86話目 スゴい(ジャマな)機械
私の内心を知らぬマケール工場長は、上機嫌で次の工程へと進んだ。
左へ曲がり、敵陣の飛車の辺りにくると、やはり機械がある。今度は1マス分ほどだ。
そこでは、数名のエルフが、難しい顔をしながら、装置にキューブをセットしていた。
「次はこの、『あなあけ君B-3型』で、キューブに穴を開けます」
おや。
「とすると、この隅にあるのは、穴開きキューブなんですか?」
「そうです」
道理で、多く見えていたハズだ。穴が開いてること以外は同じだものな。
「キチンと中央で穴を開けないと、後の工程でムラが出来てしまうため、熟練の人がやる大事な作業なんです」
次にマケールさんは、盤面の中央あたりで作業している、お嬢様とエルフの皆さんを示した。
「ここでは、キューブに魔力を詰めております」
つまり、人間乾電池か。
「マケールさん。質問してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「私の仕えるお嬢様は、青魔法が得意で他の色も扱えますが、そういうのは関係あるのでしょうか?」
「まったく適性がないとダメですが、少しでもおありでしたら、その色の魔力を込められますよ。スラヴェナ王女様は、茶色以外の7色に適性ありとのことで、我々も大変助かっております」
なるほど、それでダーヴィド国王はお嬢様にここを紹介したんだな。セレーナも、多様な適性があったんだろう。ドロテーは……あっても討伐隊に行ったよな、あれは。
お嬢様は、他のエルフと遜色なく、灰色キューブを紫に染める作業を頑張っていた。
そんななか、モタモタと作業している若いエルフがいる。
「彼は?」
「この春入社したテオファヌ君です。彼は『月に魅入られた子』ですが、色の適性は多彩なので、頑張ってやってもらってますよ」
「! テオはスゴいのです!」
名前を呼ばれたからか、テオファヌ君は私たちの方を向いて立ち上がった。
「テオはお仕事をガンバるのです! お役に立ててウレシイのです!」
「こらこら、テオ。座って座って」
隣の席に座っていた年配の男性が優しくなだめると、テオファヌ君はもう一度くり返したのち、しっかりと着席した。そして、何事もなかったかのように、また黙々と作業を再開する。
「すみません。工場長。息子が……」
「いえ、トゥーサンさんもご苦労様です」
マケールさんは私の方を振り返った。
「あちらのトゥーサンさんは、あの子の父親です」
ふむ。父さんだけにか。
「『月に魅入られた子』は魔力が多いのですが、月の狂気をも宿してしまいがちだとかで……。あ、でも彼は大丈夫ですよ。みんなに好かれてますし、立派ないい子です」
「そのようですね」
私は強くうなずいた。先ほどの反応にも、みんなの様子が温かかったからだ。
こういった所で、職場環境は如実に出る。
「魔力を込め終わったら、粘土でフタをします」
ふむふむ。
マケールさんは、自陣の角行のあたりにある機械の前にやってきた。
「最後は、この『やきやき君C-3型』で、魔力の充填されたキューブをしっかりと焼き付けます。これで完了ですね」
「色によって焼き付ける温度に差はありますか?」
「ええ、ございます。火力キューブが一番高くて、水力キューブが一番低いですね。それぞれの色でセットアップが必要です」
「それは、どのぐらいの時間が掛かりますか?」
「だいたい1時間ぐらいですね」
ふむ。これで手順は出揃ったようだな。
A-5でキューブを作る。
キューブをB-3にセットする。(熟練工の作業)
B-3でキューブに穴を開ける。
お嬢様とエルフの皆さんでそこに魔力をこめる。
フタをする。
C-3の段取りをする。(約1時間)
C-3でキューブを焼き付ける。
完成。
――ん?
「A-3という機械……、もしかして、ございますか?」
「え? はい、『かためる君A-3型』ですね。おととしまでは使ってましたよ」
やはりあったのか。
「あれは、300個を作るのに、A-5の半分の時間も掛かるんです。いやー、大変でしたよ」
「今、どちらにあります?」
「ああ、あそこの隅です」
マケールさんが指さしたのは、敵陣の向かって右奥、角行の斜め後ろにある香車の位置だった。
そこにはたしかに、青いシートをかぶせられた、1マス分の物がある。
「マケールさん。あの機械は動きますか?」
「ん~、どうでしょうねぇ……。多分動くとは思いますが……」
「――捨てましょう」
「あー、ですよねえ、ガイさん。あれを捨てればスペースが空きますし……」
「いいえ、マケールさん。――違います」
頭を振った私は、敵陣の王の位置を指差した。
「捨てるのは、A-5の方です」