55話目 国王陛下の憂鬱
「それでは、お嬢様。お休みなさいませ」
一礼して部屋を後にした私は、ある御方のプライベートルームへと向かった。
「ガイギャックスです」
「ああ、今開けよう。――どうぞ」
「失礼致します」
扉を開けると、国王はソファに座ってワインを飲んでいた。立ち上がった様子もないから、今開けた方法は【開錠】の魔法だろう。
「陛下。討伐隊をダンジョンに送られたとか」
「ああ」
お嬢様と私が出会った洞窟である。
国王といえど、探査に踏み居るには、政治的に時間が掛かったらしい。
「『ゴブリン討伐隊』としての報告だが、残念ながら空振りだった。鍾乳洞にある梁から研究所に入れるという話だったが、影も形もなかったらしい」
「消えておりましたか」
「あの辺はドワーフの研究所が多くてね。位置感覚もズラされるし、魔力探査もよく妨害されているエリアなんだ」
私が見た爺はドワーフだった。身長150cm程度で筋肉質という特徴は、人間でいう「中肉中背」なみにありきたりらしい。せめて顔を見ていればと思うが、見ていたらここには居るまい。
「また、ガイ君が言ってくれた『カーマイン』という改造カラスも、使い魔の登録はなかった。その爺が行った人体実験による殺人は、無論違法だが、家宅捜査には確たる証拠がいる。――すまない、折角の情報を生かせずに」
「いえ、陛下がご無理というのであれば、誰であっても無理だったでしょう」
娘が人体実験の犠牲になっていたおそれを考えたら、最大限の打てる手を打っただろうからな。
「さて……スラヴェナの魔力覚醒についてだが」
もう1つの懸念事項だ。
「当時いなかったガイ君だからこそ、聞いてみたい。スラヴェナの測定した水晶は、すり替えられてたと思うかい?」
「その可能性は高いですね」
国王は、銀髪をくしゃりとつかんだ。
「はぁ……。恥ずかしながら、盗難だけを恐れていたよ。部屋から持ち出したら【警報】が鳴る仕組みにはしていたが」
つまり、部屋に外部からの水晶を持ち込むのはたやすかったワケだ。
粗悪な宝石で【魔化】された、ポンコツな水晶。お嬢様はそれで測定した。
当然、ポンコツな結果が出てくる。
「僕も当時は、そりゃあジックリと水晶を調べたが……測定直後に調べたことはなかった。今にして思えばね」
そう。
国王が調べたときは、本物に再度すりかえ済みだ。
凄腕のダーヴィド国王陛下だからこそ……マークはさぞかしキツかっただろう。
逆に、最初に測定してから数年経ち、すっかり心が折れたお嬢様。そのお付きが、自分の測定をするという場合……マークはめちゃくちゃ甘かった。ただそれだけだ。
――王女の一生が、台無しになりかけたがね。
「陛下。調べられた水晶を持ったまま、お嬢様に渡したことはございますか? それならば、すり替えの線は消えますが」
「――いや、なかったな。スラヴェナを即座に呼びにいったが……水晶は置いていった」
敵は、お嬢様を狙い撃ちにしたワケだ。
「手続き記録はどうされてますか?」
「1年保管だな。その後は廃棄している」
「当時の見張りを覚えておりませんか?」
「――すまない。そのときはショックが大きすぎて、他のことはまるで覚えていない」
「いえ、陛下のお心を思えば、それが自然でございましょう」
そりゃムリだよな。
「見張りだが、各派閥が均等になるよう配していたハズだ。調査をすれば、ある程度は絞れるだろうが……」
「知らぬ存ぜぬでしょうね」
魔力の量や質が変化する例は滅多にない……が、ゼロではない。
『スラヴェナお嬢様が覚醒された? なんとめでたい――! え、水晶のすり替え? いえいえ、まさかそんな、滅相もない――!』
ゴミレベルの大バカでない限り、こうなるのは目に見えている。
ウソ発見という魔法がないと聞いた私は、この件で追うのを諦め、代わりに、魔道大会のルールについていくつか質問をした。国王は魔法のエキスパートであり、しかも最終裁定者でもあるから、これは確実であろう。
「うん。ガイ君の言うとおりだね。そのルールはちょっと甘い所があったから、これからは厳密に違反を取るよ」
「ありがとうございます」
よし。これでお嬢様の必勝に、また1歩近づいた。
「ところでガイ君。僕もちょっと頼み事があるんだが」
「はい、なんでしょう?」
「ああ、構えなくていいよ。――いや、やっぱり構えるのかな?」
「はあ」
イマイチ要領を得なかったが、すぐに疑問は氷解する。
「ええっとね。僕も武道大会に出るから、ちょっと、柔道……というのかい? それを覚えようかと思って」
なるほど。
「不肖わたくしめが、お教えさせていただきます」
「ホントに? いや~、ありがとう~。あんまり無様に負けると、大変なんだよ~」
「お察しします」
「これがもう、来年までず~っと言われるから」
はいはい。
外交、軍事、内政、法律。そして、各家族への目配りに、さらには各種イベント行事への参加。
国王陛下も大変だ。