66話目 コマからプレイヤーへ
あまりに悪役ロールがお上手だったので、すでに承知しているものだと思ったが、お嬢様は「可憐なヒロイン」を目指していたらしい。
ならば、狙いを伝えよう。
その上で、彼女が「終了」を選ぶなら、それも人生である。
「お嬢様。私はスラヴェナ様のお付きです」
「そうね、あたしを悪役令嬢にさせるぐらいのステキさよね」
「はい。決して陛下のお付きではありません。あなたのお付きです」
「ちょ……ちょっと、どうしたの」
皮肉でなく本気で返したので、お嬢様は慌てていた。
「あたしだって、ガイが嫌がらせじゃなく、何か考えがあるってことは分かるわよ? あたしだけだったら、ゴブリンの牢屋から出られなかったもの。運よく助かっても、舞踏会でぽっちゃりの姿を見られて、今日もミーケに負けてたハズだし」
お嬢様はギュッと抱きついてきた。
「本当に、感謝してもしきれないわ」
「それでは、もう満足ですか?」
「――うん、スッゴク満足」
少し、返事に間があったな。
「お嬢様。無礼を承知で言いますが、私と出会ったときのお嬢様は、価値のないコマでした」
「ハッキリ言うわね。だけど、王女って価値ぐらいは……」
「おや。ゴミとの縁談すら破談になり、それへの報復が出来なかった状態でしたよ?」
「うぐっ……」
他の3王女に婚約話はない。むろん、ウワサ話なら山ほどあるが、公式に発表されたものはない。
各陣営の王女たちは、価値が右肩上がりのため、安売りの必要がないからだ。
そんななか、国王はお嬢様の嫁ぎ先を決めた。
政治的にも、1人の親としても、あの時点のベストだったといえよう。
何せ、コマが重い。「お嬢様(50貫)」である。宝石屋の息子がゴミでなければ、十分に「幸せな結末」だったろう。
「お嬢様はここまで、生きるため、美しくなるため、強くなるために頑張ってこられました」
「ええ」
「これは、それぞれ、廃棄されそうなコマを戻し、綺麗なコマにリニューアルし、強いコマへと磨きをかけたことを意味します」
「コマ、なのね」
そうだな。
「お嬢様が望むなら、『優しい王女様』への路線変更はたやすいですよ?」
「でも……ガイは、それを選んでないのね」
「これは、悪役令嬢のルートが難しいので、そちらに向かっていただけです」
私は、指を1本立てた。
「優しい王女様をお選びになると、おそらく、陛下は山ほどある縁談話のなかで、良さそうなものをピックアップしてお嬢様にご提示されます。お嬢様は最良の方をお選びになり、晴れてめでたしめでたしですね」
「――え? お城で暮らせないの?」
「ムリでしょう。城内で暮らしやすくはなりましたが、お嬢様はコマです。優しい王女様というのは、とても優秀なコマなので重宝されますが、いかんせん、派閥がございません。結局、先伸ばしにすればするほど、お嬢様がヨソの派閥に使われて、疲労困憊するのが目に見えております」
「うーん」
「また、使えるコマになったことで、取り込もうとする勢力もワラワラ出てくるでしょう」
「うぅーん」
「お城が荒れるのを防ぐため、そして、可愛い娘の疲弊を防ぐため、陛下は縁談を持ちかけると読んでおります」
1度その方法を選んでいるからな。他の手段より圧倒的にラクだし、人道的だ。
「ねえ、ガイ。それであたしは、幸せになれると思う?」
「きちんとお選びになれば、人並み以上の幸せは確保できると愚考します」
お嬢様は、少し顔を伏せた。
「だけど、それって……お人形さんよね」
おや。
「今まであたし、散々メイワクかけて生きてきたじゃない。――ママが亡くなったあと、パパは大変だったと思うわ。あたしを見捨てた方が楽だったのは分かるもの」
そのへんは、異様に聡いんだよな。
「あたし1人だけ、責任を放棄して、お城からサヨナラとか……最低よね」
ふむ。
「ねえ。悪役令嬢を選ぶと、どうなるの?」
「人々から恐れられますね。また、どの陣営も、おいそれとコマには出来なくなります」
「魔道大会で、強さをアピールしたおかげね?」
「はい。今までは、お嬢様のコマが弱いゆえ、取り込まれずにきました。しかし、これからは違います。優しい王女様では、すぐに呑まれてしまうでしょう」
私はお嬢様の手を握った。
「……プレイヤーに、おなり下さい」
「プレイヤー?」
「はい。今、お嬢様のコマは大変お強くなられました。そのコマを、他人に操らせるのではなく、自分で動かして下さい」
――偉そうなことを言っている自覚はある。
自分は、1歩も動けなかった家畜だ。
だが……だからこそ分かる。
流されるままに生きるのは楽だ。
しかし、時折……胸を掻きむしるほどの焦燥感に駆られる。
それを諦めに変えた末路が……私だ。
「分かったわ」
お嬢様は、強くうなずいた。
「あたしはプレイヤーになる。流されるのではなく、選ぶわ。パパとママのため……ううん、民のために、悪役令嬢を選ぶ!」
その言葉が聞きたかった。
どうやら私は……今しばらく、お嬢様のお付きでいられるらしい。