49話目 宣戦布告
魔道訓練場には、20人ほどがいた。比率は、魚人が半分ぐらいで、竜人や獣人で残り半分か。
入り口の手前でお嬢様を待たせると、まずは私だけが入った。
正直、魔法が使えなかったため、入るのは初めてである。部屋の仕組みはほぼ同じだが、女性も半分ほどいるのが鍛練場との違いか。
「セレーナ様」
真っ先に、コイへと挨拶しにいった。
「舞踏会以来ですね。ご機嫌うるわしゅう」
「あら、あなたはスラヴェナのお付きの……。ようこそいらっしゃいませ」
セレーナは余裕たっぷりに笑顔を見せている。コイの悲劇など微塵も思わせない才媛っぷりだ。
「ガイさん。本日は、いかがなさいましたか?」
「はい。実は、お嬢様が青魔法を使いたいというので、許可を賜りたいと」
「あら、そのような約束など、昔の話でしょう? 別によろしいのに」
お前にとっては、そうだろうがな。
我々にとっては、ついさっきまで呪縛だったんだよ。
私は、ゆっくりと振り返ってみせた。
訓練場の入り口からは、美の女神をインストールしたお嬢様が、舞踏会のドレス姿でしずしずと歩いてくる。
「ぎょっ!」
おー、そっちも早速、コイをインストールか。やるな。
女性魔道士たちの囁きが聞こえる。
「アァ……、お美しいですわ……」
「スラヴェナ王女様、お母上にそっくりでいらして……」
「やっぱり、おウワサは本当でしたのね……」
舞踏会というのは、基本的に貴族の集まりだからな。スタッフとして参加してない一般職員も多かっただろう。
これで、確実にみんなに広まるな。
お嬢様は、ニッコリ笑った。
「セレーナお姉様」
「え、ええ……。な、なあに、スラヴェナ? 改まって」
「はい。私の魔力についてのお話ですわ。10才当時は、質、量ともに低かったため、皆様をいたく失望させてしまいました。申し訳ございません」
ゆっくりと、誠実に話すお嬢様には、一分のスキもない。
「そんななか、お姉様が『せめて魔法に携われるように』と、紫魔法をすすめて下さったご配慮には、深く痛み入ります」
「え……ええ。そうだったわね」
「――ですが、ご覧下さいませ」
スラヴェナは、青魔法を詠唱した。
一度回路をつないだため、すぐさま【水】が発動する。
「んマァ…!」
取り巻きの魔道士たちが、一斉にザワつく。
お嬢様は、特大の【水】の塊を空中に喚び出した。
「ス、スラヴェナ様の魔法って……」
「最低ランク……だったハズでしょう……?」
「ですけど、この魔力は……」
「『ザ・デス』の再来ですわ……」
無論、セレーナも口パクだ。
「あ、あぁ……」
スラヴェナは、穏やかな笑みを湛えたまま【水】を消した。
「お姉様。私、今までは適正がなかったみたいですけど、しばらく前に目覚めたみたいなのです。この感激を最初にお伝えしたくて、馳せ参じた次第ですわ」
「あ、あぁ……」
「お姉様。私の魔力が及ばぬために止めておられた青魔法の使用を、認めてくださいますか?」
セレーナを正面から否定するのではなく、立ててやることがポイントだ。
むろん、言外には、「ここで否定すると、『イジワルな姉』に見られますよ?」というメッセージも込めている。
監修? 私、ガイえもんです。
「よ、良かったわ、スラヴェナ……」
結局、セレーナは認めざるを得なかった。
「ええ……。魔力の量・質ともに申し分ないですわね。眠っていた力が覚醒したのであれば、何をためらうことがありましょう? どんどんお使いなさい。亡きマーサ様のような、それはもう、素晴らしい使い手になりますわ」
「はい、お姉様。私、頑張ります」
「わ、わたくしも……、魔道大会では、ウカウカしてられませんわね」
「いいえ。私など、まだヨチヨチ歩きのひよこも良い所。お姉様の足元にも及びませんわ」
囁き声は、いまだに続いている。
「ひよこ……?」
「とてつもない海竜でしたわよ……?」
「えぇ、それに正直、魔法力はセレーナ様より上かも……」
「シッ! いけませんわ」
「でも、ほとんど実力差は……」
ほお、セレーナのサポーターが見ても、良い感じなのか。
ならば……本気で優勝を狙うかね。
私は、発破をかける意味で「優勝」をブチ上げた。
魔法を見るに、お嬢様に実力はあると思っていたから、これで奮起してくれれば、ミーケぐらいなら倒せるかもしれない、と。
だが、考えてみれば、セレーナも魔道大会に出るのだ。
とすれば。
「私、セレーナお姉様と対戦するときが今から楽しみです。本戦では、胸を借りるつもりで頑張りますわ」
お嬢様、満面の笑み。
おー、よくやった。花丸やろう。
優雅に一礼したお嬢様は、再びしずしずと戻っていった。
「あ、あぅ……」
パクパク、パクパク。
まったく。口だけでなく、まばたきも多いね、このコイは。
「セレーナ様。お嬢様が退室したので、私も失礼させていただきます。それでは」
きびすを返した私は、速やかに訓練場をあとにした。
――見事な宣戦布告だったよ、お嬢様。