89話目 斉一性の原理? 埋没費用? 知るかバカ。
席はこんな感じです。
⑪ ⑫ ① ②
⑩ ③
⑨ ④
⑧ ⑤
⑦ ス 骨 ⑥
①:オジロン(営業)
②:ベルトラン(B班)
③:ジェラール(特別職長)
④:オラース(A班)
⑤:レオン(C班)
⑥:カミーユ(メシ炊き女将)
骨:ガイ(お付き)
ス:スラヴェナ(王女)
⑦:トゥーサン(副工場長)
⑧:テオファヌ(特別職)
⑨:アンリ(清掃)
⑩:ミシェル(特別職)
⑪:バルバラ(メシ炊き婆)
⑫:マケール(工場長)
「バカげている!」
ジェラールは机を勢いよく叩いた。
「アンリ! 貴様、引っかき回したいのか!?」
「話を聞くって言ってたのに、どっかのエセ貴族が『総意』とかヌカすからよ。バァーカ」
「なっ……!」
ジェラールの口が歪むと、周りのエルフから笑い声が漏れる。
アンリは、右手でテオ君の机を示した。
「あとね、テオファヌは、A-5型をたしかに『ポイする』って言ったわよ? その意志を、ムシする気? あれでカチンときたわ」
私の方に向き直ると、胸に手を当てた。
「アタシは清掃班のアンリ。声でお分かりのとおり、体は男で心は女ね」
私は黙って会釈する。
――正直、ただの美少女だと思ってた。
「ガイさん……だっけ? 捨てた先は、面白い未来が待ってるの?」
「面白いかは分かりませんが、皆さんが笑顔になる未来にします」
「ふぅん」
静かに私を見つめたアンリは、ニコリと笑った。
「アタシ、ガイさんの案に乗るわ」
「正気か!? 莫大なカネが掛かった機械だぞ!?」
ジェラールに、アンリは一転、冷ややかな視線を送る。
「アタシらの命が賭かってるんだよ、バカヤロー。アタシは自分の目を信じるわ」
「この……!」
「そんなに気になるなら、ガイさんに聞きなよ。元々そーゆー場だろ?」
「ひょっひょっひょ……そうさね、じゃあ、ババも聞こうかい」
アンリから2つ向こうに座る婆さんが、こちらを見た。
「あたしゃバルバラ。メシ炊きやってるさね」
「どうも」
「米を炊くときも、この大所帯だ。生産性が命なんだがね。A-5を捨てちまって、生産能力が落ちないかい?」
「落ちません。現在、ゼロなので」
「ひょひょ……また必要になるかもしれねぇだろ?」
「それなら、その必要なときに改めて導入するまでのことです。――お米も、大量に食べたら太りますよね? 体に、脂肪として溜め込んで、そして身動きが取れなくなっているのが現状なのです」
「へっへへ……骨が脂肪を語るかい」
「ええ。生前食べ過ぎてポックリ逝きまして。おかげで、今はこんなにヤセました」
まさに死亡。婆さんには大ウケした。
「バルバラさん。この工場は、機能不全に陥る寸前です。機械を止めたダケでは不十分でしょう。工場からも追い出して、スリムにすべきです」
「出したら変われるかい?」
「実績の成功例としては、こちらの御方でいかがでしょう」
私はお嬢様を示した。
「ひょっひょっひょ……おキレイだね。ババアの若い頃にソックリだよ」
ジジババって、平気でこういうこと言うよな。
「よし来た。あんたに任せようじゃないか」
「貴様、ババア! 何を抜かす!」
うるさいよ、エセ貴族。
――と、その左隣の青年が手を挙げたね。
「オラは……そのA班の班長、オラースだべ」
「どうも、オラースさん」
「A-5を捨てるのは……別に構わないだよ」
おや。正直、そこの説得が一番ホネだと思っていた。
「ありがとうございます」
「ただ、イザってときの生産能力は、やっぱり必要だと思うだ。A-3が使えなかったら、反対だべ」
「じゃあ、早速チェックを」
「んだ。今、試してみるだよ」
オラースは、A班を集めてシートを外しにいった。ほこりが舞わないあたり、A班も清掃班も、キレイにしていたんだな。
しばらくしたのち、A-3がギュオォ……と起動する。
「使えるだ! オラも賛成するだべ!」
「ありがとうございます」
対照的に、ジェラールは忌々しげに頭をかきむしる。
「ありえん! 田舎エルフは価値を知らん!」
「おいお~い、ジェラール。その言い方はオジさんも怒っちゃうよ~?」
オジさんは、周りのモブエルフを見た。
「彼らはみ~んな、エルフの国から働きに来てくれた出稼ぎ君たちなんだからさ~ぁ? 敬意を払うのは大事よ~?」
「むぅ……。だが、機械を捨てるのは反対だ!」
その意見に、私の隣に座る女将さんがうなずいた。
「たしかに、捨てるなんてのはモッタイナイね!」
「えぇと、あなたは……」
「ああ、カミーユだよ! ここの野郎どもからは、おカミさんって呼ばれてるね!」
ガハハと笑った。肝っ玉母ちゃんである。
「で、どうなんだい? どうしてもA-5なのかい。旧式の、A-3を捨てるんじゃダメなのかい?」
「A-5が大きすぎます。あの機械を残したせいで工場閉鎖を迎えてしまうほうが、よほどモッタイナイと思いますよ?」
――前世で、投資をしていたことを思い出した。株の塩漬けが、実にうまかったな。
埋没費用……失敗した投資先だと思っていたのに、損切りできずにズルズルと先延ばしにしてしまったのだ。結局、死ぬまでな。
他人に対してなら、好きに言えるものだ。
「カミーユさん。先ほどは、分かりやすく『捨てる』と言いましたが、上等の機械です。下取りに出したり、何らかの形で活かそうとは思っておりますよ? 本当にタダで捨てたりはしません。モッタイナイですからね」
「ああ、なんだい。使うのかい? だったらいいよ」
ジェラールが口をあんぐりと開けた。