69話目 多い辛抱
私は、お嬢様にこれからの方針を確認した結果、翌日から作戦を開始した。
ハスキー犬のモーフィーは自宅から通うとのことなので、朝食でのお嬢様の派閥は、結局1人である。
まあ、入れ代わり立ち代わり食事をする場所であるから、相席も多い。おかげで、色んな世間話が入ってくる。
『ザ・デス、こえ〜……』
『スラヴェナ王女様がついに本性を……』
『でも正直、あの体型なら踏まれてもいいな……』
なんか変なノイズ混じってるぞ。
最初の1ヶ月は、王女を貶めるネタが流行っていた。それが、絶世の美人ネタに変わったかと思うと、昨日からはコレである。
たまに私に質問する者もいるが、「さて、お嬢様の心は、私ごときには推し量りかねます」などと煙に巻いてやればいい。
今日も数人にやったのち、食後のコーヒーを飲んでいると、騒がしい声がした。
「おーい、ガイー!」
「おやおや、ドロテー王女様。食事の場所をお間違えですよ」
「アタイは食ってきたからいいんだよ! そんな事より、ガイは獣人派に入るっつーのか!?」
ドロテーの大声で、食堂のみんなにも聞こえただろう。
お嬢様は、うまく話を伝えたらしい。
「私は、お嬢様に従うのみでございます」
「魚人へは来られませんか?」
おっと、今度はセレーナも来た。
「過去のイザコザは水に流して、好待遇でお招きいたしますわ」
「ズリィぞ、セレーナ姉! その権利はとっくにアタイがやってんだよ、初日にな!」
お前じゃない、コルネリア様だろ。
「王女様がた、申し訳ございません。私が存じているのは、あくまでマルヨレイン様の所に私が行くことと、お嬢様に獣人の護衛がついたことだけです」
2人はなおも食い下がったが、丁重にお断りしたら、やがて引き上げていった。
狼人が聞いてきた。
「ガイ……お前何者だよ」
「ただの骨ですよ」
私は、飲み終わったコーヒーカップを返却口へと持っていった。
「待っていたザマス!」
そこで仁王立ちしていたのは、40貫のデブ黒猫こと、マルヨレイン様であった。
「さっそく魔道大会で言っていた、『ヤセるノウハウ』を教えるザマス! 出来たらお抱えにして、出来なかったらクビにしてやるザマス!」
お前ら、そういう所はしっかり親子だな。
私は、お嬢様に施したダイエット法をかいつまんで話した。
「ハッ! なんザマスか、その方法は!? アタクシは、楽してヤセたかったザマス! そんな苦労をする方法など、論外ザマス!」
ああ、すでに私と同じタイプか。
「マルヨレイン様。しかし、これをすればヤセる事も出来て、その分、美味しい料理も食べられるのですよ?」
「ハーッ! アタクシが料理店を持ってると知っての暴言ザマスか?」
デブが詰め寄ってきた。
「アタクシは、世界中の絶品料理を食べてきたザマス! 中でも美味しいと思った料理は、アタクシの店に並べてやってるザマス!」
すごいな、コイツ。堂々とパクリを認めたぞ。
「美味しい料理を食べるためにヤセる? なるほど、いいお題目ザマス! そういう料理が山ほどあれば、アタクシも当然ヤセようと頑張るザマス!」
ほお。
「マルヨレイン様。そのお言葉、間違いございませんね? 美味しい料理があれば、ヤセるために頑張ると」
「アタクシは王妃ザマス! 二言はないザマス! ――もっとも!」
デブは私の肋骨を指でつついた。
「そこまで言うからには、スカスカの骨にも、それなりのものを賭けてもらうザマス! お前とお前の付いてる王女の身柄、ソックリそのままアタクシたちの陣営に取り込むザマス!」
「承知しました」
即答とは思わなかったのか、40貫は「ふひょっ?」と妙な声を上げたが、すぐに大声で笑った。
「では早速、料理を作ってみせるザマス! ウチの最高の料理人も、お前の言うことを素直に聞くザマスよ? アタクシは、『フェアー』ザマスからね!」
ようは美味いものが食いたいだけだろ。
「オーホホホ! 『ザ・デス』がアタクシの陣営に入ったザマスー!」
好き勝手言ってるな。まあ、数多の無礼は辛抱してやるよ。
それにしても……私相手に、「美味い料理」で勝負だと?
この世界の誰よりも美味いものを食って食って食いまくって、そのせいで死んだ私に、「美味い料理」を紹介しろと?
いいだろう。天国と地獄のフルコースを食らわせてやる。
その夜、お嬢様の部屋で、お互いの出来事を話し合った。
「あたしはやっぱり怖がられてたわ」
「拙者も結構キンチョーしただワン」
「なるほど」
私も、マルヨレイン様と勝負をして、負けたらみんなで軍門に下る旨を伝えた。
「えーっ!?」
「大丈夫ですよ、負けません」
「だ、だって、ガイ……マルヨレイン様は本当に何でも食べてきたグルメで……」
「お嬢様」
「――なあに?」
「食わせすぎて、倒してしまっても構わないでしょうか?」
お嬢様がツバを飲み込んだ。
「王女様? どうしましただワン?」
「やばい……。ガイが、本気だわ……」
おやおや、お嬢様は本当に、骨の鑑定士になれる。
明日からは……楽しい日々が続きそうだ。