48話目 サーカスの象に、水を1杯
「お嬢様。一応聞きますが、『ご家族の中で同じ色を選んではいけない』、などという法律がございますか?」
「ないわ」
「では、問題ないですね。青魔法をやりましょう」
「ダメよ……。お姉ちゃんに、怒られるわ……」
私は首をひねった。
「解せませんね。いかなる理由です?」
「えっと……『スラヴェナは、魔力量が少ないし、適正も低いから』って言ってたわ」
「ふむ」
「『水晶のおかげで、成果の出づらいことが分かったのでしょう? 紫魔法なら、やってる人も少ないわ。きっと、あなたを活かせるんじゃないかしら』って」
「ふむ、ふむ」
なるほど、妹思いのお姉ちゃんだ……と言いたい所だが。
コイ=ハマチよ。お前の本性は、すでに知っている。
つい最近も、優しい毒でお嬢様をツブそうとしたお前のことだ。
何か、仕組んだな?
まあ、それについては後回しだ。
過去よりも、今が大事である。
私は、ベッドに腰掛けるお嬢様を見下ろした。
「お嬢様? なぜあなたは、自分をダメにするような相手の話に縛られているんです?」
「えっ」
「ダイエットのさい、あの口パク女は、あなたに何をしましたか? 甘い言葉をたらふく食わせて、あなたを50貫地獄で殺そうとしたのですよ?」
「うっ」
やせてきても、まだトラウマか。
――いや、問題ない。お嬢様は変わったんだ。
「私の指導とともに、お嬢様はダイエットを頑張りました。今も延長戦の最中ですがね」
「ええ」
「口パク女の言葉通りにやって舞踏会に出たあなたと、今のあなた。どちらが良かったですか?」
「そりゃあ……、今のほうね」
「分かりました。では、改めてお聞きします。口パクのコイは紫をすすめました。私は青をすすめました。どちらを選びますか?」
お嬢様は、ゆっくりと私を指差した。
「それが、お答えですよ」
「だ……だけどね、ガイ? 本当にあたし、大昔に【水】を出したぐらいなのよ?」
「では、今出してみてください」
「コップ1杯も出るかどうかよ? 出し方も……」
「構いません」
お嬢様は、おずおずと立ち上がって、念じ出した。
「えぇっと……。昔やっただけだから、魔力の回路を結び直すわ……」
ゆっくりと、呪文を紡いでいく。【魔力視覚】を披露したときとは雲泥の差だが、それでも、しっかりと作っていく。
お嬢様は――サーカスの象だった。
地面に刺さった棒と鎖によって繋がれた、1匹の子象。
暴れまわって逃げようとするも、非力だから逃げられない。
そして、いつしか諦めてしまう。
大人になっても、逃げられないという経験はインプットされている。
だから、逃げない。
繋いでいる棒と鎖は、今ならたやすく引きちぎれるとしても。
「【水】!」
お嬢様が詠唱した途端。
かつてのスライムボディ以上の水が、ぶわっと空中に出現した。
「あっ……!」
お嬢様が動揺したため、ゆらゆらと球体が揺れる。慌てて両手で維持をする。
「こ、こんなに……?」
出現した水の大きさに、自分でビックリしたらしい。
――どうやら、鎖はちぎれたようだな。
「さすがお嬢様。大きなコップ1杯ですね」
「ええ……。本当ね、ガイ……。本当に大きな、コップ1杯……」
お嬢様は【水】をゆるやかに消してみせたのち、笑いながら少し泣いた。
「よろしゅうございましたね、お嬢様」
私はスラヴェナお嬢様の肩を叩いた。
「それでは、セレーナ様に許可をもらいに行きましょう」
「え、えぇっ……? で、でも、もう大丈夫よ、別に……」
「いえいえ。こういう事は、キッチリ致しましょう」
そう……キッチリとな。