最終話 ポニーテールか?ツインテールか?
まず目に入ったのは既に息絶えた九。
ではなく、『ただ』言ってしまえば『ただ』腰を抜かして何かに怯えている九の姿だった。
「困るな――、ほんとに」
察してしまった
理解してしまった
一瞬で全てを……
少し短いが、いい人生だった……
穴が無くても俺を殺せって言葉は今この時のために作られたんだろう。
と、ここでようやく僕に気づいたのか、床に腰を下ろしていた九が。
ゆっくりと立ち上がり、大粒の涙を流しながら勢い良く僕に抱きついてきた。
「楽さん……、くも、」
「しかも……結構大きい、、」
九が指を指した先には少し平均より少し大きタイプの蜘蛛が一匹。
……ああ、うん。だよね蜘蛛、怖いもんね。
一人でいるとき出できたら絶叫しちゃうね。分かる、分かる。
怖すぎて腰を抜かして固まっちゃうもんね。
うん、うん。
でも、ほんの少し。僕が勘違いしてしまうぐらい、大げさなリアクションだったからね。
いいんだ、人が他人と違うのは当たり前のことだから。
でも、よければ僕の人生における色んな物を返してほしい、かな。
「九にお願いなんだけどさ。一大決心をして、自分まで変えた僕のことを思って。
一回でいいから死んでくれないかな……」
「何か、いい、ましたか……?楽さん」
半泣きで応じる九、もらい泣きしそう。
「お前、エイリアンに要変ぐらいしてもらわないと、困るんだけど」
「な、なに、言ってるんです、頭でも打ちましたか?」
だって……、蜘蛛って
僕の人生の転換点が蜘蛛って……
そんなことあっていいのか?
他にも雲とか、あとは――意外とないな同音異義語、もうヤダこのまま同音異義語の世界へと逃げ込みたい。
「さっきから何ボーッとしてるんです?
私はもう落ち着きましたので、大丈夫です」
すげ――まだ結構泣いてる、おもしれー
「もう戻ろうか、何もなくて良かったよ、
ほんとに……」
「楽さん、ジャンバー貸してください。
コケた時に儚い一枚のTシャツが」
ほんとだ、気づかなかったけど破れてはいけない場所が、というかモロ出しじゃん。
「はいはい、部屋に置いてあるから。取りに行こっか」
ともあれ『雰囲気とその場の流れを絶対に信用しすぎてはいけない』なんて事を教えてくれる事柄が、僕の目の前起こった昨日はそんな日だった。
そして今日。
神隠しから○日目の朝。
雲もなく晴天の日。
僕たちは暗黙の了解で渦元いワームホール。いや、ワームホールかも分からないなんとでも言える『あれ』に飛び込むことを決めていた。
少し今までの説明をすると、『あれ』が現れたのが。神隠しから約○日目の夜。
だったかな、なにせ日付情報はここには一切なく。あるのは僕の腕についている腕時計のみ、今日でここにいるのが何日目なのか正直僕はあまり把握していない。
あいつと過ごした時間が一瞬だったのか
永劫的だったのか僕にはわからない。
そして今、僕のバックに入ってた僕たちの
生命線とも呼べるクレーンゲームの景品の
お菓子詰め合わせが底をつき。
『餓死寸前までまとうぜ作戦』
GSMM作戦決行の日。
「楽さん、がーくさん。起きてください私の寝乱れ髪より面白いものが見れますよ」
「……、それは気になる」
「じゃあ起きてください!」
いっ!
こいつ僕の背中に飛び乗りやがった。
重くはないし悪くはないけど、人様に見られたら社会復帰できなさそうなので是非とも止めてほしい。
寝起きで覚めない頭の中手を引っ張られ、文字どうり引っ張れ水飲み場へと連れてかれる。
「あけて下さい」
重たいシャッターを開けるっ!
シャッターの中に恐る恐る、九が入る。
「えーと、逃げてないと良いんですけど」
「あ! これですね……」
九が指を指している場所には昨日の蜘蛛。
僕の愚考を改めさせやがった張本人!
許すまじ、覚えてろよ……
「えーと、ともかく。これがどうかしたか?蜘蛛だろう?」
「そうなんですよね、これ蜘蛛なんですよ」
「……」
「まさかお前、蜘蛛が蛇蠍的に嫌いだからって意味もなく殺すのかよ……」
「何を失礼なこと言うんです! 私がそんな野蛮な事する訳ないじゃないですか!」
それはどうだろう?
「じゃあ一体全体これがなんだって言うんだよ。まだ午前6時だぜ? 勘弁してくれよ」
「じゃあ直接的に、これ蜘蛛ですよね」
「蜘蛛だぜ」
「百パーセント、神に誓って
これは蜘蛛だって言い切れますか?」
「何だ? その質問。まあ、答えるとするなら――言い切れるかな。これは蜘蛛以外の何物でもないぜ」
「じゃあ物を変えましょう、楽さん。あなたが今付けている珍しい三角の腕時計それは『サンドイッチ』ですか?」
「……え?」
「ですよね」
あははは、口を大きく開け幼気な笑。
「なぁ、おい。これ何の話なんだ? 何をどうしたいんだよ……」
「まあまあ、そう焦らずに。これは話しを、私好みにする為に必要不可欠な前説です」
「はぁ……」
「で! 当たり前なんですけど、それは腕時計なんですよね。
でもでもでもでもでも」
「例えばの話、地球に来た宇宙人が楽さんの時計を見て。『ソレハウデドケイデハナクサンドイッチダ』こう言った場合」
「それは、腕時計なんでしょうかね」
重みのある目でこちらを見てくる、九はたまに想像以上に大人
「まずまず、この宇宙人がカタカナで話すってのも。宇宙人に会った事の無い人間が勝手に決め付けてる。あの蜘蛛だってそうです、もしかしたら『ソレハクモデハナクコーヒーゼリーダ』なんて事を言うかもしれませんしね」
「何となく言いたい事は分かるけど……」
「ええ、そうなんですよ。そして今、私達はそんな不確定要素の前にいます。前に少なくとも私は存在しています」
あ――それか『あれ』の事か。
まだ、僕達の前にあり。
突如として生起した絶対回避不可能な事柄。
どうしようもなく運命付られた行為。押しつけに近い……暴悪な難事。
「でも、九何度も話し合ったと思うがあれは……」
「どうしようもない。分かってます……散々話し合いましたもんね」
「残念な事に、私達はあの中に入る以外の選択肢を与えられてません」
「そうだな、あそこに入らないと何れにしても。餓死しちゃうしな」
「です……そうなんです」
「ですから!」
楽さん座ってください、と力尽きる直前かのような声で九は言う。
屈んだ。屈んだ前に九が来た。
泣いてる九が来た。
九が何をしようとしているのか、何となく、何となくだけど分かる……
「楽さん。約束して下さい、一人で飛ぶなんてこと言わないで下さい。二人で、です。」
「分かったよりょうか……ん」
僕の発言を遮るかのように、僕の口を彼女の唇が塞ぐ。今までにない程に強く抱き締められ、愛されている。
完全に固まってしまったので、どれくらい九に堪能されたかは分からないけれど。
唇るを離した時には、九の唇から唾液が糸を引いていた。
僕の唾液が九の口へ彼女の唾液が僕の口へ。
想像するだけで、想像出来なくなるほどの理解不能なシュチュエーション。
「楽さん。『イマノハキスデナクキマグレダ』だって!」
火照っている顔で九は。
僕に最高の笑顔を見せてくれる。
もう……満足だ。
これ以上ない幸せを得た。
もう終わりにしよう。
僕は『あれ』の前に来た。
九は、「ああ、楽さん。髪留め部屋に忘れてきちゃいました、取ってきますね。飛び込む前に絶対私の髪結んで下さいね! 」
「よろ、よろー」
だそうだ、危機感ねえよな……
変なやつ。
さておき、いざ『あれ』いや『これ』かな?
どうでもいいが。
とにかくいざ、渦を目の前にすると本当にいとも容易く僕らの命を奪っていきそうな。
そんな、何かを感じてしまう。
「凄いなぁ」
ついつい、感嘆の吐息が出てしまう。
神々しいと言えば良いんだろうか
禍々しいとも言える。
多分……、どちらでも無いんだろうけど。
僕らを強制的に終わらせに来た『何か』でしかない。それ以下でもそれ以上でもない
そんな存在なんだろう。
でも、それは僕達からしてみれば。
僕達の命を脅かす恐怖の存在へと化けるのだった。
それに加え。有り体に言うと、この中に飛び込んだら元の世界に戻れて大円団のハッピーエンド。
と、なるとは思っていない……
そんなご都合主義がまかり通る空間なら。こんな物が出てくるはずもないしな。
「……」
辛いな……
酷い話満足は、嘘かも。
九はどうなんだろう、十一か……
僕が言えないけれど、若すぎるよな。
でもあいつは。
「いやいや、楽さん」
「普通にぴょーんって感じで飛んで帰れますって、ネガティブ天使過ぎますよ?」
「楽さんは」
「そうそう、聞いて下さいよ。この前姉が……」
ネガティブ天使って何なんだろう。
ポジティブ天使なら聞いた事……ない?
あれ? 知らないぞそんな言葉。
「どうでも良いか……」
たいがい、どうでもいい……もう終わるのだから。
僕の人生はここで終了、続きなんて考えられない。
すると、九が無駄に大きい足音を立てながらこちらへ駆けてくる。
ジブリかな?
「お待たせ致しました、待たせましたね楽さん。多分ここに来るのも最後になるだろうし……事務椅子、堪能してきました。」
何をどう、何処をどのように堪能してきたんだって言うツッコミは置いておき。
「えーっと、髪結んで欲しいんだっけ? 」
「はいはい、その通りです。私のロリィ身体じゃなくて髪をどうぞご自由に弄り回しちゃって下さい」
「はいよ、承った」
「……楽さん。遂にロリィだとか弄り回すとかに抵抗無くなったんですか……?」
「うん。正直な所罪悪感ってのが消え去ったかな」
もう、全てが遅い気もするしな。
事実全てが遅いんだろうけど……
「じゃあ、あと一日なんてあったら。
私とうとう危なかったんですね」
あはは! 危なかった! セーフ。
楽しそうに、九はずっと笑顔だった。
「えーっと、ど う し よ う か な」
「やっぱり、ポニーテールかなぁ」
「楽さん。小さい女の子のポニテ好きですよね」
「強いて言うなら、お前のかな」
「……」
「……」
いや、ちょっと待て黙り込むなよ!
それマジの奴じゃないか! 冗談でしたー
なんて言った暁には僕は渦の中に蹴り落とされてしまう。
勘弁してくれ、それを真に受けられると
僕が捕まる。
どうにかして、誤解を解かないと……
「理解しました!」
理解されたっ!
まだ何も言ってないのに、くそぉ……
「どうぞ、どうぞ。楽さんの好きなように、可愛いポニテ作っちゃって下さい」
後ろを向き、にしし、と僕に対して笑みを浮かべる。
「……もういい。どうでもいいや、世界一可愛いポニーテールを作ってやるよ」
出来た……
「あれ? 早いですね」
「まぁ、作業工程が限りなく少ないからな」
「ここで雑談と洒落こみたかったのに……」
「……僕も、三つ編みにチャレンジしてみたいし――もう1回良いか? 」
「どうぞ! どうぞ願ったり叶ったりです」
なんか違うな……
「やっぱり三つ編みは、委員長とか真面目キャラしか使用は許されてないんですかね」
「そうかも……」
「じゃあ次は王道ツインテールで!」
おお……凄いやっぱり最強じゃないか。
「もう吹っ切れたから、言っちゃうけど
めちゃくちゃ可愛いぞお前……」
「そうまじまじと、見られながら言われると照れますね、ありがとうございます! 嬉しいです」
顔が赤く紅潮している。
本当に、照れてるんだろう。
もし無事にここから出れたら、改めて友達になって欲しいな……家に呼んで事務椅子にでも座らせたら喜ぶのかな。
僕とは違く、まるで全てに満足したかのような福感にまみれた笑顔で僕の顔をマジマジと見てくる。
「うん、よし!」
「髪も結んで貰ったし。あれもして――これもして
いっぱいお話もして。一緒に寝れました」
「もう私は……満足です」
そうか、小さい彼女が自分なりの方法で覚悟を決めたんだ……
自分の死に対して、折り合いを付けたんだ。
「よし! 僕はもう行けるぜ」
「あれ?何だよその顔、もしかしてお前まだ決心ついてないのか?」
笑った。満面の笑みを浮かべ確実に決心がついているであろう九を笑ってやった。
多分、心の底から。
と、恒例のように九が抱きしめてきた。
「……」
もうこうなってくると。僕の方からも抱きしめて、抱き合いたい所なのだけれど……
今回は直ぐに解かれた。
「ではでは、楽さん。本当に今の今までありがとうございました」
深深とお辞儀をされた。
「いやいや、そんな確実に死ぬ訳じゃ無いんだし。そんな事しないでくれよ……」
泣きそうになる、から。
「楽さん。私人生の中で一番楽しかったですよ」
「そっか……」
空、と言っても商店街の中なので少ししか見えないので。どちらかと言えば天井なのかもしれないが……
どうでもいい。
空を見上げ、気持ちを切り替える。
「よし! 九、行くか」
と、視線を九に戻すと。
九は
彼女はもう既に
渦の前にいた。渦の前に一人存在していた。
僕に、ツインテールを自慢げに見せながら、全てに満足したかの様な顔で九は……
「さようなら」
急にそんな事を、掠れた声でそんな事を言ったのかもしれない
言ってないかもしれない。
笑みを浮かべた九が。
振り返って、渦の中に入ったのかもしれない。
片足、片足と……震えた足で、あるのか分からない中を確認し
入っていったのかもしれない。
入ってないかもしれない。
商店街全てを照らすような、眩しい閃光と共に。
音もなく渦が消え去る。
商店街に僕一人、シャッターは開いており。
商店街の両端から眩しい日光が入ってくる、勿論渦なんてない。
完全に消滅している。
「……え、えっ――――」
辺りを探るが何もない、当たり前ここは『ただの』商店街。
「……ちょっと、困る。困るよ、理解が……分からない」
九が、あいつが……そんなわけ。
「助けて下さい。助けて、誰か……――れか!」
「寒河江 九が消えてます!」
何もないない空間に向かって叫び続ける。
「誰か! 早く……人が消えたぞっ!」
「誰か以内のか! 速く、早く!
――れか!――!――!」
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