70話目 あの日食べたメシの名前をデブ猫はまだ知らない。
「く、苦しい、ザマス……」
「お母様ー!」
「で、でも、止まらないザマス……」
料理勝負3日目。
デブ猫は、娘のミーケの制止を振り払って、5杯目のカレーを食べていた。
「ああ……熱くて辛くて濃厚ザマス……!」
おお、喜んでもらって光栄だ。
大抵のことには穏やかな心を見せる日本人だが、食に関しては激しい怒りを露わにする。
そんな国で、絶えず磨かれ続けてきたカレーだぞ?
それを私は……山ほど食ってきた。
今出しているのは、私が納得した味である。
お前がどれだけこの世界の美味を食らったか、そんな事はどうでも良い。
私が「美味い」と言って食ってきた料理の味には、到底及ばない。
「マルヨレイン様」
私は、猫なで声で言ってやった。
「ドリンクですが、私の調合したこの飲み物をどうぞ」
「しゅ、しゅわしゅわしてるザマス……」
「コーラ、と言います」
本当にキツくなってきたようなので、スティック状にジャガイモを切って揚げて、そこに塩をふりかけて進呈する。
「さあ、こちらも出来ました。ポテトはいかがですか?」
「あああああ! た、食べたいザマス! ガイ、あーた、このタイミングで!? あーっ、絶対オイシイに決まってるザマス! ミーケちゃん、放すザマス!」
「ダメだニャー! お母様のお腹は、もうパンパンだニャー!」
それは元からだ。
もはや、勝負ですらない。ただの蹂躙であった。
私が出したのは、カレーである。
2日目は「カレー(2日目)」で、3日目は「カレー(3日目)」だ。
素晴らしい飲み物だが、一応普通の飲み物も用意した。初日は水、2日目はラッシー、そして3日目はコーラである。合間にピザやラクレットを、「しあわせ」なタイミングで出してやったら、デブ猫は悶絶しそうなほど喜んでくれた。
カルダモンを市場で見つけたときから、カレーはやってみたかった。
全て1杯ずつをベースに、クミン、シナモン、コリアンダーはやや多め、クローブ、ローレルはやや少なめで調節する。
辛みはチリだかカイエンだかがあったのでそれを採用。お子様舌だと困るので、少々控えめで。
ああ、ターメリックは9杯でいい。サフランが探しきれなかったからな。クソ、なんたる事だ。
あとはブラックペッパーを加えて、ねっとりじっくりと煎れば、カレー粉の完成だ。
量を多く作ったのは、多少の分量のゴマかしがきくからでもある。
おかげでチト多すぎたが、マルちゃんが披露パーティーを開いてくれるというので、折角だから演出をした。
外から見られないように、銀の皿カバーをして出したのである。
「それでは皆さま、どうぞお開けください」
各々がカバーを開けると、そこには楕円形のプレートがあり、半分にだけ白米が盛られている。
「オーホホホ! ガイコツよ、勝負を投げたザマスね!?」
「お待ちください。私の魔法がまだでございます」
「はあ!? そんなたわ言を……!」
そこからのマルちゃん百面相は楽しかった。
カレールーをかけると。
「ぎゃー、なんザマス!」
ナンじゃない、ルーだ。
匂いを嗅ぐと。
「この、食欲をそそる強い匂いは……」
そして一口食うと。
「う、ま、い、ザ、マ、スーッ!!」
目と口からビームを出しそうな勢いだった。
余談だが、準備のさい、ニンニクを入れ忘れたと気づき、慌てて買いに走らせた。おぅ、青森のホワイト六片を愛していたのに、一生の不覚をやらかす所だったぞ。
隠し味にはハチミツ、そしてすりおろしたリンゴである。
「お代わりもございますよ」
そしてデブは、アホほど食った。挙げ句、私が「2日目、3日目は、さらに化けますよ?」とそそのかしたら、他の客にはもうお代わりをやらないという暴挙に出る始末。
お前、チョロいな。どこまでもミーケと親子だよ。
高価な冷蔵庫に寸胴ナベを入れて、翌日は温め直して提供。またハマる。
私はその様子を見つつ、アイスにコーヒーをかけて、アフォガードと洒落こんでいた。
いやはや、金持ちは冷蔵庫があるんだ。これで色々できるな。
そして3日目。デブ猫は完全にカレーのトリコになってしまった。異世界で猫人にウケるとか、インド人もビックリだろう。
「ガイー!! お母様が倒れたニャー!!」
「ああ、食べすぎですね」
「あと、お母様は倒れる寸前、『ヤセるから……食べたいザマス……』って言ったニャー!! お母様を許してニャー!」
おやおや、許すも許さないも、本人が私にキチンと言わないからな。つまり、まだ勝負はついてない……と思ったが、ミーケが本気で泣いてるからカンベンしておくか。
私は、ミーケの白旗を受け入れた。その直後、医療スタッフが総出でマルちゃんの介護に当たり始める。
「おそまつ」
ケンカを売るにも程があるんだよ、ミーケママ。