57話目 ダイジェスト武道大会
「だせぇ! ガイ、だっせぇ!」
「あの、ドロテー様……。あれは、本当に意識してなかっただけでして」
狼人が咆哮でシビれさせたり、竜人が空飛んだりしてたからな。ブザーがなった直後は、「相手の反則か?」と本気で思ったぞ。
「いやー、ハハハ! ガイ君でもそんなミスするんだねー」
「ほほほ。まさかガイが知らぬとは思わなかったぞえ」
陛下もコルネリア様も楽しそうだな。――あー、埋まりたい。白骨死体になりたい。
たしかに、魔道大会では武器攻撃が禁止で、武道大会は魔力禁止だと知っていたが、これはヒドイ。
まったく……。リセットの使いすぎで魔力が尽きかけたこともあるのに、なんとも迂闊だった。
さて、イヤな事件は速やかに忘れるとして。
以下は、武道大会のダイジェストだ。これは、決して私が負けたからではない。
盛り上がった試合は数多くあったが、やはり一番は、国王の決勝トーナメント1回戦だろう。
相手は、なんとジルだった。
「親父ー! カタキ取ってくれー!」
応援に熱がこもってるな、ドロテー。おお、パパも拳上げてるよ。
「始め!」
お互い剣を構えてじっとしていたが、ジルが剣を捨て、両手で構え直した。
素手での勝負というのは、今までも半数近くの試合であった。その大半が、拳を握っているボクシングスタイルだったが、鍛錬場組が戦うさいは、手を開いた柔道の構えになっていたのだ。
『おいおい……あの謎の構えで陛下に挑む気だぞ……?』
『国王は受けるのか……?』
『いや、そもそも、受けられるのか……?』
会場がドヨめくなか、国王は不敵に笑う。
「ふっ……いいだろう」
国王も剣を捨てたものだから、観客のテンションは一気に上がる。
『おおー! 国王もやるのか!』
『謎のワザを使う気だぞ!』
――ああ、この展開を予想してたのか、国王は。
エンタメを、実によく分かっている。
2人はガッチリ組み合ったあと、一進一退の激しい攻防を繰り広げた。
「覚悟ォ!」
ジルが国王の体勢を崩し、大外刈!
しかし崩しきらず、やや強引だった。
「ぬぅん!!」
そこを国王が大外返!
ズダーン!
『うおおぉー!』
『イッポン! イッポーン!』
『逆転だー!!!』
割れんばかりの国王コール。
おいおい……、まさか異世界で、ここまで柔道の試合を見るとは思わなかった。あ、下が畳じゃないから、威力は桁違いだが。
もちろん、サポート体制は万全で、ジルはきちんと魔法で治してもらっていた。事故が起きると楽しめないため、そこはキッチリしているそうな。
「親父! スゲェな!」
「ハハハ……。なーに、チョロいチョロい」
お目々をキラキラさせてるドロテーに、余裕をアピールするパパの図。
「ほほほ。ダーヴィドよ、娘の前で張り切りおってからに」
「コルちゃんも見てるしね」
「ほ、抜かしおる」
――あー、これは次の試合、負けるな。
案の定、大熱戦でスタミナを使い果たした国王は、2回戦でボロ負けした。
「親父ィ……」
「おいぃー、しょうがないだろ、ドロちゃん!? むしろ、全力以上を出した相手を褒めようよ、ね!?」
「でもなあ~……」
「っていうかさぁ! 僕、国王だよ!? 今までの相手、み~んな本気だったんだけど! オカシイよね!?」
なんという逆配慮。
まあ、国王相手に、「ヌルい試合は失礼」ってコトなんだろうな。とくに1回戦で、国王自らアレだけの試合を見せたら、アツくもなろうというものだ。
ちなみに決勝は、我らがコルネリア様と、竜人のアルノルト衛兵隊長による、二大怪獣の空中決戦であった。
コルネリア様が中盤で判定を取られ、必死に打撃を繰り出すも、そのまま時間いっぱいまで受けきられた結果、判定負けを喫していた。
「ほほほ、1対1で負けたのはこれで2人目じゃ。アルよ、妾と結婚できる権利をやろうぞ?」
「ご勘弁を。陛下に消し炭にされますゆえ」
爆笑の渦に包まれるなか、国王も苦笑いしながら手を横に振っていた。
コルネリア様の「2人目」ネタは、数字も含めて鉄板らしい。
かくして武道大会は、大熱狂のうちに幕を閉じた。
いよいよ明日は、お嬢様の出陣である。
「ねえ、ガイ~? 予選1回戦で負けちゃったの~? ぷくく」
スライムめ……的確にえぐってくるな。
お嬢様は、大人しく部屋で待機していたハズだが、情報というのはどこからでも漏れるものらしい。
「最弱スケルトン、反則負けしちゃったわね……ぷくく」
「明日の応援、やめましょうか」
「あぁ~ん、ウソウソ」
お嬢様は私に抱きつくと、頭蓋骨をよしよししてくれた。
「お疲れ様、ガイ」
「ありがとうございます」
「ガイの分まで、今度はあたしが頑張るからね」
「はい。しっかり見届けさせていただきます」
しかし、もはや先生とは呼ばれない。
――無様な負け方は、ずっと言われる、だったか?
先生……儚い称号だったな。