62話目 魔王様が見てる
さて、魔道大会の予選もダイジェストだ。
救護班のマルちゃんは、選手としての参加はしていない。
セレーナママのブリジッタは、予選3回戦で、まだ余裕だろうに降参した。
子猫のミーケも、同じく3回戦で負けていた。
「うにゃ~、やられたニャー……。でも、なんか、今までで一番みんなが優しかったニャ~」
みんなが拍手していたものな。
そもそも、実力不相応なのにシード枠を潰したから悪く見られていただけで、10才で勝ち上がるのはスゴいことである。
無用な配慮のせいで、きちんとした評価すらも蔑ろにされてきたと思えば、ミーケもまた犠牲者なのだ。
セレーナと戦った子も、惜しい所で決勝には届かなかった。
並行して色別の大会が次々と終わるなか、決勝の選手も決まっていく。
昼前に、予選を勝ち抜いた組もクジを行った。その結果、お嬢様の決勝1回戦の相手は、魚人の大男と決定した。
「ムリよ!」
控え室で、お嬢様は弱音を吐いた。
「大きな選手の『ちょっとした打撃』とか、殴りつけてくるのと変わらないんだから! 一撃でやられちゃうわ!」
「お嬢様、陛下がおっしゃったことを思い出して下さい」
「ガイこそ、予選見てた!? やっぱり杖での打撃ってあったじゃない!」
「すみません。私には目がないもので」
「こんな時でもガイコツジョークなのね!」
ああ、平常心は大切だからな。
「それと、お嬢様? 今は控え室だから聞きますが、一歩外に出たら、弱音は厳禁です。つねに笑顔を絶やさず、万能感を演出して下さい」
「な、なんでよ?」
「あなたは、『ザ・デス』を背負っているからですよ」
マーサ様の称号は絶大だったらしく、少し顔つきがシッカリした。
「全てを止める青が、怖がってしまっては台無しです。むしろ、震え上がらせる側になるおつもりで戦って下さい」
「震え上がらせる?」
「ええ。たとえばこんな感じです。『王女たるアタシに、アナタが何をおやりになろうとムダですが、まあ、おやりになれば? その結果、アナタの心が壊れるかもしれませんが、それは知ったことではありません』と」
「怖っ!」
いや、お前もノリノリの時は、これぐらいやってるからな?
「お嬢様には、今のような気概が必要なのです。相手が破れかぶれに呪文を撃つと、うっかりすり抜ける可能性もございますのでね」
「相手の方が、準備時間が短い場合とかね」
「ええ」
【中止呪文】の間隔は、お嬢様の手作業だ。つまり、1秒といっても、微妙にバラ付きがある。
相手の呪文がいつ撃たれるか分からない以上、【中止呪文】の間隔がたまたま少し空いた時に、相手の致命的な呪文が発動したら、それでジ・エンドだ。
「なので、相手の精神をガタガタにして下さい。タイミングを計ろうなどと考えさせないことです。『お嬢様には勝てない』と思わせたときこそ、真の勝ちです」
「――分かったわ。私は『ザ・デス』を受け継ぐ者、私には誰も勝てない……」
よしよし、自分に言い聞かせてくれ。
私は舞台裏の廊下を通り、王族関係者の席に戻ってきた。
「ガイ君。スラちゃんはどうだった?」
「相手のラフプレーをどうするか悩んでました」
「ははは……荒っぽい攻撃が好きな相手か……。まあ、ルールを守った範囲内なら認めないとね、うん」
国王は本当にお優しいお方だ。
決勝トーナメントでは、大した波乱もなく、下馬評どおりの選手が勝ち上がっていった。
そんな中、唯一読みきれない対戦カードがお嬢様の試合だった。
実績は皆無と言っていいが、対ミーケの完封のイメージが凄すぎたらしい。
相手の大男は、杖を握りしめ、明らかに殴る気満々だ。
対するお嬢様は、余裕の笑みを浮かべている……ように見えるが、あれは泣きそうだな。散々泣かせてきたから、よく分かる。
『始め!』
お嬢様はすぐに《二重魔法》で【排水】の準備をした。しかし敵の魚人は、杖を振りかざして速攻を掛ける。
「うらあっ! 食ら……え?」
殴ろうとした魚人の動きが、ピタリと止まった。
理由は、スタジアムの一角から放たれた、強烈な殺気だろう。
そこには魔王様がいた。
「おう、海坊主。人の娘、反則攻撃で殴る気か……? そんなに殴るのが好きなら、テメーの体に教えてやるよ……」
ボソリと怖いことをつぶやく魔王。気持ちは分かるが、ドス黒いオーラが漏れてるから。私にも心当たりがあってトラウマになるので、ぜひとも魚だけのピンポイントで頼みたい。
「あ、あわわ……」
この魔王様が見てる前では、殴る気力など消し飛んでしまったらしい。おっかなびっくりといった様子で、杖の先端をお嬢様に触れさせていた。
――ちょん。
「【麻痺】」
「【中止呪文】です」
本当に、おそるおそる触れただけ。
衝撃がないから、お嬢様もキャンセルは簡単だ。
そのあとまた、数秒ほど大男は唱える。
ちょん。
「【呪い】」
「【中止呪文】です」
60秒はあっというまに過ぎ去り、一撃必殺の【排水】が決まった。