92話目 判決、そして控訴
「決まったか。なら従おう」
大男のレオンが、ぶっきらぼうに言った。
「だが、所詮は他人事だ。イザとなったら逃げるだろうな」
「いいえ。実は、一蓮托生なのですよ。スラヴェナ王女様がいるときに閉鎖の話が出たためにね」
レオンは、ただじっと聞いている。
「人の失敗談は、とかくウワサに乗りやすいものです。ましてや、王女様の失敗などはね。――婚約破棄されたゴシップを、どれほど耳にされました?」
モブエルフとおカミさんを始め、反応は上々だったが、レオンは冷静だった。
「この工場の閉鎖は、王女と無関係だ」
「ええ、運ですね。――ですが、難癖をつける輩は、そういう事こそ吹聴するのです。『王女様が関わったら案件がダメになるぞ』などとね」
私はゆっくりと工場を見回した。
「この工場、必ず救いますよ。信用いただけましたか?」
「――これから次第だな」
現状は受け入れてくれたらしい。
あとは、クソ貴族のジェラールを除けば、ミシェル1人である。
私が視線を送ると、ダークエルフの女性はびくりと震えた。
「あ、あの……えぇと……」
「ミシェル」
アンリが優しくほほえむ。
「大丈夫よ。気になること、質問しちゃいなさい」
「じゃ、じゃあ……」
ミシェルは胸に手を当てた。
「なにか、不安なんです」
――なるほど。
この説得は、結構大変だ。
「ミシェルさん。不安の要因について、具体的に何かございますか? それを取り除いて差し上げますよ」
「え、えぇと……」
ミシェルは私を指差した。
――おっと。そうきたか。
「す、すみません……。あの、王女様からは、骨のお付きさんがスゴい話を、よく聞いていたんですけど……。で、でも、実際お会いするのは初めてですし、それで、何か急に色々と変化を迫られるのが、こ、怖くて……」
――ああ。それは……あるな。よく分かる。
初対面の相手が親切にしてきた場合、勧誘か、あとで見返りを求められるか……まあ、ロクなことではあるまい。そういう警戒心か。
ならば、答えは1つだ。
私はお嬢様の手にタッチした。
「お願いします」
「まかせて」
お嬢様は、ゆっくりと立ち上がり、ミシェルの席に行って両手を出した。
「ミシェルさん。立ち上がって下さい」
おずおずと立ったミシェルを、お嬢様はギュッと抱きしめる。
「あ……」
「不安だったときは、母がよく、抱きしめてくれました。あなたは1人じゃないのよって、いつも言ってくれてました」
理屈では埋められないミゾがある。
お嬢様が築き上げてくれた1ヶ月という時間は、それをしっかりと埋めてくれたらしい。
「ごめんなさい。年下の王女様に、ご心配をお掛けしてしまって……」
「大丈夫です、ミシェルさん。みんなで頑張りましょう」
「――ありがとうございます。王女様に、すべて託します」
「託されました」
正直、モブエルフにとっても、私の理論より王女様のハグの方が効いたらしい。
「うわぁ~、お、俺も不安になろうかなあ……」
「尊い……」
「あぁ~、抱きしめてほし~……」
おお、ベルトラン爺さんあたりに頼め。しっかりシメてくれるぞ。
「うぐぐ……。クソッ……!」
これで、ジェラール派は1人になった。
「孤立無援ね、貴族サマ」
「アンリ……! ち、違う! セレーナ王女様の理論は、とても優れていたのだ! あのときは、全員認めただろう!?」
「ええ。でもね、それじゃ上手く回らなかったのよ」
アンリはマケールを見た。
「どう、工場長? 彼以外が捨てるのに賛成だったら、工場の総意は賛成ってことで」
「そうですね」
やられた事はキッチリお返しか。
そのとき、テオ君が魚を食べ終わった。
「テオは、食事がおわったのです!」
「エラいわ、テオ。じゃ、A-5を捨てるのに賛成の人、手を挙げて」
12本挙がった。テオ君が両手のためである。
「はい。決まりね」
「なっ……納得いかん! セレーナ王女様に説明してもらいたい!」
ムチャを言うな、クソ貴族。
「あら、呼びましたかしら」
――は?
背後からの声に、思わず振り向く。
「みなさま、お久しぶりです」
そこにはセレーナがいた。
「先ほど、名誉貴族のジェラールさんから連絡を受けまして。近くにいたので、立ち寄りましたの」
連絡だと……?
なるほど、トイレで席を外したときか。
「なんでも、工場で機械を捨てられるとか……。いえ、判断は一任しておりますわ。ですけれど……、わたくしも、あの時点で最高の組み方をいたしましたの。いったい、いかなる進化を遂げられたのか、そのご高説を賜りたいと思いまして」
――ああ、この女。
構築した理論に絶対の自信をもってるな。
「ガイ……」
不安げなお嬢様の手を、周りに気付かれないようにそっと触る。
「お任せ下さい」
私は立ち上がった。
「セレーナ様。不肖私めが、ご説明させていただきます」
余計なことをしたな、貴族サマよ……ありがとう。
欠席裁判は……ツマラナイと思っていた所だ。
ジェラールよ。大好きなセレーナ様の理論と顔が、粉々になる所を堪能するといい。




