39話目 シンデレラ
翌日、お嬢様はカゼを引いた。
――ずぶ濡れのまま放置した。お付き失格だな。
止めなかったのは、私のミスだ。
だが……止めたくはなかった。
あんな輩に心を引きずられるぐらいなら、一時のカゼが何だと言うのか。
「ごめん……ガイ……ごほっ、ごほっ」
「安静になさって下さい。今のお嬢様は、お体を治すのが仕事です」
「あり、がと……」
お嬢様は涙を流した。
泣き疲れて眠ったのを見届けると、図書室から借りてきた本を開き、ざっとイェーディル国のブランド店を調べた。
それによると、ジェレミー貴金属店は、本店がジャスティア王国にあるとのことだった。何代か前には、王家から降嫁してきた人もいたらしく、各国に支店を置いている。
あちこちの有力者と顔をつなぎ、姻戚関係を結ぶことで権力の拡大を図る。このことに関して善悪はない。単に、そういう店というだけである。
――あれはクズだったがな。
ノックの音がした。
「どなたでしょう」
開けてみると、ダーヴィド国王だった。
「見舞いにきたよ」
「国王……執務はよろしいので?」
「娘の体調より重い仕事はないさ」
すぐにベッド脇に椅子を用意し、国王に座ってもらう。
気配を感じたのか、お嬢様は目を覚ました。
「んぅ……パパ……?」
「あ、起こしちゃったか?」
「ううん、大丈夫……」
お嬢様は、横向きになった。
「パパが来てくれるなら、またカゼ引こうかな……」
「おいおい、それならコレっきりにしちゃうよ?」
国王は苦笑した。
「スラちゃん。雨に打たれたんだってね」
「うん……あっ、ガイのせいじゃないの……あたしが勝手に……」
「ああ、大丈夫。そのことで責めたりはしないから」
国王は、銀髪をかいた。
「――僕が、焦っていたんだろうね」
「パパ……?」
「マーサが亡くなって、勢力バランスが一気に崩れて……誰をお付きにしても、引き抜きやら辞職やらで、このままだとスラちゃんが1人になる。そう思ってた矢先、ジェレミー貴金属店の社長とお話ししてね。同じスライム族だし、ちょうど向こうに年頃の息子さんがいるっていうんで、婚約させちゃったんだ……」
「パパ……」
国王は、深く頭を下げた。
「最悪の形で傷つけるような相手を選んでしまったな。すまない、スラヴェナ」
「ううん……いいよ……」
「あ、そうそう。スラちゃんが『あいつシメて』って言うんだったら、本当にシメるから」
「パパ……それはやめて、本当に……」
お嬢様は苦笑していた。
「大丈夫……あたし、ちゃんと見返してやるから……」
「そっか」
少し雑談をしたのち、あまり長居しても悪いと、国王は席を立った。
「さっきはああ言ったけどね、ガイ君。やっぱり執務も重いんだよ」
「お疲れさまです」
「あ、最近何か困ったことはないかい? できる限り手配するよ」
「では、ひとつだけ」
私は要望を告げた。
翌日。
「さあ、ガイ! 今日からまたダイエットするわよ!」
お嬢様は、全てを忘れたかのようにケロッとしていた。
しかし、根底には強い復讐心がある。
お嬢様は、ハングリーさに欠けていた。
貪欲な、何かをしたいという強烈な想い。
今は、怒りから発せられたそれが、お嬢様を突き動かしている。
スクワットは3セットに増やし、ゴブリンのおやつは0匹に減らした。
森へのウォーキングは、怪しまれないように、依然として続けている。
「お嬢様。そういえば、ダンスなど出来るのですか?」
「失礼ね。ちゃんと習ってるわよ」
ほお。ならばダイエットに専念できるな。
その後は、ただひたすら、地道なダイエット生活を続けた。
お嬢様のやる気の維持は、もう心配ない。
むしろ、溢れすぎて、かえって「休息も大事」といさめたほどである。
そして、いよいよ舞踏会が明日に迫った日。
「ん~……。たしかに、やせたけど……」
お嬢様は鏡を見た。
そう、たしかにやせた。
食事の見直し、筋トレ、運動量の増加。さらには、スライム族特有の変化のしやすさ。
これらの要素が合わさったことで、最大時から半減ぐらいはしただろう。
しかし、それは元が非常に太っていたからである。
いわゆるフツウの体型に比べたら、依然として太っていた。
「でも……ありがとう、ガイ」
お嬢様は笑った。
「あなたのおかげで、ここまでやせられたわ。今までみたいにおびえたりしない。あたしは頑張れる」
「――良いお顔になられましたね」
私は、国王に頼んでいた人員を呼んだ。
「頑張ったお嬢様に、私からプレゼントです」
「え、なあに?」
「魔法をお見せしますよ」
素敵におなり下さい、シンデレラ様。