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テンプレ以上の罰はマジで勘弁してください

「本当に、大丈夫ですわよね」

「うん、リー姉のポーション、美味しい」

「……特に味はないと思うのですけれど」

「んーあまーい」

「……味覚障害ではありませんわよね?」

「りー姉、酷いなぁ」


 少々困惑気味のクレリットと、クスクスと楽しげに笑うジークフリード。

 今、二人がいる場所はジークフリードの部屋のベッドの上。

 男の寝室に二人きり、通常ならば恋人同士の語らいでもいい筈なのだが、雛の飼育に見えてしまうのは何故か。





 ホールから出て学園の馬車止まりまで、姫抱きのまま運ばれてきたクレリットは、王家所有の馬車に押し込められ王城に連れてこられると、またジークフリードに姫抱きにされ彼の部屋まで運ばれた。

 ホールから馬車に乗せられるまでも、王城についてから部屋に運ばれるまでも、教師や学生や騎士や文官や侍女達と、複数の視線に晒されながら「降ろして」「降ろさない」「殿下」「ダーメ」なんて会話を繰り広げてきたのだ、後々どの様な噂になるのか想像するのも恐ろしい。

 そして部屋に入るなり寝室に連れ込まれたクレリットは、ベッドの縁にそっと座らせられる。

 クレリットが不思議に思う間もなく、その膝にジークフリードは頭を乗せて素早く寝転がると、半強制的な膝枕の完成だ。


「ジークフリード殿下、もしかして本当に具合が悪いのですか?」

「……ちょっと胸が痛いかも」

「でしたら、すぐにお医者様を!」

「医者の苦い薬はいいや、リー姉のポーションが飲みたい」

「私のポーションなんて、かすり傷を治すのがやっとですよ」

「でも、飲みたい」

「まぁ、構いませんけれど」


 クレリットが魔法の授業を受けた時『ポーションを身一つで作り出せる者もいる』と聞いて、必死に頑張ったものの一つだ。

 どうにかこうにかポーションを作り出すことには成功したが、その効果は精々かすり傷を治すくらいで、普通のポーションを買った方がマシな水薬。

 残念とは思ったが、ジークフリードに本を読んであげている時など、紙で指を切ったりすることもあったので、それなりに重宝していた。

 ある日ジークフリードに小さな擦り傷があったので、ポーションをかけてあげたら、パクッと指を咥えられたのには驚いた。

 元々ポーションは飲んで治すものだからそれが当然ではあるのだが、いや直接指を咥えられるとか!?

 パニックになったが、手首をしっかりジークフリードに両手で握られているし、当然乱暴に振り払う事もできず、されるがまま吸われ続けた。

 その日以降、時々ジークフリードに小さな怪我が増えて、どうも自分で傷付けているらしかったので、闇雲に叱るのではなくしっかり目線を合わせて言い聞かせた。

「ジークフリード殿下、わたくしのポーションが必要なら差し上げますので、自傷行為はお止めください、よろしいですね」と。

 その説教に納得してくれたようで怪我を負うことはなくなったが、こうして時々ポーションを強請られるようになった。

 人差し指を一本、最初は指を咥えられることが恥ずかしくて仕方なかったが、人間は慣れる生き物らしく今では人前でなければ何ともない……と思う。

 時々、ねぶられるように吸われるのが気恥ずかしくて堪らないが。


「殿下、ホールでもここでも胸が痛いとおっしゃってましたが、どうですか? まだ痛いですか?」

「んー大丈夫」

「そうですか、ならばよろしいのですが」


 だったらもう指を放してほしいと思わなくもないのだが、機嫌よさそうにしているものだから、言いそびれてしまう。 

 今の自分が一番心配していることが解決すると、次に気になっていることが頭をもたげてくる。

 柔らかな金髪を撫でながら、その事を口にした。


「ジークフリード殿下、あの方々の処罰はどうなるのでしょうか」

「一族郎党、斬首でいいよ」

「そんな極端な刑は、法治国家に有るまじきです」

「リー姉はホント面白いよねー。 普通、冤罪掛けられた令嬢としては納得モノじゃない」

「王族を蔑ろにした者に、厳罰を与えなければならない事は分かってます。 そうしないと王族に逆らう貴族が、出てこないとも限りません……でもわたくしは」

「うーん、そうだね、真面目に答えれば、兄上は廃嫡で離宮に幽閉されて、そのうち病死扱いだけど実のところ毒杯かな。 そして実行犯は斬首、令息の家は全ての爵位返上で、下位貴族令嬢達の家は廃爵だねぇ」

「やはり、そうなってしまいますわよね」


 クレリットは前世の平和な日本で生活していた記憶がある、今世も生命の危機が及ぶような酷い目に遭ったことはない……先程の冤罪事件以外は。

 だからどうしても、甘いと言われようが、自分の事で人が死ぬのは嫌なのだ。

 暗い顔で沈むクレリットに、ジークフリードが吞気な様子で返す。


「減刑できる方法が一つだけあるよ」

「え?」

「王族の慶事があれば、恩赦になる」 

「慶事ですか」

「そう、王族に子供が生まれるとか、結婚するとか」

「……王妃様にそのようなご予定が?」

「ないねー」

「そうですよね」

「もう一つあるじゃん、王族の結婚」

「結婚?」


 起き上がりベッドの上とはいえ、姿勢を正して満面の笑顔を浮かべるジークフリードに、クレリットは、はて? と首を捻る。

 王族の結婚、すぐに浮かぶのはアーサーとローズのことだが、罪人同士でも慶事というのだろうか。

 大体アーサーは毒杯でローズが斬首、それを何とかしたいのに、その二人が結婚とはおかしな話だ。

 次に思い浮かぶのは、陛下が新しい側妃を迎えるという事だが、そんな話噂にも聞いたことがない。

 で、最後がジークフリード殿下の結婚……婚約者もいないのに十四歳で結婚とは、いくらなんでも早いのではないだろうか。

 しかも第一王子アーサーが廃嫡されるのならば、第二王子ジークフリードが王太子となるのだ。

 つまり彼の結婚相手は王太子妃、ゆくゆくは王妃となる立場だ、そう簡単に誰でもなれるわけではない。

 最低限の王妃教育に、身分や立場、年齢なんも離れすぎてもいけないだろう。

 確か国内には、公爵と伯爵に十三歳と十二歳の令嬢がいた筈だが、婚約者はどうだっただろうか。

 隣国には妙齢の皇女がお二人はいた筈だ、二、三歳ぐらいお歳が上だったとしても問題ないだろう。

 と、ここまで考えて、はたと気付く。

 どうして自分の負い目を誤魔化す為に、ジークフリードを婚姻させなければならないのか、失礼ではないか、と。

 クレリットの百面相を見て、ジークフリードはクスクス笑う。


「リー姉の考えてることが、手に取るように分かるよ。 国内の第一候補も国外の第二候補も却下で」

「いずれは、ご結婚なさるのですよ……あ、もう候補がいらっしゃるのですか」

「うん、いるよ。 今日確定して、ついさっきお持ち帰りした」

「……お持ち帰り? ……えっ!? わたくしですかっ!」


 年上のしかも成人したはずの貴族令嬢らしくなく、オタオタとする様が実に愛おしい。

 ジークフリードの笑みが、ますます深くなる。


「何でそんなに驚くかなぁ、当然の流れなのに」

「だってわたくしは、ずっと第一王子の婚約者で」

「婚約破棄したじゃん、へーきへーき」

「年上ですし」

「三歳ぐらい許容範囲でしょー、年下でごめんね」

「あ、いえ、そっちじゃなくて……王妃教育も未熟なままですし」

「リー姉は僕の隣にいてくれればいいのっ! 第一、兄上の時と同じでしょ、これは政略結婚なんだから、王家はリー姉の血脈が欲しいの」


 そう言われてしまうと、クレリットは黙るしかない。

 第一王子が廃嫡されようとし、国の中枢を治めている高位貴族が揃って爵位返上するかもしれない今、王家と大公家が諍いを持つのはよろしくない。

 地盤は盤石であると、国内の貴族達に証明しなければならない。

 それに最も都合がいいのは、王家と大公家が婚姻を結ぶことだ。

 ただ自分が天才と言われているジークフリードに相応しいなんて、夢にも思っていない。

 いずれ相応しい側妃を娶るだろう、それまでの彼の足場程度にはなれるだろうか。

 考え込むクレリットに、ジークフリードは苦笑する。


「ホント、リー姉の考えることは、手に取るように分かる。 確かに今、王家が必要としているのは地盤固めとその為の大公家の血脈だろうけれど、僕が欲しいのはリー姉自身だから、リー姉以外の誰も僕の妃なんて務まらない」

「え?」

「側妃とか、それまでの中継ぎとか、これからは考えさせないからね」

「えと?」

「だからねリー姉、僕と結婚しよ」

「婚約飛ばして、今直ぐ結婚ですか!?」

「今直ぐだと、あいつ等の恩赦に間に合うよ」

「あっ」

「兄上は廃嫡で離宮に幽閉、令息達も廃嫡で家や神殿に軟禁か国外追放か、ローズ嬢は投獄になるだろうけど、他の令嬢達は修道院行きかな。 そして令息の家は下位の爵位となり、下位貴族令嬢達の家は爵位返上ぐらいまでは恩赦が与えられるだろうね」

「……誰も死なない?」

「直接的にはね」 

「それに今、リー姉が僕と婚姻を結べば『自分を貶めた者に恩赦を与えるため』ってことで人気が出るんじゃない。 残念令嬢なんてもう呼ばせないよ」

「いえ、別にそれは大丈夫ですが、そう思われますでしょうか? 逆に『第一王子を見捨てて、第二王子に乗り換えた』と思われないでしょうか? わたくしがそう思われるのは構いませんが、それで殿下の威光に傷がつかなければと」

「んー、今日あのホールにいた貴族の子女達は皆、リー姉を僕の妃だって認めてるだろうね」

「えーっと、その為のお姫様抱っこですか?」

「勿論それもあるけれど、僕を調教できるのはリー姉だけだって、本気で身に染みた筈だろうからね」

「ちょっ!」


 調教って何だ!?

 そりゃちょっとは小さい頃に天使みたいで可愛くてハアハアしたけれど、そんなに危ないことはしてないぞっ、と無言で遺憾の意を表しているが、そんな表情さえもジークフリードにしてみれば愛くるしいのだろう、忍び笑いが止められない。


「兄上が廃嫡されて、僕が立太子されたら結婚式。 いいよね、リー姉」

「いいも、何も」

「返事は『はい』か『うん』で」 

「拒否権はないのですね」

「僕はリー姉が底抜けに優しいのを知っているから、正しくそこに付け込むよ。 十二年間我慢したんだ、手に入れる為なら何でもする」

「そんな価値、わたくしにはありませんわ」

「それを決めるのはリー姉じゃない、僕だ」

「!」


『運次第ルート』に確実に入ったか分かる台詞がある。

「それを決めるのは君じゃない、僕だ」

 それが何処であろうが、誰と一緒にいようが、誰のルートに入っていようが、バッドエンド直前であろうが、その台詞を言われたらジークフリードルート確定の印らしい。 


 恩赦を与える事、その免罪符を振りかざすのは申し訳ないが、きっとこれで良かったのだとクレリットは思う。

 ゲームの死亡回避は出来た、第一王子との名ばかりの婚姻もなくなった、ジークフリード相手なら無下にされることはなさそうだ。

 今まで弟のように可愛がってきた、ジークフリードも姉のように慕ってくれた。

 男女の情愛が沸くことはないだろうが、きっと穏やかな夫婦になれるだろう。

 クレリットはヒールを脱いでベッドの上がりドレスのスカートを広げると、ジークフリードからは見えないだろうがきちんと正座をする。


 「不束者ですが、どうぞ宜しくお願いいたします」


 微笑みを零しながら三つ指をついて、そっと頭を下げる。

 ジークフリードは驚いてキョトンとしていたが、言葉の意味を咀嚼して呑み込んだのだろう。

 じわじわと喜びが顔から溢れ出す。

 クレリットを起こしそのまま抱き寄せ、鼻が触れてしまいそうな距離で覗き込む。


「えっ、ちょっ何、その言い回し、凄くグッとくるんだけど! ってか『はい』って事でいいんだよね、ね『はい』だよね」 


 ジークフリードが本気で無邪気に喜ぶ様子を見るのは、随分久しぶりだ。

 彼が邪気のない行動と軽薄な言動を心掛けているのは、第一王子派に余計な目を付けられないためなのは知っている。

 十歳まではその存在さえも忘れられていたのに、急に『やる前からできる天才』なんて持てはやされたのだから仕方がない。

 だからこんな年相応のジークフリードは、非常に微笑ましい……なので。


「『はい』」

「っ! 言ったね、言ったよね、もう取り消し聞かないからねっ! ちょっ父上と叔父上に報告してくるっ!」


 転げ落ちるようにベッドから飛び降り、そのままドアまで走っていったジークフリードだったが、何かを思い出したのか同じ勢いでこちらに戻ってくると、蜂蜜を溶かしたようなトロリとした表情でクレリットの両肩をしっかりと掴んだ。

 

「考えることは、手に取るように分かるんだからね。 呼び名は絶対に変えないけれど、これからは可愛い弟だなんて思わせないから、覚悟してねリー姉」


 捕食者が獲物を惹き付ける眼差しで捕らえて、ギリギリ唇の端に口付けられた。

 クレリットは、初め何が起こったのか理解ができなかった。

 だがそれが唇の端とはいえキスされたのが分かり、誰が誰にしたのかを把握して、瞬時に耳まで真っ赤になる。

 あうあうと言葉なく口だけパクパクさせて、つい先程まで可愛らしい弟であったはずの人物に抗議してみれば

 

「リー姉、可愛い」


 と、もう片方の唇の端にもちゅっと音を立てて口付け一つ、そして。


「本物は結婚式の誓いの時に、ね」 










 後世の歴史研究家は語る。

 今では古代の英知となってしまった魔法、それを駆使した古代国家、エルドラドン王国。

 かの国の物語は沢山あれど、有名なのは『天使王』の話だろう。

 天使王の時代は、気候の乱れも、戦も、争いもなく、非常に安定した時代だったという……そう不自然なほどに。

 恐らく王が魔法で何らかの干渉をしていたと予想されるのだが、文献には残っていない。

 最も天に愛されたという事と、その美しすぎる容姿から『天使王』と後世では語られている。


 その天使王の時代で、誰もが知っている逸話と言えば『東森の魔物氾濫スタンピード』と『竜王襲来』だろう。

 もはや話が大きくなりすぎて、恐らく大いなる誇張が入っていると思われるが、二つとも大人気の演劇でもある。

 エルドラドン王国の東の森で突如、魔物氾濫スタンピードが起こり、その脅威が今直ぐにも王都に迫ろうかとなった時、天使王は一瞬の内に魔物共々森を凍らせたのだ。

 演劇ではその後、氷の中で騎士団と魔物の死闘が描かれているが、歴史書には淡々と処理されたと記されている。

 

 竜王襲来は、こちらも今となっては書物の中だけの話だが、北に住む竜族の王が天使王の話を聞き現れたのだという。

 最初は和やかな雰囲気だったものの、竜王が天使王の妃に一目惚れした辺りからおかしくなる、炎の息(ファイヤーブレス)を吐き散らす竜王に氷の剣で応戦する天使王。

 魔法を使えるとはいえ人の力では竜に及ばず、妃は竜王に連れ去られ天使王は妃を取り戻すために竜王国へと旅立つ、のが演劇である。

 歴史書では、竜王訪問はある、天使王と竜王の小さな諍いも起こっているのだが、それを取りなしたのが妃であり、しかも二人を子供のように叱り付けたと記されているのだ。


 さて、天使王と並び謎多いのが『リー王妃』と記された女性である。

 だがその当時の貴族女性を近隣の国まで広げて探しても、該当する名前の女性は見つからない。 

 妃の個人的な活躍は竜王の件ぐらいしか記されていないのだが、彼女は天使王が立太子した時に突然現れているので、貴族ではなく市井の女性ではないかとも言われているが、何の確証もない。


 ともかく古代語にまでなってしまっている歴史書を訳すのは大変で、翻訳した人物の采配によって大きく意味合いが違ってしまう事もある。

 だが、どの歴史書にもあって共通しているのは『天使王は妃を溺愛していた』と記されている事であろう。

本編終了、他目線で後一話予定

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