41話目 化けたお嬢様
ぱくぱくと、まるでエサを待つコイのような口の動きだったセレーナをよそに、スラヴェナお嬢様は一礼してからマイクを持った。
『ご紹介にあずかりました、スラヴェナです。本日より大人の仲間入りをさせていただきますことを、嬉しくも思い、また、少し不安にも感じております。ですが、父と母の名を汚さぬよう精進してまいりますので、人生の先達の皆様には温かく迎えていただけますよう、よろしくお願いいたします』
うん、無難だね。それでいい。
どうせみんな、話よりもお嬢様の姿に夢中だし。
スラヴェナお嬢様がマイクを戻して一礼すると、おざなりではない、気持ちのこもった拍手が巻き起こった。
とりわけ、紳士連中の食いつきがスゴかった。
「おいおい、あれほどの王女様が、どこに隠れていたのだね」
「大きいスライムと聞いたぞ」
「ああ、たしかにいたな。胸に2体もおったわ」
「これこれ、不敬ですぞ」
「いや、失礼。しかし豊満ではないか」
「まこと、まこと」
男って単純だよな。
コイの真似を披露していたセレーナは、それでも何とか司会をつとめあげると、「皆様、お楽しみください」とぎこちなく笑ってオープニングを閉めた。
――ふむ、完璧な「お膳立て」だったよ。ご苦労。
利用してきた相手に利用された気分はどうだ? 出てきたのが美の女神では、フォローも叩くことも出来まい。
お前に残された道は……黙って祝福を受けるだけだ。
「なんだよ、スライム~。あの姿、ずーっと隠してたのかよ~」
隣のドロテーは、セレーナよりもよほど余裕があった。
「でも、おかしいな? ちょっと前までは本当にデブだったハズだぜ? ――おい、ガイ。お前、どんな魔法を使ったんだよ?」
「大したことではございませんよ」
そう、半分にやせたあと、少し寄せただけだ。
上半身から、下半身に。
そもそも私は、当初からこう思っていた。
たった1ヶ月でダイエット?
間に合うワケがない。
そこで、舞踏会の衣装に注目した。
下半身をすっぽりと覆う、ふんわりとしたドレスに。
そして……お嬢様はスライムだ。
体を変化させられる。
もちろん、脂肪をずっと変化させておく必要があるものの、それは普段の生活で体を大きく見せることで練習させていた。
今、お嬢様の上半身は、美の女神が降臨していた。
素材は良いのだ。脂肪をどけさえすれば、マーサ様のような美女が現れる。
その上半身の脂肪も寄せられた分、ドレスに隠れた下半身には凄まじい大根足がついているのだが、見えている範囲は完全無欠だ。
ふふっ……。外面が綺麗だと、見えない部分も綺麗に思えてしまう……だよな、セレーナ?
私は、壇上から降りたお嬢様に近寄っていった。
「ウソだ! 贅肉を寄せたんだろ!」
おや、正解だ。
見ると、元婚約者がわめいていた。
「スライムは体を多少変化させられるんだ! 俺は知ってるんだぞ!」
――ああ、スライム族だったな、ゴミも。それで気付いたのか。
「そのスカートの下が怪しい! お前、全部デブだっただろー!」
ふむ、ちょっとだけ賢いね。
そのアホは、お嬢様にズカズカ近寄ってきた。そのまま、ドレスの裾を捲り上げようとする。
おいおい……まさかの大バカだ。
裾に触れようとする寸前、チカン野郎の手首をガッチリとつかむ。
「ジミー様。何をなさっておいでで?」
「このデブの本性を……ぐああ!」
ギリギリと圧をかけてやる。肉でなく骨だからな。さぞかし痛かろう。
「王女様のドレスをめくろうなどという不届き者には、速やかにご退場願います」
「うぐぁあ……!」
「いいわ、ガイ。捨て置きなさい」
おっと。
これは……化けたな。
お嬢様は、かつての婚約者にニッコリとほほ笑んだ。
「ジミー様、その節はどうも」
「う、うぅっ……」
お嬢様が、とある方向へ顔を向けた。つられて目をやると、そこには頭の軽い女がいる。
「キャシー様……でしたか? ステキな婚約者様でいらっしゃいますね」
「う、うぅ……」
「どうか、楽しんでいらして下さい」
これはまた、ザックリと刺したな。――おぅ、ダメ押し様が来られた。
私は、ジミーをそちらへ押しやった。
「お、おい、骨! お前、邪険に扱ってんじゃないぞ!? ぶつかった奴もジャマ……うひゃあぁ!」
「ハハハ。いやー、これはすまないね」
その御方が、「そいつを寄越せ」とマジな目で訴えてきたら、従うしかあるまい。
この国で一番エラい人……ダーヴィド国王なのだから。