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テンプレチート、何でもできる天才は

ジークフリード目線

諸事情により一話増えました(汗

 生まれた瞬間から、自我というものがあった。

 そして高い理解力と、一度見聞きしたら決して忘れない能力も備わっていた。

 おぼろげに見える目、二重に聞こえる音、泣き声しか出ない口、満足に動かせない体、バタつくことしかできない手足。

 そんな中、懸命に情報収集をする。

 毎日、朝に別室の女の元に連れていかれ、夜時々に来る豪華に着飾った男。

 それ以外は、自分に乳をくれる女に十数人の女達。

 あ、後、ものすごい仏頂面の子供も一度だけやってきて、すぐ部屋から出ていった。



 三ヶ月もすると、ここが王城で、自分が王と王妃の第一子で、この国の第二王子であることが分かった。

 夜の男が父で王、朝の女が母で王妃か、とするとあの子供が第一王子で自分と腹違いの兄という事か。

 ふむ、と考えてみるが、特に何の感慨もない。

 自分が第二王子だからと言って、周囲には面倒事しかないように思うのだ。

 何故ならば


「王様と王妃様は一緒に来られないわね、仲が良くないのかしら」

「王様が夜にしか来られないのは、まだ王妃様へのお渡りがないからよ」

「それよりも、アーサー殿下が全然来られないわ」

「やっぱり王位を脅かすかもしれないと、幼いながらも分かっているのね」

「三歳ぐらいの差なんて、ないも同然ですものねぇ」


 あぁ、うるさい。

 お目付け役の乳母がいなくなった途端、子守の仕事をしながら赤子の前で、そんな噂話をする女達に辟易とする。

 まぁお陰で、情報収集には事欠かないけどさ。



 ただ五ヶ月を過ぎて離乳食が始まったぐらいから、体調におかしなところが出てきた。

 食事をしていると具合が悪くなったり、吐き戻してしまう事もある。

 しかも特定の子守が持ってきたり、側にいる時の食事のみ。

 ……ずいぶんと分かりやすい毒物混入だな。

 おそらく今直ぐ殺す気はないがじわじわ殺す気か、病気にさせるのが目的か。

 赤子相手に面倒なことを、しかしこちらも分かっているのに害される気はない。

 その子守が配膳した食事は口にした上で吐き出し、徹底的に拒絶し大泣きしてみせた。

 毒物が混入されてようが、されていまいが構わない。

 要はそんなことが続けば、乳母はその子守に不信感を募らせるだろう、と踏んだがその目論見は上手くいったようだ。

 暫くすると、その子守はいなくなっていた。


 面倒事が片付いてヤレヤレと思っていたが、一歳の誕生祝式典に事件は起きた。 

 式典が始まる前、もう直ぐ部屋から出る僅かな間に側にいた子守が部屋の外から呼ばれて出ていき、代わりに部屋に入ってきたのがあの子守だった。

 手には短剣が握られている。

  

「アンタ、アンタが悪いのよ、あの薬を飲み続けていれば衰弱して死んだのに」

 ──あ、やっぱり。

「アンタが生きてると、私が愛したあのお方が困るのよ」

 ──貴族の娘が行儀見習いに城に上がったのにお前、家の面子を無視して男に入れあげたのかよ。

「アンタの所為で、あの人にも家にも見捨てられて」

 ──そーゆーの、なんて言うか知ってる? 自業自得って言うんだよ。

「アンタの、アンタの所為でぇぇぇぇぇぇ!」  


 短剣を振り上げて襲い掛かってくる女に正直、面倒くさいと思う。

 ──もういいよ、お前。 

 呆れかえって心底嫌気が刺した瞬間、体内の何かが弾け散った。



 ・・・・・・・・・


 それは、ほんの僅かな時間だったと思われる。

 部屋の異変を感じた乳母によって扉は開けられようとしたが、鍵でも掛かっているのかびくともせず、中からは異様な魔力と冷気が溢れてくる。

 王や王妃と共に訪れた護衛騎士達の渾身の体当たりによって扉は破壊され、ようやく入れた部屋の光景に息を呑む。

 中にあった全ての物は分厚く氷漬けにされ、息があるのは中央の椅子にチョコンと座っている第二王子だけ。

 彼が泣きもせず喚きもせず、表情の抜け落ちた顔でじっと眺めているモノは、短剣を振り上げた氷の彫像が一体。

 いや、つい先程までは確かに命があった、子守の成れの果ての姿だった。

 王は驚き、王妃は失神し、乳母は王子に駆けより抱き上げる。

 式典は中止とされ、この件に関しては箝口令が敷かれた。


 ・・・・・・・・・



 で、この事件によって分かったことがある。

 あの後、王が慌てて自分の魔力測定をしたところ、魔力の内包がかなり大きいものであることが分かった。

 しかもまだ上限はみえずそれ故に不安定であると、だが幸いにしてその強大な魔力が外に出せるような気配はない。

 特に五歳未満の子供は未発達だから、そーゆーことは多いらしい。

 貴族や平民の中でも、魔力持ちでも自由に使えない者はいるらしいが、今回は魔力の潜在能力が多かったがために子守の突然の行動に驚いて、暴走してしまったのだろうと結論付けられた。

 成程、と思い自分でも魔力の流れを探ってみる。

 確かに自分の中心に何か核のような柔らかい塊を感じるが、それは只そこにあって感じるだけで、どうこうできそうにない……これが魔力。 

 自分でこれが何とかできれば便利だと思って試行錯誤してみれば、厄介な事に気付いた。

 喜怒哀楽、自分の感情が高ぶればどうしてもそれは漏れてしまう。

 流石にあの日のように弾けることはなかったが、それでも揮発性の高い燃料が漏れ出るようなもの、何らかの衝撃で暴走するわけにはいかない。

 仕方なく自力と独断の習得は諦め、他力か他媒体の接触を求めようと思っても、まだ口は上手く言葉を紡げず、本を読もうにも乳母や子守が用意する本は絵本だ。

 大体、王も王子を不用意に暴走させないようにと、手配をしたのだろう。

 部屋の中からは少しでも危険と判断される物は排除され、自分の周りにいるのは、乳母と極端に数が整理された数人の子守。

 これでは何とも動きようがない。

 

 八方手詰まりになっていた、ある朝、乳母が言った。


「今日の午後、アーサー殿下の婚約者であられる、クレリット・エルランス大公令嬢様がご挨拶にいらっしゃいますよ」


 乳母は僕が赤子でも礼を尽くす人だ。

 ある意味、表しか見せない人だといっていい。

 そんな乳母が笑顔で紹介する人物なら、あの第一王子の婚約者とは言え、まぁ信用していいのだろう……幼女だろうし。

 エルランス大公令嬢か、従姉というわけだ、政略結婚ご苦労様だな。

 そこまで積極的な興味はない、何故ならあの日以来、王も王妃もそして乳母の目の色さえも変わってしまったのだから。


 昼過ぎ、乳母と子守に見守られ、広い部屋で一人遊んでいた時に幼女は現れた。

 プラチナブロンドの縦ロール、紫の瞳、アーモンド形の猫の目のようなつり上がりぎみの目に整った造形。

 幼女は自分と目が合うとキラキラした視線を投げかけてきたが、暫くしてハッとした顔をして、慌てて拙い淑女の礼をする。


「おはつにおめにかかります、じーくふりーどでんか、わたくしはくれりっと・えるらんす5さいです。 なかよくしてくださいませ」


 と、顔を上げると無邪気に微笑んだ。

 瞬間、心臓が鷲掴みされたみたいにギュッ!っと縮まった感覚に襲われる。

 息が詰まる、時が止まる、何だこれは呪いか何かかっ!?

 真意を見定めようと幼女をじっと見るが、顔をそらす様子はない。

 至近距離まで近付いてみたが、おかしな雰囲気もない。

 近付けば近付くほど心臓は締め付けられ、思わす目の前にあったスカートにギュッと抱き付いた。


「まぁ、人慣れしておられないジークフリード殿下が」


 後ろで乳母が驚いた声を上げていたが、自分でも驚いた。

 あれほど締め付けられていた心臓が、幼女に抱き付いた途端に霧散したかのように溶けて消えたのだ。

 代わりに、温かな甘い匂いに包まれる。

 香水や香木のような作られた薫りではない、幼女の……クレリットの匂い。

 何故だか分からない、でも手が離せなかった、離したくないと強く思った。

 その思いは、そのまま彼女の膝を独占してしまうほどで、大公が迎えに来た時には、思わず魔力を暴走させてしまうかと思ったくらいだ。

 でも


「じーくふりーどでんか、またまいりますので、そのときいっしょにあそびましょう」


 満面の笑顔で約束してくれたから、やっとスカートから手を離すことができた。


 夜ベッドの中でまんじりともせず、小さな掌をじっと見て自問自答する。

 何故手が離せなかったのか、離したくないと思ったのか、このままここに留めたいと願ったのか、家に帰したくないと考えたのか。

 答えはすぐに出た、だがそれを認めるには少々情けない結果なのだ。

 屈託ない笑顔に癒された、抱き締められた温かさが心地よかった、この手を離したらもう二度と得られないと決め込んでいたから。

 だから次の約束を貰えたことが、例えようもなく嬉しかった……生まれて初めての『幸福』を得られたのだ。

 ならば彼女の隣にずっといたいとこいねがうのは言わずもがな。


 クレリット・エルランス大公令嬢……僕の従姉……僕のリー姉。


 でもリー姉は、第一王子の婚約者。

 第一王子の母親、前王妃は既に亡くなっていているので、その為の後ろ盾としての政略的な婚約だろう。

 だとすれば同じ王子と言う立場であっても、母親である現王妃が存命している自分が、その立場に捻じ込むのは不可能だ。

 たとえ王妃が身罷ったとしても、今更であるから同じ土俵にも立てやしない。

 一度だけ会った第一王子の様子を思い浮かべる。

 リー姉と同じ五歳児である筈だが、気位の高そうな様子に、自分に注意が向いていない状況への不機嫌そうな表情。

 良きにつけ悪しきにつけ、幼いながら何でも一番であることへの矜持を強く意識してそうだ。

 それを上手く利用しようと思う。

 とりあえずはリー姉と必要以上に親しくなろう、まずはそれが肝心だ。

 そしてそれ以外は目立たないようにしよう、少なくとも自分の身を自分で守れるようになるまでは。

 王や王妃や大公、第一王子に自分を殺そうとする第一王子派の貴族達、様々な思惑を腹の底に沈め、溢れ出そうになる魔力を鎮め、初めての言の葉を決意の証とし音に紡ぐ。


「しょれをきめゆのはおまえらじゃない、ぽくら」


  

 その日以降、時間が合えば部屋に来てくれるリー姉の膝を独占する、勿論、乳母と子守も同席はしたが。

 ある時、授業上がりだったのだろう持ち物の中に歴史書の本があり、それを手に取ってリー姉に差し出した。

 二歳児が差し出した五歳児以上が学ぶはずの歴史書。

 普通なら無視されるであろうソレ、だがリー姉は本を受け取ると


「これをみたいのですか? すごいですね、じーくふりーどでんかは」


 そう笑って、膝の上に招いてくれた。

 一度見聞きしたら決して忘れない能力があるから、最初から正しく本をめくってくれるだけでその役目は果たせるはずだった。

 だが不思議なことにリー姉の読み聞かせは、内容を全て覚えてしまっているかのように滞りがないのだ。

 次に会った時は基礎魔法学の本、その次は礼法の本だった。

 どれも淀みなく多少、舌足らずではあるがスラスラと読んでいく。

 だが魔法や礼法が、完全に身に付いているわけではないらしい。

 何故分かるかだって、それは


「クレリット様、あんなにご本は読めるのに、魔法はあまり使えないみたい」

「そうなの?」

「私、簡単な生活魔法を使えるんだけれど、この前水を出していたら『すごいですわ、わたくしまだできませんの』っておっしゃってね」

「子供の記憶力で、全部丸暗記してるんじゃないの」

「覚えているけれど、意味が分かってないのね」


 人数が制限されようとも、乳母の目付がなくなれば姦しい子守達は噂話を囀る。

 が、それは違うと思う。

 文法や単語の切り方、息づかいの間、あれは意味を分かってないと無理だ。

 意味は分かるのに理解ができない?

 そんなこと普通は想像不可能だ。

 強いて言えば基礎教育を学んだ者が、さらなる高等教育を受けて戸惑っている、そんな感じ。

 ならばその基礎教育をどこで受けたか、それもかなり高水準の類を。

 大公が何らかの先見をして、そんな教育を施してる? 

 あの鉄面皮の大公が、娘を迎えに来る時は表情筋が駄々崩れの大公が!?

 少し考えて頭を振る。

 有り得ない、それは考えられない、いくら王命であってもよく第一王子との婚約を許したと思うぐらいなのだから。


 もしかしたら、リー姉にも自分と同じように、生まれながらに自我があるのだろうか?

 でも周囲に言えず、ひた隠しにしている!?

 そんな意味も込めてじっと様子を観察していると、こちらに気付いてへにょんと蕩けた顔で笑う。

 ……違う、相応の自我があったりしたら、自分を膝の上に乗せてこんな風に無邪気に笑えないはずだ。

 例え箝口令が敷かれようとも、人の口に戸は立てられない。

 自我があるなら、それこそ必死になって情報を集めている筈だ。

 人一人を触れる事もなく容易く凍らせて屠れる、自分バケモノの噂を耳に入れる事だろう。


 ともかくリー姉を注視する事は怠らない、がリー姉も何故か此方の気持ちを易々と汲んでくる。

 自分が本に興味を示すものだから、抱きかかえて書庫室に連れて行ってくれた。

 護衛騎士の体捌きを凝視していた時は、彼等と話を付け遠くから訓練場を見学できる場所を確保していた。

 差し出した本は、例えそれがどんな物であろうとも、躊躇なく読んでくれる。

 正直、何故リー姉かここまで良くしてくれるかが、全く読めない。

 第一王子に相手にされていないと噂されている大公令嬢が、第二王子に取り入ろうというのか。

 それだと分かりやすいし、こちらとしても願ってもない事なのだが、生憎とリー姉にそんな雰囲気は微塵もない。

 会える時はいつもニコニコと愛想を振りまいて、楽しそうにして時々「可愛い」と頬を指で突かれたり頭を撫でられたりする。

 さて、一体何がそんなに楽しいのだろうか。

 自分で言うのも何だが、話さない、表情はない、感情を現さない、歩みは遅いし、走らない、本の読み聞かせだけを延々と頼み、時々じっと凝視する幼児のどこが可愛らしいのか。

 話さないのは噂好きな子守達を騙すため、こちらが口がきけるとなれば目の前で噂話などしなくなるだろう。

 表情や感情を現さないのは、心情の起伏を抑えるため、下手に魔力を暴走させるわけにはいかない。

 歩みが遅く走らないのは、第一王子派の連中を油断させるため、発育不全の王子など物の数に入らないだろうから。


 なのに、どうしてこんなに世話を焼いてくれるのか。

 自分が愛されている、だなんて己惚れる気はない。

 弟を構うようなものなのだろうか? 愛玩動物を愛でるようなものだろうか? どちらも何かが決定的に違う気がする。

 彼女の視線に時折、崇め奉るような色が織り交ざるような気がするのに心当たりがない。

 身分に憧れるのならば第一王子の方が位が上だし、自身だって大公令嬢なのだから相当なものの筈だ。

 分からない事があると、どうしても不安になる。

 だからつい身近な物、リー姉のスカートにしがみ付いてしまう。

 そうするとリー姉の笑みは、ますます深くなるのだ。


 そんな日々が緩やかに過ぎていく。



 だが五歳になった頃に、また一つの転機が訪れた。

 最近、どうも体調が思わしくなく覚えのある気怠さに、またかと思う。

 前回の事もあって、基本食事は徹底的に管理されているはずだが、今度は何処からの毒物混入だ? と周囲を警戒していた、そんな時


「あら、ジークフリード殿下、そのお怪我はどうされました?」


 いつものようにリー姉の膝に乗せられた時そう言われ、見ると手の甲に小さな掠り傷があった。

 きっと周囲ばかりに注意を向けすぎて、自分の事が疎かになっていたのだろう。 

 痛くもないしまぁいいか、と思っていたらリー姉は後ろから自分を包むように手の下にハンカチを添えて、反対の手で傷の真上に指差すと、ポタリポタリと雫が滴り落ちてきた。

 驚き後ろを振り返ると、リー姉はちょっと得意げに笑って


「ポーションです、効果は弱いのですが掠り傷ぐらいなら治せますわ」


 そう、傷がゆっくりと治っていく。

 ポーションは薬の知識がある者が、様々な薬草と水と魔力を大鍋なんかで一緒に煮出して作る水薬。

 だがたまに、こんな風に身一つで作り出せる者もいるのだ。

 その時の材料は体内で作り出せる水と魔力、水魔法の一種だと言われてもいる。

 だが自分が驚いているのはその事ではなくて、感じていた慢性的なだるさ、それが怪我の周辺だけ消えたのだ。

 慌てて、リー姉がポーションを作り出している指を咥える。


「っ!」

「ジークフリード殿下」

「ひゃっ!」

「何をなさっていますの!?」


 リー姉は真っ赤になって慌てているし、乳母や子守達は 蜂の巣をつついたような大騒ぎ。

 だが、それを取り繕っている暇などない。

 逃げられないように両手でしっかりとリー姉の手首を掴んで、力の限りポーションを吸った。

 ポーション……いや、違う、これはどちらかと言えば毒消しだ!

 あれほどあった倦怠感が、随分とスッキリしている。

 だが手の甲を見ると、擦り傷は奇麗に治っていた。

 効能が低いとはいえ、ポーションと毒消しが混在しているなど普通は有り得ないのだ。

 普通のポーションは薬草同士の相性や相乗効果、相殺や中和などあって、何でもかんでも効果を詰め込むことはできない。

 それは人が作り出すポーションでも、効果は変わらないはず。

 リー姉は一体何を思って、こんなポーションを作り上げたのだ?


「殿下、そんな汚いものを飲んではなりません!」


 子守の一人にそう言われながら、無理やり口から彼女の指を引き抜かれた。

 うん、この子守は後で首にしよう。

 それはともかく、手に添えられていたハンカチをリー姉に返しながらじっと見てると、ハンカチを受け取り微苦笑して


「お怪我、治りましたか?」


 怪我を見るまでもないし、体調も随分と軽くなってる。

 何度もコクコクと頷いて見せると、リー姉はホッとしたように表情を緩めた。


「お役に立てて何よりです」



 因みに、首にしようと思っていた子守が毒を盛った犯人だった。

 元々、薬学に長けた家系という事で子守を拝命し万が一に備えていたが、その万が一が中々ないので自作自演をするつもりだったらしい。

 具合が悪くなる程度とはいえ、五歳児の主に毒を盛るとか意味分からん。

 あの時ポーションを舐めるのを止めたのも、体力が回復しては毒の調合の量が分からなくなるから、だったとか。

 子守の私物は薬に毒薬に劇物やそれに伴う魔道具、あと代々家で纏められていたのだろう薬学書や毒の本やら、王城の書庫でもお目にかかれないほどの貴重な代物だった。

 これで薬も毒も熟知した、後は少々、実験をするだけだ。

 

 リー姉の来る日に合わせて、質の違う毒や劇物を呑んで手の甲を少しだけ傷付けたり、火傷したりしておく。

 怪我をリー姉に見せればポーションを出してくれるので、すかさず口に含む。

 何度かそれを繰り返してみて驚いた、リー姉のポーションは万能薬だ。

 効能が低いとは言え、外部的な怪我の類(火傷や凍傷)、毒や麻痺、僅かだが石化や混乱も癒した。

 もしかすると、沈黙や暗黒や幻惑魅了、呪いなんかの状態異常も回復できる?

 そこまでくると最早ポーションではなく、聖魔法の『治癒』や『祝福』のようで……リー姉は聖女を目指しているのだろうか?

 自分だけのリー姉ではなく、万人の為の聖女を……。

 思い悩みだしたら深みに嵌っていく。

 俯いた自分の目の前にリー姉がしゃがみ込み、目を射抜くように覗き込まれた。


「ジークフリード殿下、わたくしのポーションが必要なら差し上げますので、自傷行為はお止めください、よろしいですね」


 ……くれるの? 自分だけに? 他の誰でもなく? 僕だけに……

 あぁそうだ、誰にもやらなければいい、僕だけがリー姉のポーションを独り占めにしたらいい。

 そうしたら、僕だけの聖女だ。 




 あれから、随分と時間が経った。

 リー姉のポーションのお陰か、随分と背も伸びた。

 護衛騎士の体捌きも覚えこんだ。

 魔法はやはり氷系の魔法が使いやすいけれど、回復以外の魔法は使える。

 政治、経済、帝王学、ほぼ全ての知識は頭に入れた。

 舞踊はリー姉とちょっとだけしか踊ってないけど、ま、それだけで構わない。

 もう直ぐ十歳、もういいだろう、もう大丈夫だろう。

 王や王妃や大公、第一王子に自分を殺そうとする第一王子派の貴族達、様々な思惑ももう何一つ怖くない。


 さて、書庫室の本もこれが最後、リー姉の読み聞かせが終わる。

 嗚呼、やっと名をこの口で紡げる時が来た。

 自分を包む温かな腕の中から後ろを振り向き、ニッコリ笑って口を開く。


 「ありがと、リー姉」



 ──さぁ、勝ち戦を始めようか。──

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