77話目 トップの度量
そこからは、一気にダイエット店の話が動いた。
もちろん、お嬢様に私がやったような、1人1人につきっきりでヤセる指導をしていては、お金が跳ね上がってしまう。
そこで思い出したのが、エアロビだ。
音楽に合わせてリズムよく体を動かす仕組み。あれなら、多人数を一度に受け持つことができる。
インストラクターは、礼節も元気もあるという、犬人派の好青年たちに担当させることにした。あとは、指導の仕方を私がレクチャーすればいい。
「まず、大切なのは、相手が初心者さんということです。なので、走ったり、跳ねたりという激しい動作は厳禁ですね。着地のさい、ヒザを少しずつ痛めてしまい、疲労骨折の原因になりますので」
「なるほど」
部活時代に、ヒザを壊した先輩がいた。あれはツラそうだったな。
「では、足を前に上げて下さい……ああ、すみません。上がりすぎです」
参加者の大半が、ハイキックはムリだろう。
「インストラクターというのは、動きを見せて、楽しく実践してもらうのが仕事です。太ももを上げるさいは、地面と水平ぐらいが上限でしょう」
「はい」
「あとは、笑顔ですね。そして元気よく。ストレッチから始まり、基本のステップと動作を行い、そしてまたストレッチでクールダウンです。休憩はこまめに摂りましょう」
「分かりました!」
あとは宣伝だが、これも抜かりはない。
「カレーを売り出すザマス~!!」
大々的に売り出され、たちまち大盛況となったマルヨレイン様のカレー店。
実はマルちゃんは、これの他に、こっそりとVIP店も運営していた。
「セレブは特別感が大事ザマスからね。庶民と同じ物が食べたいと思っても、実際に庶民の店に行って食べるのはためらってしまう、そんなセレブは大勢いるザマス」
「それでVIP店ですか」
「ザマス」
高級店街に、猫のシルエットの金属細工が掛かった会員制の料理店。正直、食べられる品は一緒なのだが、調度品とウェイターの対応が圧倒的に違う。また、並ばずに食べられるのもポイントが高いのだろう。
今もまた、2人組のふくよかな淑女が入ってきた。
「ちまたで有名なアレ、食べてみたいわね」
「ですわねぇ」
「かしこまりました」
優雅に奥へ引っ込むと、淑女たちはお喋りに花を咲かせていた。
しばらくしたのち、カレーが運ばれてくる。
「はぁ~、いい匂いですわねぇ」
「このスパイスの混じり具合が独特で、食べる前から期待が高まりますわ」
ご婦人がたは、大満足でカレーを食べ進めていった。
食事終わりの談笑を見計らい、マルちゃんと私は顔を出す。
「ようこそ、いらしてくれたザマス~」
「あらあら、オーナー自らお出迎えだなんて」
「光栄ですわ~」
「オホホ……。実はカレーのアイデアは、こちらのガイちゃんから提供されたのザマスよ?」
「んまぁ~」
口々にほめそやしてくれるので、頭を下げておく。
「実はガイちゃんは、健康的なシェイプアップ店も新規にオープンさせるとのことザマス。その最初の会員を募集中ザマスの」
私はさりげなく紙を1枚ずつ渡した。手触りの良い質感のものを選んでいる。
「ご婦人様がた、素敵な講師によるレッスンでございます。決してハードな運動ではなく、楽しく始められるようになっておりますよ」
「あら、ヤセられるのかしら?」
「ザマス」
マルちゃんは口の横に手を当てた。
「ここだけの話ザマスが、スラヴェナ王女をヤセさせたのも、ガイちゃんの力が大きいザマス」
「まあ……」
おっと、紙を見る目が真剣になったぞ。
「ガイさんですか。日時はどのようになってますの?」
「はい。現在は2パターン用意してございまして……」
説明後、2人はお試しコースを1度受けることになった。
「イェーディルの上流階級は、心地よい場所かどうかが重要ザマス」
「なるほど」
「極端に言えば、効果がほどほどでも、居心地が良ければ通うザマスし、効果が優れていても居心地がそんなに良くなければリピーターにはならないザマス」
「アドバイス、ありがとうございます」
私は、ふと気になっていたことを聞いてみた。
「マルヨレイン様。そこまで分かっていらっしゃるならば、このダイエット店も運営できたのでは?」
「ガイちゃんが持ってきたお話ザマスから、やりたい気持ちはあったザマスよ? でも現状は、カレーに全力というのが1つ。もう1つは……、儲けすぎると良くないザマス」
おや。
「それで、犬人派に譲ろうと?」
「トップの度量ザマス」
なるほど。
ダイエット店の価値を知らないのではなく、知っていた上で渡したと。
姿こそユルいが、芯は一本通っているな。
「アタクシたちが利益の多い方を取るのは、食い扶持も多いからザマス。犬人派はいま猫人派の半分ぐらいザマショ? なら、カネにならない方。半分で上等ザマス」
あー。
「アタクシが直接差配してもいいザマスが、彼らのメンツもあるザマス。こうやって反目してる方が受け取りやすいザマスよ」
これは、バウバウとは役者が違うな。




