60話目 させない、します、するんじゃない
観客の間では、ざわめきが収まらなかった。
『おい、これってもしかして……』
『ああ……。とんでもなくエゲツナイぞ……?』
おやおや、ちゃんとルールを守っているハズだがね。――ん?
「《二重魔法》……、ですわね」
セレーナが私の側に座り直してきた。
「最初に仕込んでいたのは【排水】ですか。たしか、人に撃つときは、10倍ぐらい時間がかかったハズですけれど」
「おっしゃる通りです」
「今の発動は、試合開始からおよそ1分……。スラヴェナは、人に対して6秒で発動できるのですね」
「さすが、セレーナ様は青魔法の熟練者でいらっしゃいますね」
ほめてやったらニラまれた。
「あのやり口は、人としていかがなものでしょう?」
「おや、何かお嬢様に違反でもございましたか?」
「モラルの問題ですわ」
セレーナはお嬢様を見ていた。当のお嬢様は、ミーケを抱きしめて観客席に笑いかけているが、観客らは素直に受け止めていないだろう。
「義肢を伸ばして、接触状態にして【中止呪文】を連発するなど……あれでは、何をしようと勝てないではありませんか。ミーケが可哀想ですわ」
じゃあ、今までのお嬢様も救ってやれよ。
などとは、もちろん言わない。
「なるほど、たしかにセレーナ様のような見方も出来ましょう」
口パク女に頭を下げてみせた。
「しかし、申し訳ございません。お嬢様は、少々強くなりすぎたようでして」
「はあ?」
「かくなる上は、完全なる勝利を手に入れると。それこそが、『ザ・デス』の称号にふさわしいと申しておりました」
「ザ・デス……! マーサ様……!」
同様のことは、すでに観客席でも言われ始めていた。
『ズバ抜けた洞察力で、呪文をピンポイントで消すマーサ様も怖かったが……』
『ぜ、全部消しちまうスラヴェナ様は……ヤバすぎだろ……!』
『ザ・デス2代目……』
貼られたレッテルは、意味を変えてそのまま使うと省エネになるな。
もはや誰も、ザコデブスライムの意味では用いるまい。
『それでは、エキシビションで勝利された4選手様は、どうぞ舞台中央へお集まり下さい。今よりシード枠の抽選を行います』
ああ、ここで決めるのか。武道会は、優勝者も関係なく予選スタートだったからな。
セレーナが歩いていったタイミングで、国王が私に話し掛けてきた。
「ガイ君。スラちゃんの戦法は、『作業の青』と呼ばれるものだね」
「名前があるのですか」
「うん。一定のリズムで、相手が唱えようと唱えまいと【中止呪文】を叩き込むスタイルだよ」
ふむ、作業の青……か。
『させない、します、するんじゃない』
『せやかて、そりゃないわ』
――なるほど、見事にサ行だな。
「オール・オア・ナッシング……勝つときは完勝するけど、破綻したら全てが終わる戦法だね」
そうなんだよな。見た目ほど完璧ではないんだ。
「打ち破る戦法はいくつかあるんだけど……ああ。ガイ君は、それで『お願い』に来たのかな?」
「左様でございます。いけませんでしたでしょうか?」
「ルールを『破れ』ではなく、『守れ』だからね。きちんと適用するよ」
「ありがとうございます」
この戦法、試合展開が一方的になりがちだからな。盛り上げるために「やっぱりなし」の可能性もありえた。
話の分かる国王で良かったよ。
爺さんエルフが、補助の人に押してもらって最後に舞台へと到着した。
『では、クジを引いて下さい』
爺さんが8番を引いた。準優勝の人が、王女様たちがお先にといい、セレーナがお嬢様に譲る。
「それでは、失礼します」
お嬢様は9番を引いた。
「ニャ、スラヴェナお姉ちゃん、お爺さんの隣ニャ!」
「大丈夫よ、ミーケ。決勝まで当たらないわ」
ミーケは負けたんだが、すっかりお嬢様に懐いてるらしく、離れない。王女だし、誰からも帰れと言われないんだな。
ふむ、それにしても9か。シード枠の3番目でもあるし、そもそも9が3×3だ。ラッキーだな。
どよめきが起きたので何事かと見ると、セレーナがクジを引いていた。
「16番。――戦えそうね、スラヴェナ」
「ですわね、セレーナお姉様」
ニコニコしてるが、どう見てもバチバチだよな。
ともあれ、やはりラッキーナンバーはツイてるらしい。
ハマチの干物を作れる可能性が、大幅に増えたのだから。
準優勝の人は、もちろん1番を引き、これで全シード選手の位置が確定した。