90話目 王より飛車を可愛がり
次々と賛成に転向するメンバー。
ジェラールの顔が芸術的に歪むなか、今度はマケール工場長が手を挙げた。
「あのお……、ガイさん? 工場の閉鎖は決まってるのですから、ムリに変えなくてもいいのでは?」
「どうなれば、存続となりますか」
「え?」
工場長は、目をパチクリした。
「ど、どうって……」
「マケールさん。私は、工場を閉鎖の運命から救おうと思っております。どうすれば閉鎖が撤回されますか」
「そ、そりゃあ……魚人の会社に奪われた仕事を取り戻せれば、確実に……。で、ですが……」
「してみせます」
私は断言した。
「この工場は、すごいポテンシャルを秘めていますよ。――仕事を奪われた経緯は、どんなことでしたか?」
「せ、生産性が下がったから……」
「なら、上げれば良いのです。A-5を捨てるのは、そのための第1歩ですよ」
「え、ええっと……勝手にそんなことをしたら、本社が怒ってくるんじゃ……」
「今のままだと閉鎖されるんです。怖いモノはないですね」
「ですが……」
「あーた! うっさいよ!」
おカミさんが怒鳴るや、向こう側の工場長はビクッと震えた。
「でももヘチマもないよ! うだうだ言ってるぐらいなら、賛成すりゃどうだい!」
「で、でもお前……」
「あーた、シッカリおしよ! ずっと動かず、このまま閉鎖を待ってる気かい!?」
夫婦だったのか、この2人。
「そう言えばあーた、『セレーナ王女様の理論』がどーこー言ってたね?」
「あ、あぁ……」
「それがうまく行ってないんだよ!? なら、別の王女様の理論に乗り換えるのはフツーだろ!? とくに、そのお方が最近、ものスゴい勢いがあるスラヴェナ王女様ときたもんだ! 天の助けだね!」
「う、うん……」
「はい、決まり! 2票賛成だよ!」
――おカミさん、強い。
ジェラールがメチャクチャ渋い顔をしている。
「ええい、なんだね!? カンタンに意見をひるがえしてしまって。我らが工場の話だぞ? どこの馬の骨とも分からぬ者に……」
「訂正を。私は人骨です」
「分かっている! もののたとえだ!」
ムキになるなよ、エセ貴族。
「現在、きちんと反対というのは誰だね? 手を挙げてくれ給え」
オジロン、ベルトラン、ジェラール、レオン、トゥーサン、ミシェルが手を挙げた。
「6名か。ものの分かっているメンバーだ」
「あら、クソ貴族。アタシはアンタの隣にいるオラースの方が、よっぽど分かってると思うわよ?」
「黙れ、アンリ!」
「黙ってられるわけないでしょ!」
アンリは立ち上がった。
「ねえ、まだ反対だって言うみんな、何が大事か考えてみて。本当に大切なものは何なの? そのこだわりは、工場閉鎖よりも大事なの? ――アタシは、あの機械と心中するつもりはないわ。そこの、おエライ元貴族サマは違うみたいだけど」
「! 『元』ではない!」
ジェラールもガタンと立ち上がった。
「現役の貴族だ! 訂正しろ、男女!」
「そのこだわりはねえ、1人でやる分には格好良いわよ? だけど、他人を巻き込むな、ジェローム!」
「ジェラールだ!!」
対岸でぎゃいぎゃい言い争うなか、トゥーサンが話し掛けてきた。
「あの……実は本社から、作るノルマが課せられているんです。そのときに、このA-5が役立ってたんですよ」
おや。
「どういうことですか?」
トゥーサンは、そこら中にある灰色のキューブを指差した。
「こういった、仕掛在庫の状態でも、個数としてカウントされるんです。たまに本社から見に来るときに、慌てて動かして、ノルマの滑り込みクリアに役立ってたんですよ」
販売していないのに、どうしてノルマ達成なのか。それも……途中の状態でだと?
「不要です」
「えっと……ノルマが……」
「テオ君のお父さん。――そのせいで、工場は閉鎖のピンチなんですよ? ノルマを守って終わりにしますか?」
飛車を守ったために王を取られそうな現状である。
父さんの会社が、倒産。――笑えないよ。
トゥーサンは、隣で魚の身をほぐしては一口ずつ食べるテオ君のほうを向いた。
しばらく彼を見守っていたのち、がっくりと肩を落とす。
「――ノルマを、捨てます」
立ち止まって考えればスグ分かることでも、当人の立場からは、意外に見えないものなのだ。
「我は不愉快だ!」
アンリとの口論でも押され気味だったジェラールは、机を離れた。
「トイレに行く!」
「あら、じゃあ汚さないでね。腹いせに汚すとか、貴族らしくないわよ?」
「我はキレイに使っている!」
モブエルフの笑い声のなか、エセ貴族は隅のトイレに向かった。将棋でいうと自陣右端である。
「チッ……うるせぇ奴だ」
隣に座ってたダークエルフ爺が頭をかいた。
「骨のニイさんよ。『歩止まり』ってのを知ってるかい」
――知らない。