50話目 調子に乗るとすぐ痛い目を見る
「ああ~ん! あんなコト言っちゃった~! あたし、調子に乗りすぎよ~!」
――お前な。さっきほめたと思ったら、すぐコレだよ。
部屋に戻ったお嬢様は、頭を抱えていた。
「堂々とした立ち振る舞いだったじゃないですか。あとは勝つだけです」
「ムチャ言わないでよ! セレーナお姉ちゃんって、メチャクチャ強いんだから! ベスト4常連よ!?」
シードは4枠で、前回優勝者や準優勝者、話題の選手などがエキシビジョンとして最初に戦うらしい。そこで勝つと、16人の決勝トーナメントに入るという仕組みだそうな。
「ちなみにミーケは?」
「イイ線まではいくんだけど、決勝では1回も勝ったことないわね」
なら、王女対決の枠は、「配慮」がなされてるんだな。
「一方、セレーナ様は、正しくシード選手ですね。ああ、大変だ」
「余裕ね、アンタ!? あ、実はスゴい戦法とか知ってるでしょ!?」
「ズブの素人です」
ただ、勝ち方は知っている。
“相手がかわせない技を決める”
結局はコレだ。
「まず、お嬢様のスペックを確認しましょう。魔法の準備時間は、相当短いです。魔法戦においては、強烈なアドバンテージですね」
「そうなの? ちょっと速いかな、ぐらいだけど」
テンポと手数は力だよ。
「お嬢様。魔力の量はどうですか?」
「さっきの感じだと……パパやママよりは少ないかもしれないけど、でも、スゴかったわ」
ふむ、魔力量も十分、と。
「ならば、あとは魔法ですね」
「えっと……概念を知ってるだけだから、魔法を1つ覚えるだけで1日仕事になるわよ?」
つまり、少しの呪文を効率よく覚えろというワケか。
「まあ、【水】の出し入れに近い魔法なら、すぐ使えると思うけど……」
おや。
「お嬢様。それだけの【水】を消せるなら、いきなり水を消すことも出来るのでは?」
「え? ――うん、たしかに【排水】って魔法があるわ。川の氾濫のときとかに使う魔法ね。これならすぐに使えるわよ?」
よしよし。
「人には使えませんか?」
「あー……。残念だけど、生き物の体って、抵抗力がすごくあってね? ほら、あたしが、死体のゴブリンしか消化できないのと同じよ」
ああ、そういえば言ってたな。
「だから、専門の攻撃呪文じゃないと、大きく効果が減っちゃうの」
おや、ゼロじゃないのか。
試しに使ってほしい所だが、こればかりは私にかけてもらっても意味がない。なかなかに骨だな。
あれだけの大見得を切った以上、魔道訓練場にも行きたくないし、さてどうするか。
というわけで、お嬢様と私は鍛練場の方へとやってきた。
「汗臭い……」
大丈夫だ、匂いで人は死なん。だから鼻をつまむのはよせ。
あと、美の女神パワーも、この空間では効果が半減っぽいな。「おー」と言われる程度で、反応が一番軽い。
「ほほほ、これは珍しい。ガイがスラヴェナを連れてきたぞえ」
「コルネリア様、ご機嫌うるわしゅう」
ここは、戦女神様が幅を利かせているものな。――おや?
「ドロテー様は、いずこへ?」
「娘は討伐隊に参加じゃ。武道会が近ぅなって、たぎっておるらしいわ。ほほ……カワイイのぉ」
カワイイも色々あるらしい。
ドロテーママのコルネリア様は、妙に私を気に入っている。気兼ねなく破壊できるからだろうか。――だろうな、うん。
「何用じゃ、言うてみぃ」
「はい。実はお嬢様に魔力が覚醒いたしまして。来たるべき魔道大会に向けて、いくつか魔法を試したく」
「――ほほぉ。魔道訓練場ではなく、こちらに来たとはのぉ。猫に勝つつもりかえ?」
「いえ。――セレーナ様に勝とうかと」
コルネリア様は、高らかに笑った。
「ほほほ、すまぬな。本気の相手には本気で答えるのじゃが、つい、面白くて笑ってしもぅた。――ジル」
「ウス!」
コルネリア様がしょっちゅう指名している、大柄な竜人のジルヴェスターが出てきた。
「受けてやるが良い」
「ウス!」
「では、あたしが今から【排水】を撃ちますね」
「ウス!」
鍛練場の一角で、お嬢様は詠唱を始めた。
時間を掛けて【排水】が発動するや。
「むぅ!?」
ジルが、突如ヒザをついた。
お嬢様があわてて駆け寄る。
「だ……大丈夫ですか?」
「ウス! 自分は大丈夫ッス! ただし常人だと、行動不能レベルの脱水状態ッス! あざぁッス!」
打たれ強いな、この人。そういえば雰囲気がプロレスラーっぽい気も。
「あ、あたし……もしかしたら、スゴいのかも……」
そうだよ。自信を持て。
「えへへ……これさえあれば、最強……?」
あー、いや。それは違うな。
ジルが水差しの水をゴクゴク飲んでいる間、コルネリア様がお嬢様に近寄った。
「面白いのぉ。妾も相手しようぞ」
「え? で、でも、コルネリア様……。あたしの呪文、加減がまだ……」
「ほほほ、構わぬぞえ」
早速2戦目となった。
お嬢様は【排水】の詠唱を始めた。発動したら勝ちだろう。
――まあ、しないがな。
すかさずコルネリア様は、お嬢様の眼前まで詰める。
「え!?」
バチィン!
デコピン一発で勝負はついた。