91話目 新たな防波堤
歩止まり……将棋の歩が止まる?
――そんなワケないか。「ぶ」と言ったしな。
私は、ベルトランに対し首を横に振った。
「存じておりません」
「フン……。ウチの工場ではな、いい品質のキューブを送り出してるんだ。機械ってのは生き物で、キチンとメンテナンスをしてねえと、あっという間に腐っちまう」
「なるほど。つまり、2年のブランクがあるから、A-3型が腐ってるのではとお考えで?」
「早合点すンじゃねえよ」
ベルトランに、ギロリと睨まれた。
「逆だ。オラースの班は、若ぇわりにゃァ良くやってる。だが、どんなにうまく使っても、劣化は避けられねえもんだ。――A-3型の終盤は、300個作って15個ほど使いものにならねぇキューブが出来てた。5/100が不良品。歩止まりは95%だ」
なるほど、良品の割合を表してたのか。
「A-5の機械に変えてからは、ほぼ100%だな。それでもA-3に戻そうってのかい」
ふむ、5%のロスが出ると。
「そのロスしたキューブは、単に捨てるだけですか?」
「そいつは……」
ベルトランがオラースを見た。
「大丈夫だべ。A班とB班で使い物にならなかったキューブは、もういっぺん溶かしてるだ。原料として、再利用してるだよ」
「モッタイナイからね!」
おカミさんがガハハと笑う。
「動かすエネルギーは、どの機械も紫キューブ1個分。――だったね、オラース?」
「んだべ、おカミさん」
よし。コストから見た損失率も、大したことはないな。
「ベルトランさん。ダメなキューブは、見てすぐに分かるものですか?」
「ああ。A班で出来る不良品は、形が歪んでるからな。一発で分かる」
「ならば、大丈夫です。生産直後にチェックして、ダメだったものをすぐさま溶かす方へ置くようにしましょう」
「――フン。ならいいぜ」
ベルトランは、腕を組んで目を閉じるや、ジェラールが席に戻ってきた。
「ふぅ、すっきりした。――で、どうなったかね?」
「はいは~い。オジさんの耳が間違ってなきゃ、たった今、ダークエルフのお爺ちゃんが賛成したトコだよ~?」
「なっ!?」
まさかベルトランが翻意するとは思ってなかったらしい。
ジェラールは隣を一瞥したのち、机をバンと叩いた。
「お……お前たち! セレーナ王女様の考えた理論をバカにしてるのか!? そもそも、A-5を導入して最適になるようセッティングされたものだろう! それを無くすなどと……、激怒なさるぞ!?」
「その矛先なら」
私は静かに手を挙げた。
「全部私たちが引き受けます」
「なっ……!」
「もっとも、工場も変化していくものですからね。――セレーナ王女様も、合わなくなったものを変えたことにお怒りになるほど、心の狭い方ではないと思いますよ?」
「はいは~い、ガイ君? オジさんもいいかな~?」
――来たか。
ついにオジさんが動いた。
「あのね~? 王女様の案を変えるってのは、別にいいのよ~。でもね? それをオジさんたちが変えちゃうと、ありがた~い改革案が上から来たとき、防波堤がないわけ。ガイ君、分かってくれる~?」
――ああ、そういうコトか。
オジさんは、セレーナの案がダメなことに、早い段階で気付いていたんだ。
だが、オジさんらが主導で変えてしまうと、次に本社から「ステキな改革案」がもたらされたとき、「いえ、セレーナ王女様の案を使っておりますから」と断れなくなる。
「オジさんたちのいる工場はね~、エラ~い人がウンウン悩んで出してくれたアイデアを、『へへ~』って受け取る立場なのね? ――いや、これがねえ、ぶっ飛んでる仕様変更もあるのよ、けっこーねぇ~」
身振り手振りを交えて話すオジさんに、モブエルフも苦笑しながらうなずく。
今いるキューブ地獄か、はたまた、仕様変更の大嵐地獄か。
仕掛在庫ひとつ取っても、それを作ったらノルマにカウントという、妙なルールだったしな。
彼らが現状を受け入れているあたり、よほど頭のオカしな仕様が横行していたのだろう。
「大丈夫です」
私はしっかりとうなずいた。
「スラヴェナ王女様の名の下に、私が改革案を出させていただきます」
「そ~う~? そんならオジさんも、さ~んせ~い」
――オジさんは、新たな防波堤が欲しかったんだな。
ここで声を掛けてくれたということは、どうやらお眼鏡にかなったらしい。




