもビシバシ鍛えてやるからな!」


 ヤバい、地雷踏んだかも……。

 俺は内心これからの事にビクビクしながら総合特別実習棟を出る。

 バスはもうないので歩いて寮まで戻ると、シャワーだけ浴びてこの日は寝てしまった。


 次の朝、俺は七時半ぐらいに起きて朝ご飯を簡単に済ませ、本庁へ行く準備をする。

 準備といっても制服に着替えるだけで殆ど終わってしまうものだ。

 九時頃になったので朱音を迎えに行く。


 インターホンを押すと制服姿の朱音が出てくる。


「おはようございます、定くん」


「おはよう。準備は出来てるか?学校には俺から事情聴取で連れてきますって言っといたぞ」


「あ、すっかり忘れてました。ありがとうございます。なんだか楽しみで色々忘れてるかも知れませんね」


「楽しみ?事情聴取が?」


「いえ、定くんとお出かけするのが、です」


 最後にニコッと笑う朱音。こういうのはずるい!

 ニヤけそうになるのを必死に堪えて今日の経路を説明する。


「今日は車がないから、テレコムセンターからゆりかもめで新橋まで行って、エリに迎えに来てもらう」


「じゃあ、テレコムセンターまで歩きですね」


「すまんな。あのプリウスは借り物だったから」


「いえいえ!そういう意味じゃなくて、少しでも長く定くんと居れるのが嬉しいんです」


 あー!調子狂う!


「……朱音、そういう事を男子に言っちゃダメだぞ?男子はこういうところで勘違いするんだから」


 やっぱり天然ジゴレットの気があるわ。今まで何人の男子を堕としてきたのか……。


「定くんになら勘違いされてもいいです」


 おいおい!今のは聞き捨てならんぞ!


「今のはどういう――」


「さぁ、行きましょう」


 俺はしばらくモヤモヤしたまま過ごす事になった。


 俺は金に細かいところがあるので経費で落とせる物はしっかり落としていく。ゆりかもめの二人分の切符の領収書もしっかり出した。


「モノレールってこんな感じなんですね……」


 お嬢様はモノレールにご執心のようだ。


「昨日通ったレインボーブリッジも渡るぞ」


 レインボーブリッジを通り抜けてしばらくするとすぐに都心部に入る。高いビルが何本も生えている。

 都心部に入るとすぐに新橋だ。

 エリにはゆりかもめに乗る前に連絡しておいたので既に到着しているはずだ。


 駅前に出て周りを見ると、すぐに聞き馴染みのある声がした。


「サダメ、朱音!こっちよー!」


「お迎えご苦労さん」


「そう思ってるんだったら、ご飯の一つでも奢りなさい」


「やだね」


 俺達はいつも通りに挨拶をする。


「朱音、ご足労して頂いちゃって申し訳ないわね。ここからは車だから安心しなさい。ご両親もお忙しい中お見えになるようだから、早速乗って頂戴」


 そう言って俺の背中をぶっ叩くエリ。こういう事するから奢り甲斐がないんじゃないか。

 しかし、朱音のご両親、よく来れたな。財閥の会長なんて忙しいだろうに。


 外堀通りを真っ直ぐ進み、桜田通りとの交差点で右折すると警視庁の庁舎が見えて来る。

 一応自分の席があるはずの場所なんだけど、職務上殆ど来る事の無い場所だから慣れないんだよね。


 庁舎に入るとエリが先導してくれて、取調室まで案内してくれる。

 軽い物らしく三十分ぐらいで朱音は戻ってきた。

 丁度そのタイミングで朱音のご両親がお見えになり、朱音を含む三人で空いている会議室へ向かった。


「ふぅ……これでこの件は終了かぁ」


「そうね。まさか配属されて僅か三日で時間が発生するとは思わなかったけど」


「何を言っている。まだ終わってないだろう」


 声がした方を見ると、SSS課課長、神宮寺(じんぐうじ)涼介(りょうすけ)がそこにはいた。まだまだ三十過ぎとお若いのに本庁の課長ってのは異例の昇進スピードだ。


「あ、課長。お疲れ様です」


「お疲れ様です、じゃない。お前達も西園寺夫妻への事情説明の為に行くんだよ!」


「え、マジですか?」


「マジだ」


「分かりました。すぐに向かいます」


 嫌だなぁ……あの人達もうオーラがヤバかったもん。あれ前にしたらまともに喋れる気しないわ。

 しかし、嫌だからといって断れるものでもないので俺達も夫妻の後を追って会議室に向かった。



「失礼します」


 エリがドアをノックする。エリも緊張した面持ちだ。


「入りなさい」


 これは朱音のお父様の声だろう。

 そう思い中へ入ると、ヤバい人がいた。恐らくこっちの人の声だ。


「は、葉山警視監!?」


 お、お知り合いか何かかな?しかし、これはヤバい。下手すると警視庁での俺の居場所がなくなる!


「早く座りなさい……西園寺さん、この二人が担当の者です」


 ひぇ〜これはヤバい!ガチでヤバい!


「では君達が才条学園高等部担当のSSS課の方という事でいいかな?」


 お父様もオーラすげぇぇぇ!


「SSS課の不知火です」


「お、同じく十条です」


 慌てて名乗ったせいで噛んでしまった!


「おおよその事情は既に聞いています。娘がテロリストに狙われたことも……」


 こ、これは責められるのか!?予見出来なかったのか、とか。


「あなた、そんな顔で言ってたら怖がっちゃうでしょう?お二人ともごめんなさいね。これでもこの人お二人に感謝してるのよ。もちろん私も。娘を助けてくれて本当にありがとう」


 ああ、良かった。ご両親が優しそうな人で。


「でもね。私は今回の事で思ったわ。やっぱり娘にはボディーガードを別に付けるべきだと。お二人はどう思う?」


「そ、それは……」


 エリが言い淀み、朱音は顔を伏せている。


 朱音の安全という面に重きを置いて考えるならボディーガードをおいて守ってもらった方が遥かに安全だろう。

 しかし、俺は朱音の気持ちを知っている。あの時は家柄がどうだとかそんな事を言っていたが、お付きの人がいると聞いた時に俺はそんな人がいつも側にいたら、友達は出来にくいだろうと思った。

 だが、朱音は俺にそれを言わなかった。恐らくそれは母親が自分を思ってしてくれている行動だと分かっていたからだ。本当にどこまでも優しい奴だ。

 だからこそ、朱音のあの悲しそうな顔はよく覚えている。いつも俺に向けてくれた笑顔が真に曇ったその時の顔を。

 なら俺があの笑顔を守ってやるべきなんじゃないか?仕事としても、友達としても、何よりあの笑顔が大好きな人間の一人としても。


 今俺は分水嶺に立たされているようだ。

 生徒を守るという仕事を優先し、朱音の安全を第一に考えるか、仕事として朱音を守りつつも、友達として朱音の笑顔を守るか、二つに一つだ。


「十条さんはどうお思いですか?」


 俺は刹那の逡巡の中で答えを出す。


「俺は警察官として朱音さんにボディーガードを付ける事に賛成です。警察はどうしても後手に回ってしまいがちで、個々人を完全に守るという事に向いていません。そういう面では個人を守るボディーガードを付けた方が安全だと思います」


「ちょっとアンタねぇ!」


 エリが俺に突っ掛かってくるがそれを無視する。


「ですがッ!俺個人として、一人の友達として、俺は朱音さんを守りたいんです。今回のような事件から必ず朱音さんを守ります。ですから……今一度再考をお願いします」


「……分かりました。しかし、貴方の考えは抽象的で中途半端な物です。覚悟は示す物はあるんですか?」


 こんな事もあろうかと、用意しておいた物がある。

 俺はブレザーの裏ポケットからある紙を出す。


「もしも、才条学園を退学する、若しくはボディーガードを雇うという場合は俺をボディーガードにしては頂けませんか?その為の覚悟がこれです」


「アンタそれ……本気、なの?」


「ああ、俺は本気だ」


 朱音のお母さんはゆっくりと目を開けて、話し出す。


「辞表ですか……参考までに、娘の為に何故そこまでするんですか?」


 そんな事、決まりきっている。


「それは朱音さんがクラスで初めて出来た、今のところ唯一の友達だからです。友達が居なくなったら寂しいでしょう?」


「定くん……!」


「……そうですか。分かりました。三日考えさせて下さい」


 ここで今まで静観していた葉山警視監が口を開く。


「最後に私からも一つ。十条警部補は警視庁が誇る最強の警察官の一人です」


 警視監が本当に俺の事を知ってくれているかは別として後押しはもらった。

 西園寺一家はそのまま出て行くがこれで上手く行くはずだ。


「警視監ありがとうございました」


「いや、私は君の男気に感心しただけだよ。これからがあればだが、よろしく頼むよ」


 そう言って警視監も会議室を出て行く。


「……大成功ね。まさか警視監が出て来るとは思わなかったけど」


「ああ、俺達俳優の才能があるかも知れないな」


 そう、俺達のアレは腹芸だ。

 俺達は車の中で自分の両親が来ればどんな事になるかというのを朱音に教わっていた。

 車の中で俺は朱音のご両親を納得させる作戦を考えていたのだ。

 朱音が事情聴取を受けている時に俺がエリにこの作戦を提案したのだ。辞表もこの時、認めた。


「アンタにはああいう真似って絶対出来ないと思ってたけど意外に上手かったわよ」


 上手く行きすぎて思わず笑みが漏れる。


「自分が最低限の犠牲を払って、最大限の見返りが手に入るように行動する。それが上手く生きるってもんだ」


 今回の場合、信頼を失うかも知れないというリスクをかけて、朱音の学校残留、俺のSSS課残留を得ようとしたのだ。まぁ100%嘘という訳ではない。五分の一は嘘だが。

 しかし、まぁ警視監の後押しを貰えたというのは大きい。西園寺夫妻と警視監は知り合いだろうし、そんな人が最強の警察官とまで言ったのだから簡単には無視出来ないだろう。


「さ、学校に戻ろう」


 行きとは違うメンバーだが、三日後には無事三人だろう。


「そうね。新橋までの徒歩も辛くない気がする」


 俺達は戦いに勝利を確信し、本庁を後にする。



「あー、疲れた。エリ、何か作ってくれ」


 部屋に帰ってくるなり、俺はエリに料理を作るように要求する。居候としてそれぐらいはやってもらわないと。


「アンタねぇ、人に物を頼む時はどうすればいいか教わらなかったの?」


 とかなんとか言いながらもエプロンを着て料理の準備を始めているエリ。

 何だかんだ言ってもコイツは面倒見がいいのだ。立派な幼馴染みを持って俺は幸せだよ。


「一つ聞いてもいいか?」


「ん?何?」


「どうして朱音を助けようと思ったんだ?」


 これだけは最後まで疑問だったのだ。最初に会った時はそんなに好いていない感じだった気がしたのだ。


「そ、そんなのどうでもいいでしょ!」


「言っちゃった方が楽になるぜ?」


「殺されたいの?」


 俺が調子に乗った途端に銃を向けてくるんだから。

 いい加減、自分も撃たれてみたらどうだ?結構痛いぞ?


「ど、どうどう」


 俺がエリを落ち着かせると溜息を吐いて、顔を若干赤らめながら話し出す。


「朱音はさ、アタシにとってもカタギで初めての友達なの。だからそんな子を手放したくない。アタシこんな性格だから友達なんてそんなに出来ないしさ。まぁだから……アンタと同じよ」


「まず一つ驚いたのはお前が性格の悪いって自覚してるところだな」


「あぁ?」


 また銃を抜こうとするエリ。


「話は最後まで聞け。もう一つはお前が朱音を友達だと思ってるって事だよ。お前、ガキの頃からそんな性格してたから人の事を友達だなんて言った事なかったろ?だから驚いてんだよ、俺は」


 エリはガキの頃から家の事ばっかりで、本当は友達が欲しいのに、いつも訓練訓練だったのだ。

 こいつもSSS課に入ることが出来たから多少は安心出来たんだろうな。

 朱音は本当に良くやってくれた。これからは俺に対して割いていた時間が少しは向こうに向くだろう。俺もお守りをしなくて済むってもんだ。


「アンタにそんな事言われる筋合いはない」


「筋合いはあるだろ。幼馴染みなんだから」


 俺は上手いこと言ってやったみたいな顔してエリを見つめる。

 エリは顔を赤くしながら『ぐぬぬぬ』とでも言いたげな表情だ。

 丁度その時、着信音が部屋に鳴り響く。


「はいはい、課長?言い忘れた事でもあったんですか?」



『事件発生だ。事件発生時間は今から三十分前、場所は首都高の霞ヶ関入り口前、車の乗っ取りだ。車種はトヨタセンチュリー、ナンバーは――』


「ちょっと待って下さい。そういうのはウチの課の仕事じゃないでしょう。また西園寺が被害にあったって言うなら話は別ですけど」


 そんな話にはならない。こんな短期間に二回も事件の被害に遭うとかどんな確率になるんだか。


『被害者は西園寺一家だ……続きを言うぞ。ナンバーは……』


 俺はマイクをミュート、スピーカーにしてエリを呼ぶ。


「エリ、事件だ。被害者は西園寺一家、カージャックだ」


 俺は脱いでいたブレザーを着直しながら日本刀を手に取る。


「了解よ。全く朱音もツイてないわね。こんな短期間に二回も事件に巻き込まれるなんてね」


「ああ、全くだ。本当にいい運してる」


 俺達は例によって特別銃器科の練習車を借りる。

 この時点で他の捜査員より大分遅れを取っているが、そもそも俺達には朱音の安全を確保するという任務があるだけで、今回の場合、一課が出張ってくるので、俺達はどちらというと援軍扱い、主役ではない。


 課長からの情報によると、車は霞ヶ関で首都高に乗った後、東名川崎で高速を降りて、完成前のビルに立てこもり中だという。

 既に一課が包囲を完了しているらしい。被害者が被害者なだけに対応が早い。こういうあからさまなのは良くないと思うけどね。



 本庁SSS課にて


「課長、本当に彼等に頼んで良かったんですか?別にわざわざ行かせなくてもこの事件は解決されるでしょう?」


 女性警官が神宮寺課長に問い質すような声音で聞く。


「あの二人は何かあった時の保険だ。柳、俺は何であいつらを二人一組にしていると思う?どちらも役割的には前衛でバランスがいい訳でもないのに」


「……まさかとは思いますけど、仲が良いからですか?」


 女性警官、柳警部補は怪訝そうな顔をして一応といった感じで確認をとる。


「その答えだと当たらずとも遠からずと言ったところだ。これはあいつらの採用試験の結果だ」


 柳警部補は呆れた顔をしながらも資料を受け取る。


「……これは本当ですか!?」


「俺も初めてみた時は驚いたよ。警視庁が格付けしている十条の戦闘員としてのランクはB、不知火のランクはB+、これはウチの課で言ったら、極めて平均的だ。しかし、二人が組んだ時の試験結果によるランク査定はS−。これ、普通に考えたらおかしいよな?」


「は、はい。いくら相手を知っているといえど、自分の持てる力以上を出せるとは思えません」


「そう、そこが重要だ。普通人間はそこまで人を信頼出来ない。だからダブルスなんてやったら、査定は良くて二人の平均ランクだ。だが、あいつらは違う。自分だけで戦うよりもお互い協力して戦う方が力を発揮出来る。あいつらは狂ってるよ。お互いを信頼し過ぎだ。それが弱点でもあるが、二人セットで使えば大きな武器になる。諸刃の剣というやつだな」


 神宮寺はやれやれと言いたげに両手を上げ頭を横に振る。


「しかし、これは本当なんですか?試験官を二人撃破というのは」


 試験官はSSS課在籍のA−以上の警察官が務めることになっている。


「ああ、本当だ。だが、それは十条も不知火もお互い少し力を抜いて合わせているんだよ。二人の連携を崩すから本気を出していないんだ」


「いくら何でもそれは買い被り過ぎじゃありませんか?」


「いや、そんな事はない。不知火はともかく、お前は十条の名を知らない訳ではないだろう?」


「十条……まさか十条定臣(さだおみ)ですか!?」


「そうだ。数年前まで日本の外交上の切り札とまで言われた首相の懐刀だ。彼は五年前に病気で亡くなっている。そして、その病気の原因になったのが彼の『能力』だ」


「『能力』ですか?」


「まぁ厳密には先天性の体質のような物なんだが、恐らく十条は体質が原因で病気になると知っている。だから能力を使いたがらない。しかし、自分の仲間や友人がピンチとなれば話も変わってくる。つまり、だ。今回のような事件になれば、奴の真の実力が見れるかも、という事だ」


「課長、あなた……」


 そして神宮寺は怪しげに笑い、最後にこう口にする。


「さぁ、真の力を見せてくれ、十条警部補」



 高速を走ってようやく犯人が立てこもったというビルに到着する。

 ビルの前には数十人の捜査員が既に配置についている。

 情報によれば犯人は複数で銃、又は刀剣の類の所持の可能性あり、だそうだ。


「小田切さん、状況はどんな感じですか?」


「ん?……もしかして定君か!?大きくなったな!」


 この人の良さそうな小田切警部は警視庁捜査一課特殊犯捜査第一係の係長だ。父とは旧知の中で何回か会ったことがある。


「ええ、ありがとうございます。状況はどんな感じですか?」


「ああ、失礼。犯人の要求も目的も全く分からん。犯人達はビルの屋上に立てこもっているようで、先に送った十人の部下も戻ってこない。殺したとは思っていないが、恐らく捕まっているだろう。今回は相当に厄介な犯人だ……」


 小田切警部は憎々しげに爪を噛みながら、そう話す。確かに要求もしてこない誘拐犯というのは居なくはないが珍しい。

 それに今回は西園寺一家を誘拐するという明らかに身代金目的のように思える事件だ。それなのに身代金すら要求してこない、というのは怪し過ぎる。今回の犯人、人物像が全くはっきりしてこないぞ。


「警部、俺達が突入を許可して頂けませんか?」


「こっちからお願いしたいぐらいだ。SATの出動要請も今出したばかりで許可されたとしても出動まで時間を要する。それなら同等の装備を持ってるって噂されるSSS課に突入を頼んだ方がいい。その日本刀も装備なんだろう?」


 俺が一応袋に入れてきた刀を見抜いたようだ。理解のある警部で助かる。


「では、行かせてもらいます。エリ、行くぞ」


 俺達はビルの中へ入っていく。

 幸い作業用エレベーターが動いていたので乗らせて頂く。


「エリ、弾は何発ある?」


「中に入ってるのも合わせて106発」


 俺はベレッタの為に用意していた予備弾倉の半分をエリに渡す。どちらの銃も9mmなので共用可能だ。


「何よ、これ。アンタそれじゃ、ベレッタの弾が少なくなるでしょう?」


「いいんだよ。俺は銃よりも方などを使うから」


「ふふっ、そうね。これがアタシ達の本気よ」


 俺達本来の装備は俺が刀、エリが拳銃なのだ。

 しかし、事件というのはいつ起こるか分からない。

 だから俺は持ち歩く訳にはいかない日本刀ではなく銃で戦闘をし、エリは女である為、小型軽量化されたP229を使っている。


 そして俺達の勘が今回は本気で挑まないとまず勝てない相手だと言っている。

 こういう時の勘は大体当たる。それに今回はエリの野性の勘までがそう言ってる。これはもう100%だ。


 しばらくするとエレベーターは最上階に到着した。

 屋上には階段を探して上らなければならないようだ。


「サダメ、何かおかしいとは思わない?ここまで楽に行け過ぎよ。多分何か罠が仕掛けられてる」


「具体的には――」


 俺がそう言いかけたところで俺の横でヒュンッという風切り音がする。

 俺は反射的に一歩下がり、抜いていた刀を前に振る。

 矢だ、矢が飛んできたのだ。恐らく赤外線センサーを使った仕掛けだろう。


「……具体的にはこういう事か」


「用心して行きましょう」


 他にも罠はあったが、同様の仕掛けは一つとしてなく、犯人の意地悪さが窺える。

 途中捜査員が何人も倒れていて、殺そうとはしていないようだが、矢のトラップなんて仕掛けてる時点でそこら辺の配慮はかなり怪しいとは思っていいだろう。


「ようやく階段ね。この上に朱音達がいるって事ね」


「それは分からないんじゃないか?ここより下の階に隠されているかも知らないからな。だが、敵は確実に上にいる。奴等の目的は俺達って可能性があるしな」


 今回の事件、またエンペラーが関わっている可能性が高い。そして前回エンフィールドは俺達に伝言のような物をした。

 奴等はまた確実に動き始めているのだ。そして奴等の犯行は警察組織に対する挑発のような部分がある。

 今回尻尾を見せたのもその挑発だとしたら?

 エンフィールドに辿り着いた俺達が目的という可能性が十分に考えられる。

 俺はこの事をエリに話す。


「私もエンペラーの犯行であるとは思ってるけど、アタシ達が目的って言うのは考え過ぎじゃない?」


「じゃあ、何故要求をしてこない?他の捜査員を足止めした?」


「分かんないわよ。だけど、そういうのは犯人に直接聞けばいい。それだけでしょ?」


「そうだな。それじゃあ、仕事と行こうか!」


 俺達は階段を上り切り、屋上に出るドアを開ける。

 一陣の風が吹き抜け、月明かりに照らされた二人の人影が見える。

 二人とも身長、年の頃は俺と同じぐらいで、両方とも女、黒髪はポニーテールで長めだ。双子だろうか?

 そして一際目を引くのが彼女らの格好だ。着流しを着ていてるのだ。

 つまりは胸の辺りが開いている訳で胸にはさらしが巻かれている。


「やっと来ましたね、姉様」


「ええ、そうね。待ちくたびれました」


 やはり姉妹か。


「一応言っておくが、今すぐ人質を解放して、投降しろ」


 周りを見るが西園寺一家はどこにも見当たらない。


「姉様、この人ったら無粋です」


「ええ、そうね。礼儀知らずだわ」


 ああ、うぜぇ……話が全く進まない。


「じゃあ、武力行使だ。お前らを逮捕して人質の居場所を教えてもらうぞ」


「ふふふ、そう来ると思っていました。では名乗らせて頂きます」


 姉の方が待っていましたとばかりに嬉々とした表情で言う。ていうか名乗るってなんだ?


「「私達は十五代目石川五右衛門。今宵人質を奪わせて頂きます」」


 そう高らかに宣言しやがった。人質自体が欲しいものだったのか?

 エリは何も言わずに発砲、二人の足を狙う。

 しかし、二人は刀を一瞬で抜いて、何と弾を斬った。

 流石にこれには俺とエリも驚く。


「何を驚いているんですか?弾は斬るなど私達にとっては朝飯前。私達のお爺様は機関銃の弾を楽々弾き返していましたよ」


「姉様の言う通りです。五右衛門の名は伊達ではありません」


 本当に伊達ではないようだ。超人的な動体視力と刀捌きを兼ね備えている。

 これは俺も()()()()を入れなければならないようだ。


「貴方のその刀も名刀とお見受けします。勿論お飾りでは無いんでしょう?」


「勿論だ。(これ)は俺の主力武器(メインウェポン)だからな」


 俺は刀を抜き、姉の方に斬りかかる。

 一合、二合と刀を交えて分かった。筋力自体はそれ程ない、だが、刀の使い方が圧倒的に上手いのだ。

 攻撃を上手にいなしてきたり、隙を少しでも見せた時は、致命傷になり得る一撃を差し込んでくる。

 しかし、俺も普通の状態じゃない。相手が刀を一振りする間に俺は二振りする事が出来る。

 これは神経伝達速度が二倍になっているからだ。脳の処理速度も二倍になり、必要に応じて時間が最大二分の一で進んでいるように錯覚する、なんて事も出来る。


「流石姉様、私も加勢しなくては」


 そう言って俺の方へ駆けてくる五右衛門妹だが、それはエリによって阻まれる。


「アンタの相手はアタシよ」


 エリはP229で妹と戦いを始めた。P229は女性が使ってもそこまで反動がない使いやすいモデルなので、エリは重宝しているらしい。女性の中でも小柄な方だしね。


「ふふふ、向こうも始めちゃいましたね。私達もそろそろ……」


 と言ったところでエリからのオカズが入る。

 エリのこういうところは抜け目がないが、しっかりと五右衛門姉は防いでいる。


「どうだ?頼りになる相棒だろう?」


「……そのようですね。ですが、私の妹も頼りになりますよ?」


「しまったッ!サダメ!」


 横を見ると妹が俺の方へ向かってくる。どうやらエリが距離を取り過ぎたようだ。

 しかし、俺は焦らず、ゆっくりと状況を分析する。

 左右からの同時攻撃、これは通常の二倍で動ける俺にとっては苦ではない。だが、相手は普通ではない連中だ。これを刀一本で斬り返すのは難しい。


「これはどう受けますかッ!」


 俺は背中から軍用ナイフを抜いて応戦する。

 五右衛門姉妹は目を見開き、驚愕している。

 高速で迫ってくる物体をナイフで正確に止めるのは難しい事だが、二分の一の速さで進む世界ではそう難しい事ではない。


 俺がナイフで妹の刀を受け止めた瞬間、エリはすかさず妹に二発撃つ。

 妹はギリギリで防ごうとするが、脇腹を一発掠める。

 アイツもしかしてわざと俺の方へ妹を行かせたか?


「そっちは手負いが一人、こっちは無傷、降参した方がいいんじゃないか?」


「その必要はありません」


 姉は本当に何の問題無さそうな口調だ。ハッタリとかそういうのじゃない。


「……姉様、もう大丈夫です」


 少しすると妹が普通に立ち上がる。痛みに耐える訓練とかでもしたのか?まぁ当然と言っちゃ当然だが。

 丁度その時、インカムから小田切警部の声が聞こえる。


『SATの出動要請が今通った!もう少しの辛抱だぞ』


 俺はエリとを一瞬見つめてコンタクトを取る。SATが来る前に方をつけるぞ、と。

 今回のSATは神奈川県警の部隊だ。そうなると手柄は横取りされてしまう。小田切警部もそれは分かっていると思うが、警察組織としては一刻でも早く西園寺一家の救出をしたいのだろう。


 しかし、今回俺達は朱音の両親に認めてもらう必要性がある。その時救助に来たのがSATでは俺達の話がどこまで伝わるか分からないのだ。


「第二ラウンドと参りましょうか」


 エリならスイッチが入っている俺にも合わせる事が出来るという事はもう分かった。ここからは本気の連携だ。

 またしても姉は俺に斬りかかってくる。

 俺は力を込めて姉の刀を跳ね上げる。この瞬間を見逃さず、エリは射撃してくるが、妹がぴったり割り込んできて、弾は防がれる。


 クソッ!またこのパターンかよ。

 俺と姉は剣戟の声が響き渡る。俺が押し気味だが、致命打になり得る攻撃も上手くいなされる。

 俺は片手に持ったベレッタでエリと同じように妹を適時狙っていくが、しっかりと躱すか弾くかしてくる。

 俺には一応切り札がある。ポケットに入っているデリンジャーCOP.357だ。バレていない為、不意打ちするタイミングを掴めば即座に撃てる。

 しかし、これの使い所を誤れば、いよいよ万策尽きて、平行線への道どころか、能力の欠点、俺のバテが来て、負けの道をいく可能性すらある。


 だが、そんな俺の葛藤は関係なく、好機は思いの外早く訪れる。

 俺と鍔迫り合いの状態になった所に本日五発目となりエリのオカズが入る。

 勿論姉は気づいて弾こうとするが、俺が更にその刀を弾き、姉が体捌きだけで躱そうとするが、左太腿に上手く命中。ここまでで一秒もかかってないのが驚きだよね。


「ぐぅっ!!」


 流石にこれには耐えきれなかったようで、姉はよろめく。

 それを見逃す俺ではなく、姉の刀を弾き飛ばす。刀は姉の手を離れ、大きく飛んだ末、ビルから落ちる。

 俺は刀を捨て、姉を力任せに押し倒し、馬乗りになり、両腕両足を拘束。ポケットからデリンジャーを出し、心臓の部分に押し付ける。


「……さぁ、殺しなさい」


 とんでもなく物騒な事を言い出す五右衛門姉。


「冗談です」


 何なんだ、こいつ。一体この余裕は何だ!?


「……一応言っておくが殺さない、というか殺せない。お前は犯罪者ではあるが、法に守られている。初代石川五右衛門は一族郎党皆殺しにされたそうだが、そんな事にはならない。安心しろ。ついでに聞きたいんだが、一族郎党皆殺しにされて何でお前達みたいな子孫がいるんだ?」


 これは単純な興味だ。親族に至るまで煎り殺しにされたと記述にはあるのだが、その話で行くと、生き残っている訳がないのだ。


「簡単な話です。初代は時の為政者すら謀ったのです。自分が捕まってしまった時、石川の秘術が失われないように、予め全ての術を託した自分の子供を一人逃していたのです。その方が二代目、そして三代目、四代目と今にまで続いてきた、という訳です」


 聞いておいて難だが、スケールのデカい話過ぎて良く分からん。

 しかし、こういうおふざけはここらでやめて、聞かなければならない質問がある。


「お前はエンペラーの手の者か?知らないなら知らないでいい」


「答えを言う代わりに一つ、質問させて下さい。貴方は石川五右衛門をどう思いますか?」


 うーん、これはまた漠然とした質問が飛んできた。

 石川五右衛門なんて少し本で齧ったぐらいの知識しかないからな。まぁその範囲で答えればいいだろう。


「俺は石川五右衛門が義賊という前提で話すが、ああいう生き方はカッコいいと思うぞ。警察官としてはアレだが、石川五右衛門の辞世の句の『砂がこの世から消えようとも、泥棒はこの世からは消えない』ってのがなんとも的を射てるようで、それをまた自分の最期に言うってのには強い信念を感じるよな」


 何世紀と人間は文明を紡ごうが、犯罪だけはいつの時代も無くならない。

 犯罪者を捕まえる事を生業としている人間がいるって言うのが、犯罪は無くならないって事を示しているんじゃないかとまで思う。本当に俺が言うのも難だが。


 俺がそう答えると、姉は微笑を浮かべて話し出す。


「結論から言えば、私達はエンペラーの手の者です。しかし、私達は貴方達の能力を測る為の捨て駒に過ぎません」


「は?じゃあお前達は何で捨て駒だと分かっていて、今回の事件を起こしたんだ?」


「それは乙女の秘密というものです」


 何だそりゃ。まぁでもとりあえず逮捕だな。どうやら向こうも終わったみたいだし。


「それと、いい加減そこから退いて頂けませんか?重いです」


「ああ、すまん。未成年者拐取及び傷害の容疑で現行犯逮捕だ。あ、手錠から抜ける技とかあっても使うなよ?」


「技は使いませんが、容疑の部分が間違っています。私達は未成年者拐取などしていません?」


 んん?これはおかしな話になってきたぞ?どういう事か全く分からない。


「だってお前達は西園寺一家の車をジャックしただろ?それでここまで連れてきた訳だから、それは拐取だろ」


「拐取というのは誘拐と略取をくっつけた言葉で、未成年者拐取罪の場合、仮に本人の意思で了承した場合でも、親の監護権を侵害する事で罪になる、相違ないですね?」


 確かに未成年者拐取罪が取り締まる対象は合っている。俺は頷く他ない。


「でしたら私達は未成年者拐取罪には当たりません。私達は西園寺朱音並びに西園寺朱音の両親の許可を得ています」


 は?どういう事?


「それは殺すぞとか脅迫して得た許可じゃないのか?」


「いいえ。私達は彼等に『このままこの車をいう通りに動かせば、十条定と不知火絵梨の本気が見れますよ?』と言っただけです。ここのどこかに脅迫の要素がありますか?」


 や、やられた!これでは確実に未成年者拐取では立件できない!いや、でも代わりに不法侵入で……。


「ちなみにこのビルは西園寺財閥所有の土地で、この建物自体も西園寺財閥が建設している建物なので、許可を得ている私達は不法侵入とはなりません。よって私達に適用される罪は運転手、警察官に対する傷害罪ぐらいでしょう」


 あーあ、これ多分今世紀最大の誤出動だぞ?小田切警部可哀想に。


「……聞いたか、エリ?」


 エリは呆れた顔をして、


「こっちも聞いたわ。今回通報したのは誘拐だと思った運転手さんだし、ここまで運転してきたのは朱音のお父さん、こいつらがやったのって本当に傷害ぐらいね」


 まさか今回の事件にこんなオチが待っていたなんて……本当に笑えねぇ……。


 俺達は五右衛門姉妹に西園寺一家の居場所を聞き出した。案の定、最上階から二階下にいるそうで、実際行ってみると、朱音のご両親は悠然と俺達を待ち構えていた。朱音は側で申し訳なさそうにしている。

 まぁ結果的にはこれで確実に認めてもらえそうだし、こんな言い方をするとアレだが、俺達にとっては得な事件だったのかな?


「まずは例を言わせて欲しい、ありがとう。君達の実力はこの画面から見ていた」


 やっぱりカメラがついてたか。まぁ結果的には見られてよかったんだが。


「は、はぁ」


「ここまで救出に来てくれたという点は評価せざるを得ません。認めましょう、朱音にはボディーガードなど必要ないようです」


 認めてくれるのは嬉しいのだが、事情が事情だ、お二人には署までご同行願わないとならない。

 俺がそう考えていると、エリが代わりに言ってくれる。


「お認め頂きありがとうございます。今回は事情が複雑な為、お二人には事情説明を署でして頂きます。よろしいですか?」


 ケッ、猫被りやがって。目上にはこういう態度を取る癖に下だと思った相手にはぞんざいなんだよな。


「分かっています……朱音、私達は警察署の方まで行ってきますから、この方達に自分の部屋まで送ってもらいなさい。これからも羽目を外し過ぎないように、頑張りなさい」


「は、はい、お母様!」


 そう言って西園寺夫妻はパトカーに乗って去っていく。

 まさか朱音も今日帰れることになるとは、びっくりだ。これにて一件落着だな。


「十条さん、少しお話いいですか?」


 急に五右衛門姉が話しかけてくる。


「何だ?言っとくが見逃すとかそういうのは無理だからな?」


「いえ、そんなことではありません。貴方の剣術、見事でした。私は相当強いと自負を持っていましたが、まだまだのようです。最後に一つ、名乗らせて頂きます」


 既に十五代目石川五右衛門と名乗ってるだろ?この人もしかして物忘れが酷いのか?


「石川五右衛門は代々当主に受け継がれる名、本当の名は石川美雪です。以後お見知り置きを」


「別に覚えてやっていてもいいが、お前と会うことなんて二度とないと思うぞ?」


「いえ、それならそれでいいのです。ただ私達が居たということさえ覚えて頂ければ、と」


 何かよく分からん価値観を持っていらっしゃる。

 さっさと連行してもらいましょう。明日も学校だからあんまり遅くなっても嫌だし。


「それにしてもやってくれましたね、十条さん。あの刀は石川家の秘宝童子切安綱、本当に酷いことをしてくれました。妖斬りも出来て便利でしたのに」


 童子切安綱は国宝、ここにあるはずがない。

 あ、分かったわ。こいつら電波だ。だからさっきから石川五右衛門がどうだとか、妖斬りだとか、そういう事ばかり言ってるんだ。

 今までこいつらが言ってた怪しい事は消去消去っと。


「……そういうのはやめた方がいいと思うぞ?もういい年なんだから」


 すると自称五右衛門姉は激しく怒って、


「それはどういう事ですか!?私はまだ十六、言うなればピチピチの高校生ですよ!?それをいい年って……流石に酷いですっ!」


「いやいや、いい年だろ。務所から出てきたらそういう行動は控えた方がいいぞ?」


 俺はそう言いながら身柄を特殊犯捜査の捜査員に渡す。願わくばその電波が治らん事を……。


「ちょ、まだ話は」


「はいはい、続きは署で聞いてくれるからね」


 そして自称五右衛門姉妹はパトカーに乗せられ連行されていく。

 さぁさぁ、俺達も東京へ帰りましょうか。


「ようやくこの一連の事件も解決を見たのかしらね。目的はアタシ達の実力をみたいとかいう訳の分からない物だったけど」


「そういう意味じゃ、最大の被害者は朱音だな。色々申し訳ないな、巻き込んじゃって」


 本当に最大の被害者は朱音だと思う。

 一連の事件の中で、講堂での事件とエンフィールドの事件が朱音目的だったとしても、少なくとも自称五右衛門姉妹の事件は俺達が目的だったのに巻き込まれたのだ。本当に申し訳ない。


「いえいえ、いいんです。私、お二人に大事にされてるって分かりしたから。それにお二人のお陰で学校に戻れる事になりました。もしかしたら定くんが警察をやめるなんて事になりかねない事態で、私もそれだけは嫌だったんです。だからお二人とも、本当にありがとうございました!それと両親が本当に申し訳ない事を……」


 朱音は深々と頭を下げてくる。今時珍しいよね、こういう子。まぁ俺も今時の子なんだけど。


「いいのよ、そんなの。朱音のご両親はアタシ達が信頼に足るかどうかを見極めていたのよ。だからご両親をそんなに言わないであげて。朱音の為にやった事だと思うから」


 ツンツン系女子のエリさんもたまにはいい事を言うようだ。今回の事件も試用期間だと考えれば、そんなに悪い話でもないだろう。


「そう、ですね。お父様もお母様も私の身を案じて下さってるんですよね。期待に応えられるよう、これからも頑張っていきます!」


 朱音はそう強く意気込んだ。朱音はこの一週間で人間的にすごい強くなった気がするよ。


 俺は人工島まで戻ると、とりあえず朱音を寮の前で降ろした。その後、人工島外のガソリンスタンドに寄って、目一杯給油しておく。人工島にはガソリンスタンドがないのだ。


「この一週間お世話になりました」


「アタシの予想だとこの車にはこれからもお世話になるわね」


 いちいちいらん事に突っ込みやがって……。


「……それはそうだろうが、一旦の区切りとして言っておきたかっただけだ」


 はぁーあ、それにしても激動の一週間だった。

 学校で拐取未遂と拐取が連続で起きて、その事件が解決したと思ったら、また同じような事件……当分拐取絡みの事件には当たりたくないね。

 そんな事を考えているうちに給油が終わった。


 俺達は再び車に乗り込み、総合特別実習棟のガレージに戻る。

 今回も教官が居て、キーを返した後、歩きで自室まで戻る。


「やっと終わったわね。この一週間が一ヶ月のように感じたわ」


「そうだな」


 俺がこの人工島に来てからまだ一週間、これから三年間ここで過ごす事になる訳だが、毎月こんな事件が起きていたら、嫌になりそうだ。

 しかし、それでも、そんな嫌な感情が吹き飛ぶ程の来て良かったと思う事もあったのだ。

 かけがえのない優しくて可愛い女友達、少しガサツだが、何だかんだで面倒見がいい幼馴染み兼同僚。


「その生返事は頂けないわね」


 イライラが溜まってるようだ。


「違う違う!考え事してたんだ!」


「何よ、考え事って」


「あー……これから楽しくなりそうだなって」


 俺が言うとエリは微笑を浮かべて、


「そうね。サダメも朱音も居てすごい楽しそう」


 そうだよな、お前にとって初めての女友達が出来たんだもんな。


「俺もこの日々に早く慣れて行かなきゃだな」


「別に急がなくてもいいと思うわよ?アタシ達は学校に紛れ込む異物、そんな簡単に慣れられるもんじゃないわよ。アタシ達はアタシ達のペースで徐々に溶け込んでいけばいいのよ」


 自分のペースがどんな物かさえ、分からない俺だが、エリの言ってる事は正しいと思う。

 自分のペースでゆっくり進めばいいのだ。それを支えてくれる人が居る。


「そう、だな。俺達は俺達のペースで進めばいいか」


「そうそう。アタシいい事を言ったわ!」


 こいつはいつも一言多い。


「自分でそんな事言うから台無しになるんだよ」


「何ですって!そこに直りなさい!」


 俺も人の事を言えないか。


「嫌だね!俺はさっさと家に帰って明日に備えるんだよ」


 俺はそう言って家への道を急ぐ。


「待てぇぇぇい!大人しく往生せい!」


 すんげぇデジャヴ。しかし、今回の俺は一味違う。


「アンタがその気ならもういい!」


 そう言って銃を抜くエリ。全てこの間と同じだ。


「ハッ!この間と同じように行くとは思うなよ?俺には宮内庁から借りてる鬼丸国綱があるんだよ!今ならお前にだって負けないね。それどころか家に着いたらお前を組み伏せて揉みくちゃにしてやらぁ!」


 あ、これは言い過ぎたかも……?


「も、ももも、揉みくちゃって何よッ!変態!家に帰ったら私をどうするつもりよ!?」


 よりにもよってそっち方面に勘違いしやがった!


「ど、どうもせんわ!馬鹿者!簀巻きだ、簀巻き!布団でぐるぐる巻きにしてやる!」


「……え?……別にしてくれてもいいのに……」


「声が小さくて聞こえねぇよ!」


「だっ、だからっ!揉みくちゃにしてもいいって言ってんの!」


 お、おい、これってまさか……。


「お、お前……マゾだったのか……?」


「へ?」


「い、いや、すまん。こういうのは認められていく時代だもんな。お前が何であろうと俺はお前の同僚だし、友達だ。西園寺には一応言わないようにしておくがバレたらしっかり話すんだぞ?」


 俺はいつもいつもこいつにやられていたが、まさかこいつがやられたい側に回るとはな、驚きだ。


「はぁ…………もういい。さっさと帰りましょ」


 エリはとてつもなく落胆した顔をして歩き出す。

 あ、あれ?急にどうしたんだ?


「……まぁでもこれもアンタらしくていいわね」


 そしてエリはニカッと笑う。本当にどういう事だ?


 結局そのまま夜を明かして、次の日には自分の部屋に戻るという旨の置き手紙を残してエリは居なくなっていた。

 これがあるべき姿だろうな。居なくなってみると少し寂しいけど。


 俺は適当に朝ご飯を食べて、家を出る。

 寮から学校への道は今日も生徒が沢山いる、俺にとって日常となりつつある風景だ。

 潮風は気持ち良く、追い風になっていて、心なしか足も軽い。


 学校に入ると下駄箱で靴を履き替え、階段を上る。目指すは二階、一年生の教室が全てあるフロア。

 階段を上り切り、右に曲がる。二つ教室を通り過ぎれば俺の教室だ。


 俺は教室のドアを開けて、一番左の列の一番後ろの席に着く。


「おはよう、朱音。元気してるか?」


 俺は昨日のことを暗示して、朱音に確認をとる。


「おはようございます、定くん。もちろん元気してます」


 朱音は笑ってそう返す。俺も思わず笑みを浮かべてしまう。

 学校生活が始まってからこの一週間、朱音は何度も事件に巻き込まれたが、この笑顔を絶やしたのは見ていない日は殆ど無い。

 大袈裟に言うと、俺の中じゃ、朱音の笑顔は平和の象徴なのだ。


「急にどうしたんですか?」


「いや?別にどうとかそういうんじゃないよ」


 そう、ただ何となく嬉しかったのだ。朱音が今日も笑っていてくれているのが。

 朱音は不思議そうな顔をしている。こんな事やっぱり本人には言えないな。


 だけど、


「まぁでも一つ言いたいことが出来た」


「何ですか?」


「今日の夕飯、俺と朱音とエリの三人で食べよう。メニューは……」


 俺はこの一週間をまた思い起こす。

 事件のことも強く思い起こすことが出来るが、やっぱり印象が強いのは初日の二人との出会いだ。

 そうだ、あれが経験も立場も全く違う朱音と経験と立場に同じところが多いエリとの出会いだった。

 一週間のことを俺なりに表すなら、それは巨大な渦だ。周囲の要素を否応なしに巻き込み、一つにしようとする。そんな感じだ。

 

「メニューはそう、鍋にしよう。三人で具を持ち寄って、俺達だけの鍋にするんだ」


 鍋は色々なものが入っているのに、それは一つ。今の俺達のように。


「お鍋ですか、いいですね!是非ご一緒させて下さい!」


「ああ、勿論だ。一緒に食べよう」


「はいっ!」


 今日の夕ご飯は事件の解決祝いも込めた鍋。

 それを囲むのは恐らく……俺達の笑顔だろう。

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