87話目 オジさんは三枚目
「ええっ!?」
マケール工場長は、尖った耳をぷるぷる震わせた。
「う……うちの会社は、ソネの町にも大きな工場があるんです。私たちの城下町工場は、そっちよりもいい機械を入れたのが支えなんですよ?」
そんな支えはドブに捨てろ。
「マケールさん。今は、明らかにキューブの数が多すぎます。ソネの町の大工場にすらない機械? つまり、この工場では『供給過剰』なんです」
「ですが……」
「パンパカパーン! はーい、オジさんが来ちゃったよ~!」
工場の扉から、もみ上げのあるエルフが顔を出すや、作業していたエルフ一同が手を止めた。拍手する者、呆れる者など、リアクションは様々である。
「はいは~い、オジさんが、今日もまたお仕事取って来ました~。ドワーフの工房さんの所に、銀色300ねー」
少しの歓声と、多数の罵声が吹き荒れる。
『冬も近いし、赤だと思ったのになー』
『へへっ、やりぃ~』
『お前、あのオッサンと組んでねえか~?』
――ってオイ、色を賭けてたのかよ。
お嬢様が手を叩く。
「ハイハイ、みんな? 銀色300、今日中よ! 今の作業は止めて、すぐに取りかかって!」
「はい!」
やにわに作業場が慌ただしくなる。お嬢様よ、すっかり現場指揮官が板についてるな。
――っと、そうだ。C型の「やきやき君」は、セットアップが必要だったハズ。突発的な仕事ということは……。
C-3の周りを見ると、やはりそこには数名のエルフがおり、セットアップをしていた。
中でも、ひときわ大柄のエルフに、オジさんが手をこすり合わせる。
「レオンちゃ~ん。頑張って~」
「セットしたのと同じ色にしてくれれば、話はラクなんだがな」
「も~、そぉーんなコト言わずにさ~、頼むよ、レオン~」
「――仕事はこなす」
「そーこなくっちゃ!」
オジさんはレオンの肩をポンポンと叩くと、クルッと振り返って私に笑顔を見せた。
「いや~、キミがガイ君でしょ~? 王女様から話は聞いてるよ~?」
「どうも。お名前は……」
「オレの名前はオジロン。オジさんでい~よ」
ニコニコと、嬉しそうに歩み寄ってくる。
「お近づきの印に、握手しよ。ね、ね?」
「はぁ」
馴れ馴れしいオジさんだな。
私は、差し出された右手を骨の手で握った。
その途端、右手が取れる。
「なっ!」
「アギャー! なんてコトしちゃうのよ!? 手が、手が~!」
オジさんは、落ちた右手を左手で拾い、手首にキュキュッとねじ込む。
「ある」
その様子に、エルフたちは大笑い。
――とんでもないエルフジョークだな。
「あの、オジさん。この義手のネタは、どなたにでもおやりになるので?」
「ぬふふ……。オジさんのエスプリのきいた挨拶を受け入れてくれる、心の深~い相手ならね」
――くっ、イヤらしい。
オジさんは、中央にある作業椅子の1つに座ると、隣の片眼鏡エルフに話しかけた。
「よ~お、ジェラール。もとい、お貴族サマ。奥さんに魔具で連絡取ってるか~?」
「やかましいぞ、オジロン! さっさと仕事しろ!」
「ニュホホ……。はいは~い、そんじゃま今日も、張り切ってやっちゃいましょうかねぇ~」
工場長も作業椅子に座った。
「すみません、ガイさん。私も魔力込めを……」
「ええ、どうぞ」
工場長は両手でキューブを握った。
オジさんは右手が義手なので、左手だけで魔力を注ぐ。
ふと、オジさんがこっちを見た。
「あらぁ~? オジさんってば、ガイ君に注目されちゃってるぅ~?」
「ええ、他の方は両手ですから」
「うんうん、そーなのよね~。オジさん片手だから、エネルギーを注ぐのがちょびっとずつなの」
たしかに、作業効率が、他のエルフの半分ほどだ。
「大丈夫です!」
お嬢様は机を2個くっつけていた。
「あたしがその分カバーしますから!」
「おほ~、王女様ったら、頼もしぃ~」
青い光に包まれたお嬢様は、スライムの姿になると、義肢を4本伸ばしてキューブをロックした。
他のエルフの半分ほどの速さでキューブを銀色に染めていく。
「お嬢様、義肢が増えましたね」
「ふっふっふ……。あたしは成長してるのよ!」
自慢げな顔が目に浮かぶようだが、ちょっと待て。
「それって、単に足を伸ばしてるだけでは?」
「う」
図星かよ。
まあ、アイデアはよろしい。
昼前にセットアップは終わり、銀色のキューブ300個を「やきやき君」にセットし終わった。
今は、交代で作業するB班とC班以外、昼飯を食べている。
「さぁ野郎ども、残さず食いな!」
「ワシらの愛情がこもった料理じゃぞ? ひょっひょっひょ……食え」
エルフの女将と婆が作ったメシは、なぜだか威圧感がスゴい。
オジさんがニコやかに肩を叩いてきた。
「とっころで~、ガイ君」
「なんでしょう?」
「A-5を捨てるって話、教ぇて?」
よく通る声だな。
工場長とは入り口近くで話してたが……、聞いてたのか、オジさん。
すかさずエルフたちが激怒する。
「どういうことだよ!?」
「A-5を捨てる? 何言ってんだ!?」
オジさん……鬼のようなタイミングだことで。