院長の壁~第1話~
とある日の事だった。森林会東記念病院の外科部長の林美根子は病院の中にいた。
彼女は1990年当病院に入り、女性医師としては異例の新病を発見し、次期ノーベル賞候補とも呼ばれた凄腕の医師、昨年念願の外科部長になれて、良い波に乗っている時で、次期院長候補とも呼ばれている。
現在そんな彼女は病院で診察中だった。患者はお年寄りのお婆さんとその息子と思われる中年の男性だった。
林「はい、もう注射打ちましたから大丈夫ですよ」
息子「ありがとうございます」
林「お婆ちゃん、もう大丈夫ですよ」
しかし、聞こえないのか反応がない、林にとっては珍しいことではない、最近はお年寄りの患者が増えたため、その対応にも良い意味で慣れてきたところだった。その為林は大きな声で
林「お婆ちゃん、もう大丈夫ですからね、ただの風邪でしたから」
お婆さん「あぁ、ありがとうございます」
林「お大事に」
息子「本当にありがとうございます」
林「薬、処方しとくので、朝と晩にそれぞれ処方された数の薬を飲んでください」
息子「すみません、ありがとうございます」
林「では、待合室でお待ちください、お大事に。由美ちゃん、待合室までお送りしてあげて」
隣にいた。大城由美に声をかけた。
大城「分かりました」
大城がそう言い、二人を待合室まで送っていった。これで午前の診察も終えた。林がリフレッシュしていると、ドアをノックする音が聞こえた。林が返事をすると、入ってきたのは内科部長の岡部幸三だった。
彼は当病院では林に並ぶ、凄腕の内科医であり、すい臓がんを内視鏡で治したという、実力派で凄腕の医師である。彼も次期院長候補と呼ばれている
だが、林にとっては、彼はただの医師の一人、ライバルや嫉妬感は何一つ持っておらず
林「どうされたんですか、岡部先生」
岡部「いやね、今日山口院長と食事でさ、もしかしたら正式に院長になれるかもしれないんだ」
林のカルテを書く手が一瞬止まった。今の話は一体どういう事だ、そう思い
林「どういうことですか」
岡部「おっ、食いついた。実はね、前々から院長から次期院長は君しかないと言われてたんだよ」
おかしい、絶対おかしい、林は今のは絶対ありえないと思った。何故なら遡る事三か月前、当病院の院長である山口将から食事に誘われた時の事だった。
山口「なぁ林君」
林「はい」
山口「外科部長になって大分経っただろう」
林「えぇ、でもまだ一年も経ってませんし、まだまだ新人みたいなものです」
山口は微笑み
山口「実はな、私も今年中に院長の座を誰かに譲りたいと考えているんだ」
林「つまり、引退ってことですか?」
山口が頷く、しかし、林にとっては不思議なことだ。何故なら普通、どこの病院でも院長が辞める時は副院長がなるはず、自分の病院は副院長に島田慎太郎という人物がいる。普通だったら、その島田に譲るはずだが、今の言葉に一切その言葉はなかった。
林「島田先生に院長になって貰うんじゃ」
山口がため息をつき
山口「彼には、副院長のままの方がいい」
林「なぜですか?」
山口「一応言ってみたんだよ、院長になる気はないかって、そしたら、自分は副院長のままでいいですって、論文とかで忙しいですしって、所詮あいつは論文しか出来ないんだよ、権力には興味がないらしい、それにしろ、林君には権力は興味あるだろう?」
確かに自分は権力という言葉が好きであった。一度は院長になろうと一心でこの病院に入り、外科部長にまで成り詰めたほどだ。その感情が出てしまい
林「もちろん、ありますよ」
山口「なら林君、君に次の院長になってもらう」
林「本当ですか?!」
山口「あぁ、本当だとも」
林にこれ以上にない、嬉しさとこれからの人生の華の道が見えたような気がした。そう思いながら三か月間過ごしてきたが、今の岡部の言葉で全てが崩れ落ちた。これは嘘なのか本当なのかわからなかったが、つい岡部に
林「岡部先生が院長になるのは無理だわ」
岡部「なぜだ?」
林「その話が本当ならば、いつの話?」
岡部「二か月前だ」
林「私はね、三か月前に既に院長から、次の院長に指名されたのよ」
岡部「それはおかしいぞ」
林「残念ながら、本当の話よ」
そう言い、再びカルテの手を動かす。すると、岡部が微笑み
岡部「あんたには無理だよ、林先生」
林「なんですって」
岡部「あんたは外科部長になってまだ一年、経歴も薄いのによく院長になろうって気がするもんだよ、いいか、俺はな、あんたが入る前にはとっくに内科部長になってるんだよ、それも最年少でな、つまり20年以上はこの地位で頑張ってきたと、でも、あんたみたいな新米が院長とは笑えた話だ、どうせ色目づかいで院長に頼んだろう、まぁ、どうせあんたは院長にはなれない」
岡部はそう吐き捨て、部屋から出て行った。計画を実行するしかない、そう思い、机から取り出したのは拳銃だった。
夜
手袋をはめ、拳銃と何かテープを持ち、こっそりと内科に向かい、内科部長室の前まで来て、ノックをした。当然出てきたのは岡部だった。
岡部「なんだ、こんな夜に」
林「ちょっとお話が」
岡部「入れ」
岡部は何も疑うこともなく、林を部屋に入れた。岡部は回転チェアに座り
岡部「なんだ、話っていうのは」
林「先生」
岡部「なんだ」
岡部が振り向いた瞬間、拳銃で岡部を撃ち殺した。ちょうど弾はこめかみに当たった。これは全部計画範囲内、まず、岡部をデスクの上に倒れ込ませ、遺書を置き、自殺に見せかけた。そしてここからが大勝負、まず内線電話を繋ぎ、わざとナースステーションに繋いだ。すると看護士が出て、
看護士「はい」
林は持ってきたテープを回した。
岡部の声「あぁ、岡部だが、林先生はいるか?、お別れの挨拶を言いたくてね」
看護士「え?、岡部先生どうかされたんですか?」
そのまま、林は電話を切った。このテープは今までの岡部の講座や講演の声を切り抜いたのをテープにし、自殺をほのめく声をを作ったのだ。そのまま、岡部の部屋の鍵を持ち、急いで、部屋を出て鍵を閉め、手袋を取り、走って外科に戻った。すると、向こうから看護士の室田が来て
室田「あっ先生、大変です」
息を切らしながら喋る室田
林「どうしたの?」
室田「実は、岡部先生が」
林と室田は、岡部の部屋に急ぐ、当然着いても、部屋のドアは開かない
林「急いで警備員呼んで、早く!」
室田は急いで警備員を呼びに行く、その隙に林は再び手袋をはめ、近くのゴミ箱にテープと拳銃を奥底に捨てた。数分後、室田と警備員が部屋の前につき、警備員が部屋のドアを開けた。中に入る三人、そして岡部の死体を発見し、室田は叫び声をあげる。
林「警備員さん、急いで他の先生を」
警備員はその場を後にする。林は岡部のそばに行き、安否を確認しているふりをし、こっそりとポケットに岡部の部屋の鍵を入れた。これで林の完全犯罪は幕を閉じた。
第1話終わり