83話目 オモチャの剣は折れない
狼といえば、今回の件でただ1人、損をした人のもとを私は訪ねた。
「何の用じゃ、骨」
「ご挨拶にお伺いにと」
「ワシにはもう、何の力もないぞ」
バウティスタ爺さんは、弱々しく笑った。
「先日は、ミーケ王女様の誕生日じゃったか。――早いのお、もう11才になったか」
「ええ」
バウバウ爺さんは、キセルの煙をくゆらせた。
「本当はのぉ……。ワシの娘がダーヴィド国王に嫁ぐ予定だったんじゃよ」
――なるほどな。
英雄の娘と国王の結婚。ありえる話だ。
「なぜ、それが変わったのです?」
「ワシが激怒して破談にしたのじゃ」
「どうしてですか」
「だって、そうじゃろ? 第4王妃とは、獣人をバカにしとるのか? ワシの娘をそんなに軽んじるとは、ナメくさりおって」
「それで、お断りされたと」
「ああ。そしたらダーヴィドの奴、国外から獣人を呼び寄せおったのよ。マルヨレインとかいう猫女をな。あそこからじゃ、ギクシャクしだしたのは」
縁側に座っていた爺さんは、キセルの灰を捨てると、足で土を掛けた。
「何にせよ、終わったことじゃ。バカなジジイが暴走して、犬人派の立場を悪くした。それだけじゃよ」
「――卑下することはないですよ」
私は隣に座った。
「あなたがイェーディルでモンスターの大侵攻を食い止めた話は、よくお聞きしました」
「しつこかったじゃろ」
「ええ、少し」
「コヤツめ」
バウバウは笑った。
「年を食うたびに、ワシの思うようにならんことが増えおってのぉ。最初は、ダーヴィド国王やマルヨレインのことも、『失敗しろ』とか思うとったわ。――アホゥ丸出しじゃな、あやつらが失敗したら、娘や孫が苦労するというのに」
バウバウは白髪をかいた。
「聞いたぞ、骨よ。お前の所の王女様に、犬人派は乗り換えるそうじゃな?」
「はい」
「ワシには出来ん手じゃ。猫に追い出されてスライムの下につくなど……あー、これは1人のジジイのたわごとじゃからな、犬人派とは関係ないぞ」
「大丈夫です。骨に耳はございませんゆえ」
私はうなずいた。
「あなたがモンスターから人々を守ったから、今があるんです。今度はその方々が、みんなを守るために頑張っているだけなのですよ」
「フン。――口がうまいな、このガイコツは」
「ありがとうございます」
「皮肉じゃ、クソたわけ」
私は笑った。
「ワシはオイボレじゃろ? 適当にボヤきながら、孫を眺めて余生を暮らすわい」
ウワサをすれば黒い影。ちょうどそこに、孫たちがやってきた。
「じいじー」
「ガイからー」
「もらったー」
3人とも、スポーツチャンバラのような刀を持っている。
「遊んでー、じいじー」
「ふぉっふぉっふぉっ……じいじは重い物を持つと腰にくるでのぉ……うん?」
手にして気付いたらしい。
屋台のビニール剣は軽い。これなら負担も少ないだろう。
「バウティスタさん。あなたにはまだ、出来ることがございますよ?」
「ガイ、お主……」
「子供向けのチャンバラ教室など、いかがですか? 腰に無理のない範囲で」
「――ジジイ使いの荒い骨じゃな」
「英雄が、未来の英雄を育てるのです。彼らにも、得られるものは多いと思いますよ?」
「ほざけ」
バウバウは、しかし、嬉しそうにオモチャの剣を振っていた。