59話目 相手が何をしようと勝つ
そもそも、テレビなどない世界である。
舞踏会に加え、セレーナとコルネリア様に一回ずつ挨拶に行ったことで、「お嬢様はやせた」という情報は広く伝わった。
しかし、所詮はトド。体を偽装したこともあって、「本当は大してやせてないだろう」などという悪意も、一緒に広まった。
人は、格下に見ている者の変化は、過小に評価する。
マルヨレインとかいう40貫のデブ黒猫も、御多分に洩れず、お嬢様をムシし続けていた。
表面上は変わっていないから、ミーケも半信半疑のまま今にいたる。
それを利用した。
「う、うぅぅううそザマスー! か、かか、替え玉にも、程があるザマスー!」
どうした40貫、シメにラーメンでも頼んだか。ラーメン食うとラーメン食いたくなるよな。
「そ、そんなアカラサマなニセモノ! フザけるなザマスー!」
「ハハハ、待ちなよ、マルちゃん」
国王が、舞台へと歩いていった。
「君は舞踏会に参加してなかったからね、驚くのも無理はない。――だが、彼女は僕とマーサの娘、スラヴェナだ。僕が保証する。それでも文句があるなら、個別に来てくれ。じっくりお話ししよう」
ざわめきは、潮が引くように収まった。
「ニャ……。お、お父様が言うなら、分かったニャ。姿が変わり過ぎだけど、OKニャ」
ミーケがお嬢様をビシッと指差した。
「倒すのは変わらないニャ!」
お嬢様はニコニコしている。
すでに、精神的には勝っているな。
『両者、構えて下さい。では、始め!』
ミーケはすっかり警戒して、お嬢様から10mほど離れていた。
「【コッペリア】を呼ぶニャ!」
銀色の光を指に集めるミーケ。彼女も召喚士の力があって、人型の軽装騎士を呼び出せるらしい。
そいつのレイピアにチクチク突かれていたのが、今までの負けパターンだったそうな。
――今回は出ないがな。
お嬢様は杖の先端に青い光を集めた。
「【中止呪文】」
ミーケの呪文が一瞬で搔き消える。
「ニャ!? も、もういっぺん……ふにゃ?」
お嬢様は、指をむにゅ~っと伸ばして、小刻みに振ってみせる。
「ふるふる~、ふるふる~っと」
「ニャ~……」
しばらくボォーッと見ていたミーケは、ハッとして頭を振った。
「あ、危ないニャ。お、お姉ちゃんの、ペンみたいな指にやられる所だったニャ!」
ミーケは手を後ろに回した。
「呪文をかき消す相手は、見せなきゃOKって知ってるニャ! 【コッペリア】!」
何も出ない。
「ニャ!? おかしいニャ! 【コッペリア】が出ないニャ!」
「ミーケちゃん! シッポザマス! そのスライムが、シッポに触ってるザマス!」
「ニャニャ!?」
ふふっ、外野の口出しか。
たしかにお嬢様は、義肢を伸ばしている。
触っていれば、光が見えずとも【中止呪文】が使えるからな。
「ほぉ……。これはスゴいね」
国王が感心したような声を上げた。観客席からも、気付いたらしき声がチラホラ聞こえる。
――そう。真の恐怖はここからだ。
「ニャ? で、でも……光が見えなきゃ、お姉ちゃんにはミーがいつ呪文を使うか、分かんないハズだニャ?」
ミーケは手を後ろにしたままだが、何も起こらない。おそらく、【コッペリア】を出そうと頑張っているのだろう。
「うにゃ……。な、なんで出ないニャ……?」
どんどん弱った顔を見せるミーケ。
――このままだと、出るのは涙だけだな。
「あうぅ……おかしいニャ……」
「ああっ! わ、分かったザマス!!」
デブ黒猫が、ひときわ大声を上げた。
「ミーケちゃん! そのスライムは、1秒ごとに【中止呪文】を撃ってるザマス!」
「ニャ……?」
あーあ、言っちまった。
試合中に知ると、トラウマになるぞ?
ミーケは、シッポの先までぶるぶると震えだす。
「ま、魔法準備って、短くても1秒は掛かるニャ……。そ、そんなコトされたら……。ミーには、勝つワザがないニャ……」
魔道大会で、相手が何をしようと勝つ手段。
それは、「触ったまま、1秒ごとに【中止呪文】」だ。
「ミーケちゃん! スライムは魔力が切れるザマス! 待つザマス!」
残念、不正解。
お嬢様は魔力量が多くてな。そのうえ、《魔法熟達》という省エネの技も使えるから、問題ないんだ。
ミーケは、義肢を引き剥がそうと手で払うが、どんどん伸びてしまう。
「は……離せないニャ~!」
「大丈夫ザマス! このまま終わっても、積極性でミーケちゃんの判定勝ちザマス!」
ないない。《二重魔法》も効いてるからな……そら、発動だ。
お嬢様は、6秒の【排水】を60秒に伸ばして発動させた。
しかし、ミーケはまだ立っている。手心を加えすぎたらしい。
「あっ、ごめんなさいミーケ。今度はちゃんと、全力で撃つわね」
「ふにゃっ!?」
おいおい、トドメ刺す気か。
「お……お姉ちゃんが怖いニャ~!」
子猫は、とうとう泣き出してしまった。
「許してニャ~! ミーの負けだニャ~!」
ミーケのギブアップにより、お嬢様が決勝へのシード権を獲得した。