65話目 お嬢様には敵わない
姉を超える妹というのは、最近のトレンドらしいな。
「あぁ……セレーナ!」
ハマチママのブリが、オロオロとうろたえて見せた。――おう、こちらが少しでも悪者に見えるようにという、ありがたい配慮だな? 60秒間しっかりお嬢様をブン殴っていたがね、お宅のハマチ。いやあ、活きが良かったよ。
お礼に、お嬢様が手ずから干物にして差し上げましたとさ。めでたしめでたしだ。
決勝は、師匠の爺さんエルフとの試合だった。
「スラヴェナや、1つ追加ルールを良いかの?」
「なんでしょうか、ブノワ様」
「お主がワシに【排水】を決めたら、その時点で勝ちで良い。ただでさえワシは……ほれ、干からびとるからのぉ」
師匠と弟子は屈託なく笑ったが、観客にとっては、試合前の挑発に映ったらしい。
『あ、あたし怖いわ……ブノワ師がやられたら、もう止められる人はいないじゃない……!』
『でも、あんなにお強かったセレーナ様が、必死で攻撃してもダメだったのよ? あの方も……』
『そもそも、今までなんで、おデブなスライムのフリをしてたのかしら……』
『誰が敵なのかを、いぶりだすためじゃない……?』
『わ、わたしは悪口なんて言ってないわよ……!』
『ザ・デス……無力さを思い知らせてから【排水】を仕掛けるなんて、血も涙もないこと……』
『あ、あなた、消されるわよ……?』
かしましいね、実にほほ笑ましい。
ここまでくれば、勝っても負けてもほぼ一緒だ。
「負けちゃったわ~!」
「お疲れ様です、お嬢様」
祝賀会が終わり、私たち2人はお嬢様の部屋へ引き上げてきた。
決勝のブノワ爺さんは、紫を使った。お嬢様が1秒間隔で【中止呪文】をするなか、そのスキマをぬうように0.9秒ぐらいで【魔力の盾】を張ったのだ。さらには、同じく0.9秒ほど準備して、【魔弾】をビシバシ当ててきた。
「ほっほっほ。王女様が魔力覚醒されたのはまことに喜ばしいことじゃが、これで紫の使用者が減っては敵わぬでな。ついワシも、気合いを入れてしもうたわい」
好々爺然とした小柄な爺さんだが、魔法を撃つときの目は猛禽類だったぞ。
「んも~う、もうちょいだったのに~」
無茶言うな。アレを倒すには、寿命を待った方が早い。あるいは物理で殴るかだ。
掟破りの直撃ち【排水】も、あっさり【魔力の盾】でしのがれたしな。というか、【中止呪文】をすり抜けられた時点で勝負はついてた。
「お嬢様。それでも準優勝です。おめでとうございます」
「――えへへ。ありがと、ガイ」
お嬢様は、マーサ様の肖像画の下に、銀の盾を飾った。
「ママ、あたしはママの娘として、頑張れたかな……?」
「マーサ様も、誇りに思っておられるはずですよ」
「でも、ママは1位だったのに、あたしは2位だったし」
お前、「予選で1勝」が目標だっただろ。
「お嬢様が、優勝を掲げていたおかげですね。だからこそ、そのための方法を考えたのです」
「ガイのおかげね」
「いえ、私は力添えをしたまでのこと。必死に頑張ったのは、スラヴェナお嬢様自身ですよ。――目標としての2位以下には首を傾げますが、優勝を目指して頑張った結果の2位は、何より尊いことです」
私は人差し指の骨を立てた。
「とくに、決勝トーナメント2回戦で、【透明】の呪文を通したこと。アレは上手かったですね。あのおかげで、セレーナ様は『何をやってもダメ』と思われましたから」
「こうした方がいいかなと思ったら、自然にやってたの。いけなかったかな?」
「素晴らしい発想でしたよ」
萎縮した状態から解放してやれば、お嬢様は持ち前の明るさで思いもよらぬアイデアを見せてくれる。
私は、その場を用意するだけで良い。
「ふふふ~、これであたしも、みんなから一目置かれるようになったわね!」
「左様でございます」
「耐えて耐えて耐えて、最後に逆転! うんうん、スゴく可憐なヒロインだったわよね~!」
「――え?」
何を言ってるんだ、お前は。
「悪役に見られているという話は……」
「そうよ、ガイ? だから、今日ので解消できたわよね!」
いや、むしろ、一層強固なものになったぞ。
――あ。
そうか……。お嬢様にキチンと伝えたことはなかったな。
あれだけ言われていれば気付くだろうと思ったが……。人って、見たいものだけを見るよな、うん。
「お嬢様、落ち着いて聞いて下さい」
「なによ、ガイ?」
「あなたは……メチャクチャ恐がられてます」
「なんでよー!?」
お前、本気で言ってるのか。
ノリの話とか、悪役を意識せずにやってたのか。スゴいな。
「だってぇ~……。あれは、ちょっとエラそうかなっていう意味で」
つまり、本人は必死に耐えてる様子が、周りから見ると圧倒的強者に見えたと。
「ウソ~? 清楚な王女様になれたと思ってたのに~。あ~あ、敵わないわ~」
そりゃこっちのセリフだ。
まったく……お前には敵わん。