47話目 青の時代
翌日。
「何よ、ガイ。だらしないわねえ。急に不安がっちゃって」
「申し訳ございません。なにぶん、魔法に縁遠い生活でしたゆえ」
私は怖じ気付いたフリをして、お嬢様を測定の間まで連れてくることに成功した。
そばには、数名の見張りもいる。そりゃそうだな、高価な宝石を使った水晶というし。盗まれたら一大事だ。
「お嬢様。測定方法ですが、どのようにすれば良いのでしょう?」
「まずは肌に触れて……って、あなた肌ないわね。えーっと、手で持って、魔力を流すの」
「魔力の流し方は……?」
「んー、魔力の核を意識してみて? それをゴーッと燃やすイメージ」
アバウトだな。
「粗悪なものだと、反応が悪かったり全然出なかったりするんだけど、これは国の宝だものね。魔力があれば、すぐ出てくれるわ」
ほお。それなら、ダンジョンで漏れてたときの様子をイメージしようか。
右目の裏に置いてある魔力の核を、燃焼させるような想像力を働かせる。
「あ! 光ってきたわ」
水晶が、ぼんやりと茶色っぽく反応した。
「ガイの魔力は琥珀ね。肉体を司る茶色よ」
「おや、私に肉はないのですがねえ」
「皮肉に反応したんでしょ」
「おやおや」
すかさず返してきた。
どうやら、スライム王女は、減らした皮と肉を口から出せるらしい。
――この気力があれば大丈夫か。
私は、お嬢様に水晶を差し出した。
「お嬢様、ちょっと測定してみて下さい」
「え? そ、それはダメよ。10才のときに測り始めてから、結局1度も……」
うだうだ言うな。ほれ。
さりげなくスライムの義肢に持たせたので、拒絶は手遅れだ。
その途端。
――ぶわっ!
「うわあ!」
見張り役の衛兵たちが驚いた。私も目をみはる。
「え……? な、なに、コレ……?」
スライムお嬢様の義肢の上で、水晶は煌々とサファイアブルーに輝いた。体色よりも少し濃く、見ているだけで吸い込まれそうである。
「え……まだ、魔力を込めてないのに……?」
「お嬢様。他の7色の反応はどうですか?」
「え? えっと……」
2本の義肢で持つと、ゆるやかに撫で回す。水晶は淡い光沢をたたえつつ、ルビー、黒曜石、アメシスト、真珠、エメラルド、銀色へと変わる。そして、再び青色へ。
「ふむ。お嬢様は、琥珀以外の全色が出ましたね。とくに青は、お持ちされただけで輝くほどです」
「えっ……。ウ、ウソ……? あ、あたし……」
よろめくお嬢様。――おっと、水晶はしっかり回収しておこう。
元々あった、フカフカの座布団の上に安置して、見張りたちにお礼を言う。
「ここで見たことは、他言無用に願います」
「は、はい!」
大勢いるから、すぐバレるだろうがな。
「こ、これが……あたしの力……?」
おー、なんという、厨二ごころをくすぐるワード。
まあ私も、魔力があると分かったときは、正直うれしかったがね。
「お嬢様、戻りましょう」
呆然としていた様子のスライムお嬢様を、部屋へと連れ戻した。
青い光に包まれたお嬢様は、人間体になるや涙を流す。
「うっ、うぅ……」
「――お嬢様?」
「よ、良かった……。あたし……、あたし、本当に、パパとママの子供だったんだ……」
ああ……。
お嬢様にとっては、魔力があった嬉しさよりも、安堵のほうが大きかったのか。
無理もない。おそらく、測定直後から言われ続けただろうからな。
感情のおもむくままに、大泣きされることしばし。
「お嬢様。落ち着かれましたか?」
「うん……」
お嬢様は、ハンカチで涙を拭っていた。
さて、質問タイムだな。
「お嬢様は、ご自身で様々な呪文を試そうと思ったことはございましたか?」
「え? ううん、ないわ……。だって、あたしが何か基本呪文を使うたびに、ヒソヒソと聞こえるのよ。『あなたが呪文をやるの?』って声がね」
一事が万事それか。キツいな。
「パパは注意してくれたんだけど、今度は七光りとか言われてね……。結局、あたしが悪いって、納得したわ」
「紫魔法が得意とおっしゃった理由は……?」
「概念の勉強が多くて、魔法をそんなに使わないから選んだのよ」
正確には、選ばされた、だな。
「お嬢様。いま測定したところ、青魔法への適正がズバ抜けておりました。呪文はすぐに使えますか?」
「紫のほうで、理論だけは勉強してたから、一応……」
「それは良かった。ならば、すぐに青魔法へと転向いたしましょう」
「ダ……ダメよ」
「なぜです?」
お嬢様は、頭を押さえた。
「セ……セレーナお姉ちゃんが、やってる、から……」
――ほお。
お前か、ハマチ。