冤罪テンプレ食らいました
1/3ぐらいは「自力ガンバ」から流用。
「クレリット・エルランス、貴様との婚約破棄を言い渡す!」
で、冒頭のアーサーの宣言である。
「私は真実の愛を見出した。 ここにいるローズ・リアン男爵令嬢を、私の婚約者とする」
周囲を見回し得意げにアーサーは言い放ったが、扇で顔半分を隠したまま何の反応も示さないクレリットを見て、忌々しげに睨みつける。
その背に庇わられ、ローズが小刻みに震えながらこちらを見ており、傍には取り巻きとなった攻略対象者達が立ち並んでいる。
彼らも、まるで親の敵でも見るかのような目でこちらを睨んでいた。
だが、クレリットは不思議に思う。
自分はゲームのようにローズを苛めていないし、アーサーや攻略対象者との仲を邪魔した覚えもない。
むしろアーサーとの仲は積極的ではないにしろ、どちらかと言えば応援していた方なのだが。
これもテンプレなゲームの強制力かな、と思いつつもこのままここで突っ立っていても物語は進まない、クレリットは次の行動に出る。
扇を畳むと、アーサーに向かって静かに淑女の礼をした。
「婚約破棄とローズ様とのご婚約、承知いたしました殿下。 では父に、その様に伝えておきます。 それで宜しいでしょうか?」
幕引きを図ろうとする元婚約者に、アーサーの荒々しい声が突き刺さる。
「ならん、今から貴様が貴族にあるまじき卑しき奴と知らしめるのだ」
「何のことでしょう?」
「大公令嬢という身分を笠に着て、ローズを苛めたであろうが」
「いえ、そのような事は一度も」
「嘘を吐くなっ! ローズが貴様に苛められて、嘆いていることは確固たる事実」
クレリットは驚いた顔をしながら、アーサーの背後に隠れているローズに視線を移す。
視線の先を確認したからか、取り巻きと化した男達も次々と糾弾の声を上げる。
「泥水を掛けたのだろう」
「ノートを破ったとも聞きましたよ」
「ローズのお母さんの形見のブローチを盗んだんだって? 最低だね」
「ドレスにワインを零して汚しましたね」
「あまつさえ、ローズを階段から突き落としたではないか」
男達の怒声がクレリットに突き刺さるが、今はそれどころではない。
一方で皆に庇われているローズは、胸前で手を組み震えながら訴えかけてきた。
「クレリット様、私、一言謝っていただければ、もうそれだけで」
その儚げな様は男達の庇護欲をそそるらしい。
「愛しいローズ、安心するがいい」
「騎士の剣にかけて、お前を守る」
「可愛そうに、怖がらなくとも良いのですよ」
「でもローズは優しいね、謝るだけで許してやるなんてさ」
「神様は、いつも正しい者の味方ですから」
怯えるヒロインを構い倒す攻略者達を尻目に、クレリットは呆然としている。
「えーっと、ごめんなさい?」と言ってしまえばどうにかなるの? と思わないでもなかったが、大公令嬢の身分で許されない。
どれもこれも全く身に覚えがない事だ、まさが被害者の証言だけというザル展開ではないよね、と恐る恐る思った事を尋ねてみる。
「……あの、それらをわたくしが行ったという証拠は?」
「まだ言い逃れをする気か、こちらには罪の告白をした証人がいるのだっ! さぁ、この場で懺悔するがよい」
アーサーが声を上げると彼等の後ろの人垣から、見覚えのある四人の令嬢が進み出た。
親しくしてくれた下級貴族の令嬢達だ。
「わたくしはクレリット様の指図で、ローズ嬢にバケツの水をかけました」
「わたくしはクレリット様から言われて、ローズ様のノートを破りました」
「わたくしはクレリット様の命令で、ローズ様のブローチを盗みました」
「わたくしはクレリット様の指示で、ローズ様のドレスにワインを零しました」
よよと泣き崩れたり、顔色を悪くしたり、細かく震えていたり、静かに怒っているような表情もあるが、勿論心当たりはないし頼んでもいない。
令嬢達の顔を一人一人じっくりと見る。
視線が合ったとたん顔をそらされたり、初めから視線が合わなかったり、窺うような目線や、どこか上から見ているような視線。
昨日まで仲良くしてくれていたのに、かなり残念な心持だ。
「どうだこれでもまだ白を切るかっ、大方これだけ妨害してもローズが学園を去らないことに腹を立て、階段から突き落として亡き者にしようとしたのであろう!」
「……」
殿下その論理ならば、何故階段から突き落とされたローズ様に怪我一つないのですか? と言いたいのだが、流石に今は言えない。
今すぐこの場で、自分のアリバイを立証することは難しい。
どうしても証人の証言の方が、有罪を色濃く植え付けてしまう。
令嬢達が懺悔と称して偽証した件はまだいい、大公令嬢の権力を使えばいくらでも捻じ伏せられる……使う気はないが。
ただ殺害目的で階段から突き落とす、は駄目だ。
下手したら未来の王族を害そうとした咎で、最悪は斬首の流れになってしまう。
なんてテンプレな冤罪展開、凄まじいこれがゲームの強制力か!
どうしよう、とクレリットの背筋に冷たいものが走る。
冤罪と訴える……彼等はクレリットを断罪したいのだから無駄だろう。
無言を貫く……罵倒され問答無用で牢獄ルートしか見えない。
走って逃げる……ホールを出る前に捕らえられるのが関の山。
ならとりあえず時間を稼ごう、と口を開きかけたその時
「これは一体、何の騒ぎだ」
威厳のある声がホールに響いたのは、奇跡でも偶然でもない。
お忘れかもしれないが、今は卒業パーティーの真っ最中で成人の祝いも兼ねたパーティーに、言祝ぐ者が訪れない筈もなく。
エルドラドン王と王妃、後ろには宰相のローラント卿が続き、護衛としてだろうグレゴリー騎士団長にオリバー魔術師団長、そして一番最後に王弟でありクレリットの父親のエルランス大公が付き従い、ホール中央まで足を進める。
大公は無表情で内情は推し量れないが、他の親達の態度は何事なのかと些か挙動不審だ。
祝いのはずの卒業パーティーが何故こんな修羅場と化しているのか、理解が追い付いていないのだろう。
声の主を認識した皆は、さっと紳士淑女の礼をとる。
そんな中、何故ここに陛下が!? と言わんばかりに呆然と立ち尽くしているのは、アーサーとローズその取り巻き達だけだ。
「よい、皆、顔を上げよ」
一声で、全員が姿勢を正す。
王はアーサーの前まで来ると、訝しげな視線を向ける。
「これは一体どういうことだ、説明せよ」
「はい陛下、そこなクレリット・エルランスが大公令嬢という身分を笠に着て卑怯にも他令嬢を脅して使い、ローズ・リアン男爵令嬢を悪辣な手段で迫害しておりまして。 そのような者が私の横に並び立つなど、国母になど相応しくないと考え、また迫害にあっても己を律し優しく許そうとする、ローズこそ王妃に相応しいと思い至り、クレリットには婚約破棄を言い渡し、ローズ・リアン男爵令嬢を私の婚約者にしたく申し出ました」
「……ほぅ」
自信満々と発言するアーサーを尻目に、王はクレリットに視線を移す。
「クレリット嬢よ、申し開きがあるのなら言うてみるがよい」
「恐れながら陛下、わたくしには全て身に覚えがないことにございます」
「何を言うか貴様、これだけ証人がいるというのにまだ言い逃れをする気かっ!」
「アーサー」
咎めるような王の声も、今の彼からすれば起爆剤でしかなかった。
「しっしかし父上、私は覚えているのです、あの感触をっ! なんと言い逃れしようとも、これだけは誤魔化されんっ! 先月、貴様はローズを階段から突き落としたではないか。 階段下に倒れたローズをこの腕に抱きかかえた感触、永遠に愛しい者を失ってしまうかと思った恐怖、忘れはせぬぞ!!」
激昂するアーサーにクレリットは、本当にヒロインの事が好きなんだなぁとは思うけれど、あの日はお友達……だと思っていた彼女達に呼ばれ一緒に教室を出た。
そして階段に差し掛かる少し前に、悲鳴が聞こえた。
「殿下、ローズ様の悲鳴が聞こえた時、どちらにいらっしゃいましたか」
「授業終わりなのだ教室にいたに決まっているではないか、手洗いに行ったローズが戻ってくるのを待っていた。 すると彼女の悲鳴が聞こえて、教室を飛び出してみたら階段下にローズが倒れていて、慌てて抱きかかえた」
「今の所、わたくしとローズ様の接触はありませんが、一体どうして、わたくしがローズ様を突き落としたとお思いに?」
「腕の中のローズの視線を追ったら、階段上に貴様がいたからだ。 上にいたから、貴様が突き落としたに違いなかろうっ!」
「階段上には、わたくしの他にも生徒がおられたはずですよ」
「だが、ローズは貴様を見ていた……見ていたんだっ!」
「ローズ様」
「何でしょう」
「わたくしが、ローズ様を突き落としたのですか?」
「……背後から突き飛ばされて、誰か分かりませんでした」
クレリットは、偽証をした令嬢たちを見る。
「あの時、わたくしは貴女達と一緒にいましたよね。 わたくしがローズ様を突き飛ばしたのを見たのですか?」
クレリットの静かな問いかけに、令嬢達の肩がビクリと震えた。
青い顔をして互いに目を合わせ、そしてクレリットとローズを交互に見る。
「大公令嬢の権力に恐れることはない、お前達の身の安全は第一王子であるこの私が保証してやる。 クレリットの悪行を心行くまで告白するがいい」
アーサーの言葉に確信を得て王族の権威に屈し忖度し、令嬢の一人が口を開く。
「私見ました、クレリット様がローズ様を突き飛ばすのを」
一人が口を開けば、我も負けじと追随する。
「私も見ました」
「私も」
「私もです!」
クレリットは大きな溜息を吐く。
犯人を決め付けなかったローズとは違い、言い切ってしまった彼女達には退路がなくなった。
自分の危機は強まったが、しかしこれで幾何かの猶予が生まれる。
成人前とはいえ国中の貴族の子女が集まっている場所で、下位の令嬢とはいえ、正式に国王の前で貴族が貴族を告発したのだ。
しかも訴えられた令嬢の父親もこの場にいる。
大公の面子からも、父娘の情からも、このままで済ませるなんてしない。
そして同じ場にいて同じ令嬢を断罪しているのは、第一王子に高位令息達、役者が揃い過ぎているならば当然の事態。
「あい分かった、其方達の訴えを聞き届け国王裁判を開く」
「ひっ!」
「クレリット嬢もそこの者達も、暫し王城に留まってもらおうか」
その宣誓を聞いて、令嬢達は自分が何を言ってしまったのを気付いた様子で顔面蒼白だ。
そんな様子を哀れに思わない事もないが、現状一番立場が不安定なのは自分である。
テンプレ冤罪でも裁判が開かれるだけましな方かなーなんて思いつつ、クレリットは王に向かって丁寧な淑女の礼をした。
テンプレ展開てんこ盛り