52話目 母は強し
「だけど、ガイ。よく【中止呪文】とかいう魔法を知ってたわね」
「以前、お嬢様と読書タイムのとき、少しばかり読んでいたのですよ」
自分で使えなくとも、存在する以上は把握しておくのが望ましいからな。
特徴的な魔法は、ある程度インプットしておいたのだ。
お嬢様の部屋に戻り、魔道教本の【中止呪文】の項を調べ直した。
効果は、やはり「準備中の呪文を不発にする」というものである。
「うってつけの魔法ですね。これだけ撃っていれば負けません」
しかし、2つある発動条件を見ると、そうウマい話でもないことが分かってきた。
1つめ。対象の呪文が準備状態にあること。
2つめ。術者と接触状態にあるか、あるいは、対象の呪文の光が見えていること。
「え~っと……ガイ。つまり、どういうこと?」
「1つめの条件ですが、発動前のタイミングでしか不発にできない、ということです」
「――たとえば?」
「お嬢様が、【水】の準備をしている間は、別の方が【中止呪文】でかき消すことができます。しかし、一旦【水】が発動して、大きな水の塊が宙に出てしまったあとでは、その魔法効果を消すことができないのです」
覆水盆に返らず、だな。
「――うん、なんとか分かったわ」
良かった。
「2つめですが、いわば、【中止呪文】自体の発動に関する話ですね」
「えっと……、やっぱり具体的にお願い」
「かしこまりました。――お嬢様の【水】を消すためには、お嬢様に触っているか、唱えている時に出している青い光を視認している必要があるワケです」
「んー、それなら、フツウは触らないわよね? 見える範囲の方が断然広いんだし」
「そうですか? たとえば真っ暗闇だったら、触っておくことで条件を満たせますよ」
「だから、それって、呪文を撃つ気かどうかも分からないでしょ?」
おう、たしかに。――いや待て。
「【魔力視覚】で、相手が魔法を撃つタイミングは分かりますよ」
「それを使ったら、暗闇でも魔法が見えてるわよ? やっぱり触る条件って不要じゃない?」
おう、おう。
「つまりお嬢様。これはアレです。接近戦で触っていて、相手がいつのタイミングで撃つかというのは、カンで察しろということです」
「――やっぱり、光を見るわ」
「そうですね」
と思っていたが。
お嬢様の夕食時に、衝撃の事実が判明した。
「パパね、あたしの魔力覚醒をとっても喜んでくれたわ」
「それは良かったですね」
「うん。だけど、【中止呪文】の接触について聞いてみたら、ママのようには絶対ムリって思ったの」
「おや、どうだったのですか?」
「戦闘時は、義肢を伸ばしたんだって。見えないぐらいに細い義肢を、20m半径いっぱいに」
おおぅ、強制接触。そんな手があるのか。
「あたしはヘタクソだけど、ママは上手かったんだって。人型の状態でも、指の先から極細の糸をシューって伸ばす感じでね」
「お嬢様は、ご存じなかったのですか?」
「戦う姿はそんなに見なかったから。強い強いって聞くばかりでね。――大会を見ても、『な~んか勝ってる……? けど、よく分かんない……』って感じだったし」
あー、見る人にも知識がいる戦い方だったんだな。「ここでコレを撃つのか」みたいな感じで。
「それで、パパが言うには、【中止呪文】のタイミングって、やっぱりカンだったって。でも、おっそろしく精度がよくて、バシバシ決まってたって」
「お嬢様は出来ますか?」
「ムリムリ! ママ、すごすぎ! ていうか、あたし絶対ムリよ!」
うーむ。母が偉大すぎて、かえって萎縮してしまったか。
おそらく、相手の撃つタイミングまでをも、マーサ様は誘導できたんだろうな。「今は相手が焦ってるから、そろそろ攻撃呪文を撃ってくるわね。よし、【中止呪文】」、みたいに。
――うん、人間ワザじゃないな、コレは。1ヶ月でこの水準を求めるのは酷か。




