42話目 ザマァでございます
ダーヴィド国王は、実にニコやかに娘の元婚約者を見ていた。
「ハハハ、娘にみとれてしまったかな? フラフラと、吸い寄せられてしまったようだね?」
「は、はい……!」
「いけないなあ。ジェレミー貴金属は王家御用達のお店だよ? 君のお父上にも爵位を与えていることだし、君も貴族らしく振る舞わないとね」
「はい……はい」
ふむ、見事なまでにコメつきバッタだな。
「でも、親としては嬉しいよ。娘のスラヴェナがそこまで魅力的と思ってもらえるのは」
「え……ええ、とても魅力的です」
「どうだい、素敵な宝石だろ」
「ええ、大変お素敵でいらっしゃいます」
「この上ない、宝石だよね?」
「モチロンですとも」
「そうだろう、そうだろう……おや」
振り返った国王は、スラヴェナお嬢様の首に目をとめた。
「スラヴェナ。君はこの上ない宝石だ。こちらにいる、宝石商の息子さんも認めるぐらいのね」
「まあ……ありがとうございます」
スラヴェナは頭を下げた。
「とするとだよ、スラヴェナ? わざわざ、別の宝石で飾る必要はないんじゃないかな」
「まあ。そういうものなのですか、お父様?」
「うん。では外そうか」
会場がにわかにザワつく。
そのサファイアの首飾りは、ジェレミー貴金属のものだった。
コメつきバッタは、スライムに変身してないのに顔が青くなっている。何が起きるのか、想像できたらしい。
「あ、そうだ」
国王はポンと手を叩いた。
「そもそも、チャリティーと銘打っているのに、主催者が飾り立てているのもよろしくないな」
国王は指輪を取った。もちろんジェレミー貴金属のものだ。
「バザーに出すよ。必要な方に買っていただきたいね」
「まあ、素敵なお考えですわ、お父様」
息がピッタリだな、ロイヤル親子。
必要な方に買ってもらう……つまり、「ウチはもう要らない」だ。
国王は……この上ないタイミングで怒りを爆発させた。
私が国王に手配してもらったのは、どの派閥にも属してない、ドレスの着付け用の人員だった。口のカタさも条件に入れていたが……たったそれだけで、我々のおおよその動きを察知したか。
娘が変わったことに呼応して、相手を叩きのめしたんだな。大人のやり方で。
会場のあちこちで囁き声が漏れた。
「イェーディルの魔王……」
「魔王様が降臨なさった」
うわー、やっぱりそんなアダ名が。
かと思うと、こんな囁きも。
「宝石屋のせがれが、王女様ほどの原石を見逃すとは……」
「研磨技術も、大したことはございませんな」
いやはや、貴族の皮肉は辛辣だね。
ゴミは、涙目であわあわ言いつつ、逃げるように会場をあとにした。
連れの女? ああ、とっくに消えてた。一番軽かったのは2人の絆だな。
クラシック調の優雅な音楽が流れ出す。道化の余興が終わり、本来のダンスパーティーの始まりだ。
「さて、スラヴェナ。踊ろうか」
「はい、お父様」
ゴミ掃除を終えた2人は、それはそれは見事なダンスを披露した。
私がまた壁の白骨標本と化していると、コイの真似をしていた魚人が片隅で囲まれている。
「ねえ、セレーナ様。ステキな妹君にございますわね」
「鼻高々でございましょう?」
「え……ええ、オホホ……」
愛想笑いがやっとのご様子だ。
スラヴェナお嬢様が、ダンスの最中にチラリとそちらを見て、ニッコリ会釈していた。よし、何を言われてもニコニコしていろと指導した甲斐があったな。
今のタイミングは、バッチリ刺さったよ、お嬢様。
かくして、舞踏会は大成功に終わった。
「見た!? セレーナお姉ちゃんのあの顔!?」
自室に戻ったお嬢様は、大ハシャギしていた。
「口パクがスッゴイの! パクパク~って、ねぇ、ねぇ!」
「ふふっ」
「ジミーの奴も、ケチョンケチョンにしてやったわ! ガイがあいつの手を取り押さえたところで、『捨て置きなさい』って。ねぇ~! トドメに、パパが宝石外すとか! もう、ウキャ~って感じよ!」
「大満足でございましたね」
私はうなずいてみせたのだが、お嬢様は「む~」とホホをふくらませた。
「ンも~う、ガイってば落ち着きすぎ~!」
お嬢様が抱きついてくる。
「ね~、楽しかったでしょ~? 『やったぜ!』とか『見たか!』とか、なんか言いなさいよ~!」
成功体験を1つでも持つと、人はやる気が増す。
城の外での快活さが、お嬢様に完全に戻ってきたようだ。
「嬉しいときは、嬉しがるものよ!」
「そうですね……。では、ひとつだけ」
私は人差し指を立てた。
「端的に言って、『ザマァ!』でございます」
「いえーい!」