78話目 真に恐れるべきは、有能な敵ではなく無能な味方である
カレーに引き続き、エアロビクス店もまた、セレブの皆様に好評であった。
「ふぉっふぉふぉ、いやあ、ガイ殿ならやってくれると思うとったわい!」
バウバウ爺よ、お前の首も回してやろうか。手品のタネ抜きで。
あと、セレブのご婦人方に、レッスン後どの辺が良かったか、あるいは改善点はなど、それとなく聞いて回ると。
「講師のパブロ先生、いいわね~」
「ね~、優しそうな笑顔がステキだわ」
「あら~、ウルバーノ君もいいわよ~?」
「ワイルドなコよね。ヤンチャっぽいのがまた、そそるのよね~」
「ね~。ウル君の腹筋とか腕とか、さわらせてもらっちゃったわ♪ 剣術やってるとスゴいのね、カチカチなの」
「あぁん、うらやましい~。ワタシも今度、さわらせてもらうわ~」
――講師がアイドル化している。
完全に予想外だったが、レッスンに来てくれる皆様のやる気が維持できるのなら、体にムリなくヤセる仕組みを作れるので、よしとしよう。
「あ」
でも一応、クギは刺しとくか。
私は講師陣を集めた。
「当店は、あくまでダイエットを目的とした健全なお店です。なので、『お客様との恋愛禁止』を掲げておきます」
もし迫られた場合、これを盾にしろということだ。
「なお、道ならぬ道に踏み込んだ場合のフォローは致しかねますので、くれぐれも自己責任でお願いしますよ?」
ようするに、「そうなったらクビね」ってことだ。
現在の顧客はセレブだからな。滑り出しは上々だが、スキャンダルなど出たら店が吹っ飛ぶ。浮気、不倫……ドロ沼だ。あークソ、イヤなことを思い出した。
イヤなことと言えば、もうひとつ、キッチリしておくかね。
私は、犬人派会議のメンバーに接触して、雷ジジイことバウティスタについての話を聞いた。
「昔はスゴかったんですよ」
クマ耳の女性が答えてくれた。
「モンスターの群れに飛び込んでいっては、神速の太刀でバッタバッタと切り捨てて」
「ですが、腰をやられてからはね……」
キツネ耳の男性が銀髪をかいた。
「ご自分が思うように動けないのがもどかしいんでしょう。その結果が……ご覧の通りです」
ああ、口はよく動いてたよ。
中にいる人たちが一番分かっているよな。あのジイさんはすでに邪魔者だ。
しかし、実績はスゴいのだ。困ったことに。
選手として強いからといって、コーチや会長としての手腕にも優れているかといえば、これは別物である。
「しばらくは良かったんですが……いつまでも、その事を持ち出されましてもね……」
世界情勢は変わる。人も変わる。
あのジイさんは、変わらない。
「犬人派の皆様。――そろそろ、『お疲れ様でした』と言ってあげてもいいのではないでしょうか」
引導を渡してやろう。それが慈悲だ。
「ならん!! キサマら、ワシを亡き者にする気か!」
ジジイは劣化……いや、烈火のごとく怒り狂った。
「そもそもキサマらも、純粋な犬人派ではないじゃろう! ジャッカル、コヨーテはまだしも、キツネ、クマ、そっちはレッサーパンダじゃと!? フザけるな!」
――おっと。空気が今、モノスゴく冷えたぞ。
「ワシら純粋犬人が死ぬ気で守ったんじゃぞ!? お情けで受け入れてやった恩がコレか!? よくもまあヌケヌケと……!」
「お言葉ですが」
私がカットした。
「少々、興奮されているご様子なので、一度この場はお開きにしましょう。落ち着いてから、後日ということで……」
「フン! やめんからな! どうしてもと言うならワシを殺せー!! 殺してみいー!」
マジでするぞ、クソジジイ。
娘さんが、「すみません、皆様」と頭をペコペコ下げていたのが印象的だった。
翌日。
またシンドイ会議が始まるのかと思ったら、来たのは娘さんだけだった。
「父が……代表の座を明け渡すと」
おっと。非常に意外だ。
キツネさんが尋ねた。
「バウティスタさんに、どういった心境の変化が?」
「分かりません。ただ……昨晩は、ガー君、マー君、オー君がカレーを食べに行きたいというので、父と一緒にお店で並んだんですね。そのとき、子供達はお友達のことをよく話しておりまして。猫人の子もいれば、竜人や魚人、あるいはエルフや爬虫人の子も。――それを、父は嬉しそうに聞いておりました」
ふむ。
「カレーを食べたときも、『辛い。――じゃが、複雑な味わいじゃな』と。あとは、子供達の聞き役でしたね」
――ああ、そうか。
本人も、内心では分かっていたのか。
それを自分で言いに来られないあたり、まだまだだがね。
暫定的な代表として、キツネのラファエルさんが就任した。
「ではまず、バウティスタさんの今までの功績を讃え、勲章をお渡ししたいと思うのですが、これに賛同される方は挙手を」
全員が手を挙げていた。
その後、エアロビクス店の話に移る。
セレブの中から、「こんな講師さんになれるのなら」と、ご子息を剣の道場に通わす人が出てきたらしい。ふむ、そんな効果もあったとはな。
世の中は変わる。
ジイさんよ。これからは、次の時代を生きる者に任せればいいさ。