82話目 狼 vs 香辛料
狼の窃盗犯は、翌日捕まった。
名前はイサンドロ。なんというか、高価な相続品を盗みそうな名前である。
「チクショー! お前かよ!」
顔を見るなり盗人に吠えられた。――いや、誰だよ。
「武道大会の一回戦で反則負けしてただろ!」
あー、あのときの狼か。
どうやって城に入った?
「城内の衛兵募集に雇われて、マジメにやろうと思ってたんだよ! そしたら、町でローブ姿の女に酒を飲もうって誘われて、気がついたら盗みの約束を……」
はいはい、しっかり働くハズが、盗みを働くことになったと。
フツーの人間が、ちょっとそそのかされたダケで悪事に手を染めるハズもない。それまでも、ずいぶんと不真面目な仕事をやってたんだろうな。
国王が質問した。
「女の顔は見てるかい?」
「フ、フードを目深にかぶってましたので……見てません」
ふむ、ビビってるな。真実か。相手がうまく隠してたんだろう。
「どうする、ガイ君? 囮に使うかい?」
「ありがたい申し出ですが、捕物がハデでしたので、コイツへの接触はないでしょう」
「分かった。じゃあ逮捕だね」
「そんな~」
人のものを盗む奴は悪い。ましてやカレーの元になる香辛料となれば。
「オレ、そんな物盗んでないですよ!? 屋台の小物類しかなかったんだ!」
あー、スマン。香辛料はお城の食物庫で預かってもらってた。国王直々に【防腐処理】の魔法をかけてもらってな。
それでも盗んだらスゴ腕の認定をしてやったが、貼り紙もしてあったんだよ。「国王の【防腐処理】が効いております。【警報】と【追跡】もございますので、盗む方は覚悟して下さい」とな。それで盗む胆力のある輩は間違いなくスゴ腕だ。たとえスグ捕まってもな。
あ、狼が盗んだ小物に吹き戻しが入っていたので、国王はそれを【追跡】した。そしたらコイツの荷物置き場にあったので、捕物騒ぎとなったのだ。
さて、犯人も捕まったことだし、盛大な茶番劇をするかね。
スラヴェナお嬢様は、お城の中庭でマルちゃんと鉢合わせた。
「マルヨレイン様? 私のお付きのガイが、盗みの被害に遭ったのですが」
「あらあら、それは災難だったザマスねえ」
悪役令嬢と獣人派のトップが、ガッチリと睨み合う。
「アタクシが聞いた所では、犯人は狼だったはずザマス。犬人派が、カレー欲しさに仕掛けたんじゃないザマスか?」
「お生憎様。犬人派がわざわざ自分の派閥を使うかしら? 猫さんが仕掛けたのではなくって?」
城内で気付いた人は、2人の様子に戦々恐々だ。
「それに、わたくしは犬人派から要望を聞いてますの。独立したいと」
「なんザマス!?」
そこで、私がラファエルを伴って登場する。
「スラヴェナお嬢様。お言いつけ通りに」
「よくやったわ、ガイ」
マルちゃんは、目を見開いて指をプルプルしている。
「何をしているザマス!? アータは犬人派の新代表! どういうつもりザマス!?」
「いつまでも2番手に甘んじる気はないという事ですよ、マルヨレイン様」
ラファエルさんも演技派だ。
「うまい話は全て猫人派で、我らには残りカスばかり。――最近は、カレーとダイエット店のマッチポンプとまで揶揄されてました。その上、盗みの言い掛かりをされては、ガマンの限界です」
「なっ! アータ達、まさか!?」
ラファエルさんは、お嬢様に向かってヒザをついた。
「我ら犬人派は、スラヴェナ王女様を支持いたします」
「歓迎するわ、ラファエル代表」
盛大な茶番だな。
見物人はハラハラしてるだろうが、演者たちは笑いが止まらんよ。ははは。
「ガイ、あなた怖い! あたし、稀代の悪女になってない!?」
「何をおっしゃいますやら。犬人派を見事に味方へと引き入れましたよ?」
「やり口が怖いわよ!」
お部屋のお嬢様は小市民だね。
「あたしもね、みんなに反発されて切り崩すってのなら分かるわ? でも、みんなに望まれてとか、怖すぎ!」
「勢力がないのですから、敵を作ってはオシマイです。みんなに乞われて派閥を立ち上げるのは、むしろ当然のことですよ」
「あたし、あなたのコマになってない?」
「気のせいです」
あくまでも大将はお嬢様だからな。私は手足に過ぎん。
あと、他派閥にとっても、獣人派は多かったからな。仲違いしたと見せてお嬢様の派閥を形成すれば、マルちゃんの勢力が弱体化したと見えるだろう。
それもこれも、狼が盗みに入ってくれたおかげである。ありがとう、コソドロ狼。名前は忘れたけど。




