9話目 頭を使え!
カラスに蹴倒されて、私はバラバラ白骨死体となった。
うーむ、「つかんでくる」までは想定していたが、まさか蹴倒すとは。
ムダに賢いな、ムダに。
「リセット」
私は体を再構築しようとした。
しかし。
ズウゥゥン。
「うっ……」
なんだ? いま、視界が揺れたぞ。
体は、無事に組めたようだが……。
「あ!」
スライムお嬢様が、義肢を伸ばした。
「あなた、大変! 魔力が小さくなってる!」
なに……? もしや。
「リセットを使ったせいか?」
あれは、明らかにフツーの技じゃないものな。
「えぇっと、骨が戻るヤツ? ええ、ソレを使ったとき、魔力が放出されてたわ」
「なるほど」
つまり、頭を投げるのはもう控えろ、と。
梁の幅は1mぐらいか。うまく乗る保証はないし、リセットが使えるかどうかもアヤしい。
「では、頭は投げず、使いましょう」
まずは、背負い袋から鉤爪付きロープを取り出した。
「あ、分かった! それで引っ掛けるのね?」
「いえ。運良く引っ掛かっても、あのカラスなら鉤爪を蹴倒します」
あるいは、頭を蹴飛ばされるかもしれない。そうするとリセットだ。
つまり、ロープを登りつつ、牽制も行えというわけだな。
「それって、ムリじゃない?」
「ええ、登るのはムリです。なので、吊されます」
「はぁ?」
背負い袋から、ロープをもう1組取り出す。
千切れたり、距離が足りなかったら困ると思って、予備に持ってきていたのが幸いした。
鉤爪付きロープの反対側と、フツーのロープとを、あやつなぎで結び、そのあと鉤爪を放り投げる。そのさい、梁を大きく超えて、反対側に落ちるように投げておく。
カラカラーン。
「よし」
「いや、『よし』じゃないわよ。落ちてるじゃない」
うるさいスライムを無視し、大腿骨や背骨に結わえて、極めつけに口から左目にも通しておく。ふむ、これで蹴飛ばせまい。おっと、視界が見えづらいな。左目は閉じる感覚で……よし、OK。
最後に、鉤爪側のロープとフツーのロープを結ぶ。
これにより、上部を梁に引っ掛けた、輪っか型のロープが出来上がった。
「あとは、スライムさんがロープを引っ張ってくれれば、私が梁の上まで行けます。両手が自由なままね」
「なんか……手品みたいね」
右手にショートソードも持ったし、噛みきられるより早く上がれるだろう。
上がれた。
「うぅっ……はぁ、はぁ……」
しかし、息も上がっていた。
いや、呼吸はしてないハズだから、魔力減少の影響か。
ともかく、急速に体が鈍っていた。
カラスを追い払うのは、やはり肋骨になっていた。
ショートソード? ああ、あんなものはダメだ。重すぎる。
よろよろと結び目を外し、体の拘束を解く。
「はぁ……はぁ……」
「もうちょっとよ! 多分、その穴に入ったらスグぐらいの位置にあるわ!」
うむ、端っこ近くに寄せておいたからな。たった3mほどだ。ラッキーナンバーだ。
だが今は、果てしなく遠い。
「ううっ!」
たまらずヒザをついた。体の維持がツラい。
「クソッ!」
腰から下を切り離した。梁からこぼれ落ちていく。
なのに、まだ体が重い。
「カァー!」
カラスめ! 肋骨を振っても振ってもやって来る! うあー、クソッ!
体が重い。300kg当時のように重い。
またか。
また私は、動けないのか!!!
「ーーいや、まだだ!」
精神は鉛ではない!
研ぎ澄まされている……過去最高になあ!
考えろ! カラスを牽制して進むために必要な部位は、どこだ!?
頭はいる。両腕はいる。つながってる部位……肩甲骨や鎖骨なんかもいる。
ならば……他は捨てる!
バシッと切り離した途端、ボロボロと体が落ちていく。感覚がごっそりと消え失せる。
だが……少し軽くなった!
気力を振り絞り、這って進む。カラスを肋骨で追い払う。
腕が悲鳴を上げる。腹這いのときは肋骨って重要だったんだな、今知ったよ!
だが、お前しかいないんだよ!!
おい、コラ! 腕よ!! 300kgじゃないんだぞ!?
根性出せよ!!
カラスが離れたスキに、なんとか穴をくぐり抜ける。
すると、すぐそこに、ピンポン球ぐらいの赤い玉が転がっていた。
「やった……ぞ……!」
意識を失う寸前。
めいっぱい腕を伸ばして、玉を手にする。
流れ出た砂が戻り、砂時計の穴がふさがる感覚。
命のエネルギーが、体に戻ってくる。
「ぜはぁっ……ぜはぁっ……」
九死に一生とは、まさにこのことだろう。
私は……生き残った。