63話目 見えない敵でも安心
席に戻ってきたお嬢様は、私に小声で告げた。
「勝っちゃった」
「そういうものです」
まあ、魔王様に勝たせてもらったようなものだがな。
ちなみに、実はミーケにも配慮パワーは行われていたのだが、そもそも子供を殴り飛ばすなど最低な行為なので、誰もしなかった。
かくして、結果だけが印象に残る。
『あのスパルタコとかいう大男、殴ろうとして止めてたよな』
『王女様の笑顔が怖かったんだろうよ』
『そんなに殴りたいなら、武道大会に出ろって話だぜ』
『そっちだと話にならないからこっちに出たんだろ』
『ハハッ、こっちだってご覧の有様だぜ!』
決勝トーナメントに進出したにもかかわらず、このケナされっぷりである。あわれ、タコ坊主が干しダコに。負け方って大事だな。
セレーナも、難なく勝利して戻ってきた。
「あなた、セレーナちゃんが勝ち進みましたわよ」
「そうだね。このまま行くと、どちらも勝ってほしい試合がまた起きちゃうな。嬉しい悲鳴だね」
「ですわねえ」
国王とブリジッタのやりとりに、セレーナは少し照れていた。お前、そんな顔も出来たのか。骨もビックリだよ。
かと思うと、我々の席に近づくときには、冷ややかな視線をぶつけてくる。
「スラヴェナ。魚人に脱水症状をしかけるのはおよしなさい。あまり良い感情を持たれないわよ?」
「お姉様。それは、『やるな』ということでしょうか?」
「他の方法があるなら、そちらの倒し方が好ましいというだけです」
「ならば大丈夫ですわ。わたくし、このやり方しか存じ上げませんので」
セレーナは一瞬ことばに詰まったあと、「悪役に思われますわよ」と捨てゼリフを吐いてから国王の隣に座った。
「ガイ」
「はい」
「もう思われてるっての」
「ですねえ」
セレーナの忠告のおかげで、お嬢様の闘争心に火がついた。コイの口パク様々である。
2回戦のお嬢様の敵は、魚人の女だった。
速攻で相手は【透明】の呪文を使ったが、意外にもお嬢様、これをスルー。
おいおい、どうする気だ……と思ったら、薄く伸ばした【水】を、足元からサーッと広げる。
なるほど……この戦法も披露するのか。
相手は足音を立てないよう、すり足にしているため、地面の違いに気付かない。
相手の場所だけ足型に水が凹んでいるため、どこから撃ってくるかはモロバレである。方向さえ分かれば、身をもって遮蔽も出来ないため、かえって【中止呪文】はラクだ。
フフッ……お嬢様? これなら、「骨がどこにあるかゲーム」の方が難しかったよな。
私がお嬢様のために、文字通り体を張った練習である。私が始めバラバラになっておき、「腰骨」とか、「肩甲骨」とか指定をすると、1秒以内にそこに杖を向けて【中止呪文】を撃つという訓練だ。
何らかの不具合によって、接触の【中止呪文】が出来ない場合は、光を見て消すという、本来の方法も鍛えたのである。
おかげでお嬢様は、骨の名前に異様に詳しくなった。骨ソムリエの道を順調に歩いている。
不意打ちのための【透明】戦法が、水ひとつでお嬢様のための戦法に変わってしまった。まったく、見えない敵にも安心だな。
「あっ!」
ようやく相手は気付いたらしいが、すでに相当時間は経っている。
「くそっ、ならコレよ!」
色を切り替えていたのだろう。その女は、茶色の光を集めて【飛行】を撃とうとした。しかし、それはキッチリ【中止呪文】でふせぐ。
「せ……せめてこれだけでも!」
苦し紛れの【粘土のゴーレム】だが、なぜかお嬢様はキャンセルしなかった。
いや……、「なぜか」じゃないな。確実に狙っている。
案の定、お嬢様はゴーレムに【排水】を撃った。人ではないから、フルパワーが1秒で発動だ。
「えぇっ!?」
粘土が瞬く間に砂に変わって崩れ去る。
『キャー!』
『おいおい!』
『嘘だろー……!?』
観客もどよめきが収まらない。
そんな喧騒なぞドコ吹く風のお嬢様は、アゴに手を当ててニッコリ。
「今、何かされまして?」
お前……やっぱりノリノリじゃないか。
「ニャ~……。こ、怖いニャ……」
ほら、子猫もおびえている。なでて落ち着かせよう。よしよし。
粘土のゴーレムを一撃で砂にするというパフォーマンスを披露しても、心の折れなかった相手は褒めるべきだろう。しかし、60カウントはあっさりと数え終わり、【排水】が発動した。