46話目 お嬢様は魔法ができない
お嬢様のトラウマを払拭しようと、子猫をあやしていたら、まさかの痛み分けとなった。
ともあれ、「ミーケに勝たせる」ミッションは成功したので、次に移るとしよう。
「お嬢様、私はまだ魔法というものに不慣れでして。たしか、8種類……でございましたか?」
「ええ、そうよ」
「それぞれ、どのような特性があるのか、ご教授願えますでしょうか」
「分かったわ」
お嬢様が、魔道教本を見せつつ、8色の特徴を説明してくれた。長かったので、以下要約。
黒は死と闇の色。この世ならざる命を表す。パパが得意。
青は水と冷静の色。ゆるやかな静寂を表す。セレーナお姉ちゃんが得意。
茶色は風と土の色。屈強な肉体を表す。ドロテーお姉ちゃんが得意。
緑は森と調和の色。荒々しき自然を表す。これもパパが得意。
紫は精神と魔力の色。見えざる精神を表す。あたしが得意。
銀は機械と技術の色。人の創り出したものを表す。ミーケが得意。
赤は炎と激情の色。とどまらぬ動きを表す。コルネリア様とパパが得意。
白は生と光の色。万物の命を表す。マルヨレイン様が得意。
――ん? いや、待て。
「お嬢様。コルネリア様はドロテーママと存じておりますが、マルヨレイン様……とは?」
「ああ、ミーケのお母さんね」
なるほど、ミーケママか。意外にみんな「ミーケ王女の母君」などと言うから、呼ばれる機会が少ないんだよな。
あ、まだ聞いてないママがいたか。
「セレーナ様の母君は……?」
「ブリジッタ様ね。あの方は全部の魔法が得意よ」
ふむふむ、セレーナママは鰤、と。――セレーナよ。お前、コイじゃなくて、実はハマチだったのか。
「でもね、ガイ? これって、相対的なものよ」
「――と、おっしゃいますと?」
「たとえば、赤はコルネリア様とパパが得意でしょ? その娘のドロテーお姉ちゃんも、やっぱり普通の人よりは断然得意なの。も~っと得意なのが茶色ってだけでね」
「なるほど」
私は、ふと聞いてみた。
「マーサ様は?」
「え?」
「マーサ様です。『ザ・デス』と呼ばれたほどの強さでしたら、魔法もさぞやお強かったのでは?」
「ママは……どれでも得意だったけど、青魔法では本当に敵無しだったわね。あまりに圧勝しちゃったもんだから、翌年からは自粛してたって聞いたわ」
「それはそれは」
「あたしが出てみてってせがんだ年に復帰して、ブランクあったのに青と総合の2冠を達成したの」
スゴいな、マーサ様。そりゃ、「ザ・デス」とか言われるよ。
「そのあとすぐ、ママは亡くなっちゃうんだけどね……」
おっと、落ち込ませたか。
なるほど、それであまり触れないのだな。悲しい思い出とセットだから。
「あたしは……魔法の力をほとんど受け継いでなくてね。やってる人の少ない紫魔法で、なんとかお茶を濁してるの」
「ダンジョンで見せた、【魔力視覚】や【魔法分析】などですか」
「そう」
私は首を傾げた。
「お嬢様は、難なく使えていたと思いますが……」
「魔力量や質を測定する水晶があるのよ。各種の宝石と水晶を【魔化】で組み合わせて作るんだけどね」
ほお。
「とすると、装飾品なだけではないのですね」
「ええ。質の良い測定器を作るには、上質の宝石を揃える必要があるの。ジェレミー貴金属が用意したものは、もちろん王国の中でもトップクラスだからね。スゴく、よく分かるの。スゴく、ね……」
あ、この流れは。
「あたしは、どれも最低ランクだったの……。魔力の高い両親から生まれたのに、どうしてこんなのがって……」
「ストップ」
すぐダメダメスパイラルに陥るからな、このスライムは。
「お嬢様。魔力ですが、成長するにつれて変化することはないのですか?」
「たまにいるらしいけど、劇的ではないわね」
「そうですか」
しかし……測定する水晶、ねえ。
なまじそんな物があるから、お嬢様は蔑まれてきたといえよう。もし無ければ、ゴマかす方法はいくらでもあっただろうから。
「あっ、そうだ。ガイもやってみる? あたしのお付きだし、申請を出したら1日で通ると思うわ」
「お嬢様は?」
「あたしは……もういいの。昔は気にしたこともあったけど、メンテだったり、やってみても変わらなかったりで、ロクなこと無かったし」
うーむ。
「では、私の測定を申請しておきます」
「ええ」
私は事務に書類を提出した。お嬢様の言うとおり、すぐに翌日のOKが出た。
――妙だな。
水晶は、出来ないと告げたらしいが。
私は、自分の見たモノと直感を信じる。
お嬢様の魔法は、ダンジョンで見たきりだった。あのあと、国王の【高速飛行】3人同時掛けを見て、「魔法はカンタンなのか」と思ったが、その後、鍛練場でたまに行われる魔法ありの戦いを見ると、その認識を改めた。
お嬢様は魔法ができない?
ご冗談でしょう?
正直、鍛練場の誰よりもスムースだった。その「誰より」の中には、ドロテーママこと、コルネリア様も含まれている。
何か……腑に落ちない。
こういうときは、再検査だ。