表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/188

93話目 木を見て森を見ず

 昼休みは終わったが、ここが工場の分水嶺である。

 機械を動かすモブエルフと、キューブの充填がお気に入りのテオ君以外は、みな私たちの推移を見守っていた。


 セレーナは、魚人の大女を付き従えて、余裕の表情である。


“何を言われても反論してやるわ――”


 そんなツラだな。


 なので、相手にしない。


「セレーナ様の理論はカンペキです」


 さらりと告げると、青白いコイは早くもパクパクした。


「あ、あの……ガイさん? それなら、変えなくてもよろしいのでは?」

「残念ながら、それはA班のみの話でしてね。全体の効率は、むしろ下がったのですよ」


 その途端、セレーナは吹き出した。


「ガイさん。あなたはもう少し賢いと思っていたわ。いい? A-3という機械は、1時間に300個のキューブを作れるの。2時間で600個、紫キューブは2つ使うわ。対して、A-5という機械は、2時間で1000個作れるの。紫キューブは1つで済むわ。どちらの方が効率がいいかしら?」

「後者ですね」

「そう。コストを削減すれば、当然お金は稼げるの。あなたには難しいかもしれませんけどね。お分かり?」


 おやおや、言われたよ。

 数字がお好きでございますか、ハマチ様は。語感もハウマッチに似てますな、はっはっは。


「お言葉ですがセレーナ様、A-5はご承知の通り巨大でしてね」

「ええ、それが何か?」

「工場では現在、あふれたキューブを貸倉庫に入れております。そのため、『A-5のせいで余分にかかっている倉庫代』も考慮すべきなのですよ」


 私は工場長を見た。


「マケールさん。A-5がどけば、その空きスペースに貸倉庫のキューブは全部入りますか?」

「え、ええ」

「では、月の倉庫代は現在いくらでしょう? 紫キューブに換算して下さい」

「え、えぇっと……300個です」

「つまり、1日10個ですね。これが、A-5を置いているだけで垂れ流しになっている状態なのです」


 セレーナは眉を寄せた。


「その程度なら、A-5をフル回転させればスグ取り戻せますわ。効率が良いですから」

「おや、これは異なことを」


 私は優雅にキューブを示した。


「A-5を動かす必要はないのですよ? すでにキューブはあふれておりますゆえ」

「――お待ちなさい、ガイギャックス」


 ふむ、呼び捨てか。早くも気分を害したらしい。


「キューブの生産ぐらい、止めれば良かったでしょう?」


 お前、さっき「フル回転」とか言ってただろ。


 私は肩甲骨をすくめた。


「左様でございますね」

「だいたい、わたくしの改善によって生産力は上がったはずでしょう。怠けていたのではなくて?」

「お姉様!」


 すかさずお嬢様が詰め寄った。


「工場の人たちは真面目に働いていたわ!」


 すかさず大女が割って入るので、私もお嬢様を押さえる。


「落ち着いて下さい、お嬢様。お怒りはごもっともですが、セレーナ様はそれでは納得しません」


 私はしゃべるコイを見た。


「セレーナ様? 僭越ながら、あなたのおやりになられた事は、一部の改善にすぎません」

「一部だけでも改善したら、絶対に良くなりますわね。あなたも認めましたでしょう? わたくしの理論は完璧だと」

「A班だけですがね」

「ならば、1つずつ完璧にしていけば良いのです。そうすれば、いずれ全てが完璧になりますわ」

「いいえ。それぞれを最適にしても、全体の最適にはつながりませんよ」

「――ガイさん」


 セレーナは睨みつけてきた。


「全体、全体と、少々ウルサイですわよ? そんなに言うなら見せて下さいな。それぞれをカンペキにして、なおも全体が悪くなった例を」


 この工場だよ、ハマチの干物。


 ――ああ、分からんか。


「分かりやすい例をお見せしたら、ご納得いただけますか?」

「天動説だって地動説になりましたわ。わたくし、変化は柔軟に受け入れますの」


 この世界にも、天動説、地動説の騒動はあったらしい。


「セレーナ様。つまらぬ差し出口ですが、変わったことを受け入れたのは、私たちよりずっと前の人々です。私たちは、地動説という『より強固になった常識』を受け入れているにすぎませんよ」


 セレーナは鼻白んだ。


「おっしゃることが、よく分かりませんわね」

「たとえば、いま私が天動説の正しさを説いたら、どう思われますか?」

「変な人だと思います」

「納得できる理論の裏打ちがあったら?」

「もちろん受け入れますわ、納得できればですが」


 おっと、ガイコツの耳はスゴいな。「まあ無理でしょうけど」って空耳が聞こえたよ。


 私は周囲を見回した。


「では、エルフのどなたか、キューブを4個渡して下さい。それと、机の配置も少し変えましょう」

「ガイさん。あなた、何をなさる気?」


 そりゃ決まってるだろ。


「天を動かします」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ