81話目 まるで将棋だな
ミーケのお誕生日会は、つつがなく進んでいった。
食事は立食バイキングで、使い捨ての小さな紙食器に一口サイズのケーキなどを次々取っていく形式だ。
もちろん、話題のカレーも用意されている。ルーは甘口、辛口の2種類があって、近くには【消臭】の魔具が置いてあった。なんともモッタイナイ話だが、衣装への匂い移りを気にする紳士淑女もいるのだとか。そういう事情ならばやむを得まい。
獣人は子供連れで来ているし、貴族ばかりだったお嬢様のデビュー戦とは全然違う。正直、大きなホームパーティーという気分だ。ゆっくり楽しむとしよう。
「ウソよ、ガイ。あなた、ダイエットの売り込みをメチャクチャやってたじゃない」
すでに会員になってるセレブさんへの挨拶がてらな。陛下の「ヤセました?」ワザも使わせてもらってるし。「もー、お上手なんだからー」と言いつつ、とても嬉しそうだ。
これは使えるな。脳にインプットしておこう。無いけど。
その時、国王のもとへ衛兵が近寄って何事か話した。すぐに国王が緊張の面持ちに変わる。
「ガイ君」
「なんでしょう」
「先ほど、屋敷の前にこんなビラが撒かれていたそうだ」
「はぁ」
なぜ、マルちゃんに言わず、私に?
陛下から紙を受け取ると、理由が分かった。
“獣人にすり寄るガイコツよ、
お前の部屋にある香辛料を
残らずもらい受ける。
怪盗・一匹オオカミ”
――なっ。
私は頭蓋骨を押さえた。
「ははは……あはははは……」
もはや笑うしかない。
最初は対マルちゃん用、のちにカレーの香辛料の供給が絶えると困ると思って確保しておいた物だった。
まさか、それを狙ってくるとは。
ビラは1枚ではなかったようで、来客も続々と把握し始めていた。
『ガイコツが、カレーとダイエット店の暗躍をしていたとか……』
『盗みは良くないですが……』
『飼い慣らしていたハズの狼に、見事に噛まれましたな』
何をうまいこと言っている。
しかし、これはマズイ。
「わ、私の供給能力に、いささかの問題はございませぬ。香辛料も、別の場所に移してございます」
舞台を借りて、慌てて告げたが、かえって焦ったように見えていることだろう。
これを仕組んだ奴は、盗みの成否など、どうでも良いのだ。
猫人派と犬人派、そしてスラヴェナ王女のお付きである私。
いずれの陣営をも疑心暗鬼にさせ、仲違いに追い込もうとする、焦点の一手である。
――まるで将棋だな。たった一手で、全ての形勢がアンチ獣人派の思い通りになってしまった。
見ると、マルちゃんもラファエルさんも、私から距離を置いている。牽制しているように見えなくもない。
「ニャ……ガイ、元気出すニャ」
今日の主役に心配されたよ。
「ミーケ様は、清い心でいて下さいね」
「大丈夫ニャ」
猫は癒やしである。
途中で大ハプニングがあったものの、パーティー自体は成功に終わった。
残るは敗戦処理である。
私とマルちゃんとラファエルさんは、誕生会の終了後、夜遅くに再び集まった。ミーケはおネムの時間である。
「誰がやったんでしょうねえ」
「あ、アタクシじゃないザマス」
「ボクたち犬人派でもないですよ」
三者は警戒しあったのち、申し合わせたように笑い出した。
「ガイちゃん、本当にあなたが仕組んだんじゃないザマスか?」
「いいえ、偶然です」
「ボクも驚きましたよ。まさか、ガイさんがおっしゃるように、盗もうとする輩が出るなんて」
「ええ、私もビックリです」
まさか、本当に盗みを企むアホが出るとは。
可能性を低く見積もっていたが、ここは日本じゃないからな。窃盗へのハードルが低かったか。
マルちゃんは、犬人派にも稼いでもらおうとしていたが、ヨソから見れば全て獣人派だ。獣人ばかり儲けやがってと妬む輩が出てくるのも、ムリはない。
しかし、スマンな。あまりに出来過ぎのタイミングで、思わず笑ってしまったよ。
「では、アタクシと犬人派さんたちで、予定通りケンカするザマス」
「そしてボクらは追い出された結果、スラヴェナ王女様に鞍替えすると」
「スラヴェナお嬢様は、マルヨレイン様が仕掛けたのではと疑ったフリをして、犬人派と組む、という訳ですね」
マルちゃんは自陣営から反発しがちだった犬人派を追い出し、なおかつ獣人派としての勢力を広げられる。
ラファエルさんが代表となった犬人派は、ついに自分たちが筆頭の陣営を持つことが出来る。
そしてお嬢様は、城内に自分の味方を持てる。
3方とも得しかない。これを、敵がやってきたから仕方なく対処した、というフリをして行えるのだ。そりゃあ笑いもするだろう。
たった一手で形勢が変わる。
いかなる妙手を指そうとも、相手に逆用されたら、世紀の悪手に早変わり。まったく、じつに将棋だな。