54話目 【排水】の陣
お嬢様を叩いてスッキリ……ではなく、胸を痛めた私は、翌日からは優しい指導をすることにした。
「え? 『やさしい』?」
何かギモンが?
「いえ、先生」
よろしい。
先生と呼ばれる骨。それが私。
午前中は、お嬢様のストレッチを行った。とくに指先には入念にほどこす。
「それではお嬢様。次は、人間の姿でも義肢を伸ばす練習です」
「はい、先生」
お嬢様の指先が、むにゅ~っと1mほど伸びる。
「ん~……ママには程遠いわね」
「あなたはあなたですよ。牢屋から出られずウンウン唸っていた頃に比べれば、隔世の感でございます」
「それはそうね」
スタート地点が低いと、とても褒めやすい。
続いては鍛錬場へ。トドの姿で、【魔法分析】を維持させる。
「さて、お嬢様。私は今、ボールを持っています」
「ええ」
アイハブアボール。
「ブツけます」
「だから、イヤ~!!」
ベチベチ。
お嬢様は杖を持っているが、それでボールを止められない。もっぱら頭を守るのは腕だ。
「けっこう痛いわよ、コレ!?」
「存じております」
だから投げてる。
「呪文の維持は問題ないですか?」
「それは大丈夫! 必勝の作戦だもんね!」
ふむ、やる気も維持できてるな。ならば、よし。
やはり、「絶対に勝てる作戦」というモノは、モチベーションに効いてきた。
ダイエットはウマくいき、自信にもつながった。
しかし、「魔道大会で優勝」というのは、また別物である。
「私は変わった」「何でも出来る」と、口で言うのはたやすい。
けれど、いざ実際に別の分野へ挑もうとすると、「これは違うから」とクジけてしまうのは、よくある話なのだ。――悲しいことに。
私が、最初にしつこく呪文をさぐったのは、「これならば絶対勝てる」という、必勝法を見つけるためだった。
ツラいとき、キビしいとき。
大目標である「優勝」のために、「絶対勝てる方法」があるなら、支えになる。
そのためなら、頑張れる。
狙いは、見事に当たった。
「ねえ! 優勝したら、ガイに投げていい!?」
「おやおや、また自分に投げるおつもりで?」
「あー、言ったわね!?」
実は、お嬢様が他の青魔法も使えないかどうか、一応調べてみた。
そのさい、攻撃呪文の精度というのは、手でボールを投げるのと同程度らしいと判明したのだが。
「カンタンよ! 【排水】だってすぐターゲットにできたし!」
あれは元々土木用の呪文だがな。
ともあれ、お嬢様にボールを投げさせてみた。
「へりゃ!」
ヒドいかけ声とともに、真上にボールを投げた。
かと思うと、バッチリ頭を打った。ほお、お笑いならイイ線いくぞ。
「お嬢様。あなたは投げるのではなく、投げられて下さい」
「ケチ~!」
私がサジを投げないのは、本当にエライと思う。
「でも、頑張る!」
「その意気です」
まあ、アレな子ほど可愛いというし。
むろん、必勝法は多数あるほうが強いが、極めるために、他の戦法を捨てて追い込んだと考えよう。
「――【排水】の陣」
「え、なあに?」
「なんでもございません」
会心のネタを分かち合う相手がいないのは……少し寂しいな。
大体1時間ほど汗を流したのち、昼食へ。
「運動のあとの食事はオイシかったでしょう?」
「ん、まあね」
午後は今までと同じく、3日に1度筋トレを行う。そうでない日は、やはり柔軟を行ったり、市場で人混みをかわす練習をしたりする。
また、再び鍛練場に行き、今度は骨を投げて訓練する。リセットは、ゆっくりと骨を戻すことも出来ると分かったので、スローに。これならお嬢様に危害が及ぶおそれもない。
「ウソよ! とくに指の骨とか痛いんだけど!」
ボールだけだとやっぱり慣れてしまうからな。
「ブツけるなら尺骨にして! あれ一番マシなの! あ、橈骨はダメよ! イタいから!」
お嬢様。それは骨の違いが分かる王女。
「では、上腕骨などどうですか?」
「アンタ殺すわよ!?」
物騒な王女だな。ガラも悪いし。
「誰のせいよ!」
まあ、闘争心に火がついたと、ポジティブに考えよう。
「お嬢様。敵は杖で殴りがてら、接触で魔法を撃ってきますからね。【巨大な盾】を叩き割って、魔法を撃ち込むために」
「でも、ガイ! その戦法って、ムキムキの人も使ってくるのよ? そんなのあたし、一撃で倒れちゃうんだけど!」
「大丈夫です。頑張りましょう」
「イヤ~!」
ガタガタ言うな。口に骨突っ込むぞ。
かくしてお嬢様は、長い長い骨ソムリエの道を登り始めたのだった。
「やだ~! 終わらない~!」
寝る前は【水】を出す。その逆呪文で消すのではなく、わざわざ【排水】で消す。
【水】、【排水】、【水】、【排水】。
「お嬢様? ぐっすり寝れば回復しますからね。限界まで使って、魔力も鍛えて下さい」
「ね、ねえ……ガイ……」
無視。
「せ、先生……」
「なんでしょう?」
「こ、こっちは、3日に1回とかいうルールって、ない……?」
なんだ、そんな事か。
「筋力とは違うので、毎日おやり下さい」
「ひ~、鬼~!」
だから、骨だと言うに。