88話目 12人の怒れるエルフ
マケール工場長がトップだと思っていたが、彼は上と工場の声を相互に届けるだけの伝達役だった。
実質的なリーダーは……明らかにオジさんである。
エルフの罵声を受けて、ミスを噛み締めた。
このオジさんは、自分だけ説得することを許さない。だから、全員いる場でブチまけた。
見た目とは裏腹に、相当のキレ者である。
「みんな、聞いて!」
お嬢様が立ち上がった。すかさず悪役令嬢モードに入る。
「このガイギャックスは、あたくしの命を救ってくれました! また、あたくしがヤセられたのも、魔道大会で準優勝できたのも、彼の功績です!」
堂々とした振る舞いに、エルフはざわつく。
「また、直近では、犬人派の懐柔も行っていたわ。結果はご承知の通りよ!」
一通り浸透するや、周囲をぐるりと見回す。
「ですから、お願いです。――彼の話を、まずは聞いてもらえませんか?」
そう言ってからニッコリするお嬢様に、モブエルフたちは。
「あ、悪魔の微笑み……」
「ザ・デス……」
おいおい。
しかし、これでイキナリ吊し上げの線は消えたな。
優雅に着席したお嬢様は、小声で告げる。
「ね? 成長してるでしょ?」
「おみそれしました」
絶妙のタイミングだったよ、お嬢様。
「ひょえ~、おっかな~い」
オジさんはお手上げのポーズを取った。
「んじゃあ、役職を持った人だけで聞きましょ。王女様も、それならOKかな~?」
「ええ」
「そんじゃあ、決まり」
オジさん、すかさずリカバーするね。
まあ、役職持ちはそう多くないだろう。
甘かった。
私とお嬢様を除いて、12人も残った。
総勢30人よりは減ったが……なぜ多い?
「ニュフフ。責任者、ちゃ~んと書いてあるよ~?」
オジさんは、見取り図の脇を指差した。
工場長 マケール
副工場長 トゥーサン
班長A班 オラース
B班 ベルトラン
C班 レオン
メシ炊き バルバラ/カミーユ
営業 オジロン
清掃 アンリ
特別職長 ジェラール
特別職 ミシェル
特別職 テオファヌ
くそ、やられた……だが待てよ?
「特別職、とは……?」
「トクベツにエライのだ!」
ジェラールが、なぜかふんぞり返っていた。
「貴族の私にふさわしい役職だな!」
あー、うん。そだねー。
ミシェルという、3年前に入った女性も、「月に魅入られた子」だそうな。彼女の場合は、急に眠気が襲ってくるらしい。
そして、副工場長だったお父さんの息子のテオ君がいる、と。
オジさんはアゴをさすった。
「ガイ君、納得してくれた~?」
「――ええ、非常に」
食わせ者だよ、あんた。
会議しやすいようにロの字型に机を並び替えるや、さっそくマケール工場長が切り出した。
「では、今の時点でA-5を捨てることに反対の方は、挙手をお願いします」
いきなり決を採られた。もちろん全員手を挙げる。とことんアウェーだな。
――いや待て、1人挙げていない。
「テオ? ほらほら、お前も聞かれてるよ」
「……」
テオ君は、一心不乱に魚の骨を取り除いている。
ジェラールが指で机を叩いた。
「いつまでご子息は食事しているのだね? サッと手を挙げるダケだろう。トゥーサン氏よ、早く言い聞かせてくれ給え」
尊大だな、コイツ。
お父さんは、テオ君に優しく聞いた。
「テオは、あの機械を処分することに賛成かな? 反対かな?」
ようやく小骨を取り終わったテオ君は、満足げにうなずいた。
「テオは賛成なのです!」
ジェラールは大げさにため息をついた。
「何も分かってない」
お父さんはもう一度テオ君に聞いた。
「テオ。あの大きな機械だよ? 捨てちゃうんだよ?」
「ジャマなものはポイするのです! テオは、ゴミをきちんと捨てられるのです!」
会議に「やれやれ」といった空気が出てきたが、とんでもない。
私は立ち上がった。
「彼は、物事をスナオにとらえています。A-5という機械は、高価だったかもしれませんが、そのせいで工場がうまく回っていないのであれば、捨てるべきです」
「あたしも賛成」
お嬢様も立ち上がった。
「えっと、以前はうまいこと理論立てて言えなかったけど、つまりガイの言うとおりよ」
「やれやれ……たとえ王女様といえど、これは話になりませんな」
ジェラールは首を振ったのち隣を見た。
「どうかね、ベルトランよ」
「フン」
筋肉質なダークエルフの爺が鼻を鳴らした。
「クソ貴族と同じなのは気に食わんが、機械ってのは職人の片割れだ。しゃしゃり出てきてスグ捨てろなんぞ、聞く耳持てねえな」
「決まりだ」
ジェラールが手を叩いた。
「マケール氏よ、どうだろう。そこのご子息以外が廃棄に反対だったら、工場の総意は反対ということで」
「うぅ~ん、ジェラールさんの言うとおり、それで」
おいおい、工場長。
「じゃあ、捨てるのに反対の方は挙手を」
どうにもシンドイね……おや。
「手は10本。挙げていないのは……?」
「アタシよ、クソ貴族」
ロングの髪を紫とオレンジに染めたエルフが、尖った耳をピンと引っ張った。
「清掃班から言わせれば、あんなモン粗大ゴミよ。処分しちゃいましょ。ついでにアンタもね」




