38話目 クズと宝石
小雨がパラつくなか、森でゴブリンを退治した。
「いらないわ」
「よろしいのですか?」
「ええ。――1匹だけでいい」
ゼロにしないのがお嬢様クオリティ。
森では人目がないこともあり、スライムボディを本来の大きさに戻していたが、最初に牢屋であったときよりも2回りほど小さくなっていた。
おかげで、お嬢様用の雨合羽はブカブカである。
「今なら、彼らに押されずとも牢屋に入れますね」
「もう、毒舌ガイコツね」
「あいにく、舌はございません」
「知ってる」
森から帰ってきて、市場に顔を出したが、あまり客足は賑わっていなかった。
「お嬢様。本日はお城へ戻られますか?」
「ううん……もうちょっと歩きたいわ」
普段は立ち入らない高級店街のほうへと足を運んだ。
通りを行き交う人も、上流階級のそれに変わる。
「おーっと、これはこれは!」
大きな声に、お嬢様はビクッとおびえた。
振り向くと、男女のペアが相合い傘で近づいてくる。
「その存在感の大きさは、やはりスラヴェナ王女! いやあ、婚約を解消して以来ですね!」
男の身長は178cm前後だった。端正でアッサリとした顔立ちだが、首と指は、宝石でゴテゴテと飾りたてている。
「え~? ちょっとジミー、本当に王女様? デブすぎなーい?」
「こらこら、キャシー? 王族の場合はね、恰幅がよいって言うんだよ」
女は、脳みそへの栄養が胸と尻にいったかのようなスタイルだった。顔が白いから、面白いようにメイクを塗りたくったのだろう。正直ケバい。
お嬢様は、呻きともつかない声を上げ、いまだに固まっている。
「失礼ですが」
私は割って入った。
「どちら様でしょう?」
「あれ、知らないの? まあ、骨だもんね。王女の元婚約者にして、ジェレミー貴金属の御曹司、ジミーだよ」
知るかバカ。
「その元婚約者様が、どのようなご用件で?」
「いやー、バッタリ会ったし、俺の今の婚約者を見せとこうかと思ってね。これがキャシー」
「は~い」
黙っていればソコソコの置物どもだが、口が動くたびに品性が蒸発していく。
「左様でしたか。ではこれで」
「待ちなよ。こっちは被害者なんだよ?」
は?
「俺はさあ、スライム族同士で婚姻するのがいいっていうんで、ジャスティアから呼ばれてきたんだ。魔王とグレートマザーの一粒種っていうから、どんな美貌か期待するじゃん? そしたらさ~」
男は汚い指でお嬢様を差した。
「コレだもんなぁ~? しかもこの女、ナニ勘違いしてんのか、モジモジしちゃってよ〜! そのとき、うっすら体が透けたんだけど、核までぶよぶよ太ってたんだよ~」
嫌な予感がするが、一応聞く。
「核は、大きな方が良いのでは……?」
「はぁ? お前、頭パァ? あ、ガイコツだもんな、あるわけねーか!」
ジャスティアから来た男は馬鹿笑いをした。
「核ってのはさ、小さい方が強いんだよ! だって、凝縮するからな!? デブデブの宝石とか、クズだぜ~? 母親は泣いてるよ~!」
母の言葉を聞いて、お嬢様は反応した。
「マ、ママを……悪く、言わないで……」
「はぁ? 言ってねーし。理解力もねーの? そうそう、骨。マーサさんは、そりゃもう強くてな? 『ザ・デス』ってのは、敵を残らず倒してきたからついた称号だよ。娘が見事に受け継いだよなー。『ザコデブスライム』、略して『ザ・デス』ってな!」
喋るだけで不快にさせるとは、大した才能だ。
「元婚約者様は、今度の舞踏会に来られるおつもりで?」
「ああ、社交デビューだっけ? 気が向いたら行くぜ。笑いにな!」
「ね~!」
口の軽い男は、頭の軽い女とともに去っていった。
雨足が強まるなか、お嬢様は静かに雨合羽を脱ぐ。
「お嬢様?」
「ゴメン。核の話でウソついてたわね。――そう、小さい方が強いわ」
「お嬢様!」
持っていた傘を出すが、お嬢様の全身は覆えない。
それどころか、義肢を伸ばして、傘をゆっくりとどけてしまう。
「しばらく、打たれさせて……。気持ちがいいの……」
私は一礼して控えた。
「あいつね……。婚約破棄したときは、もうちょっと取り繕ってたのよ……?」
だろうな。
お嬢様が権力を持ってないと知り、居丈高に言ってきたのか。
「パパは、ブチ殺すとか言ってたけど……、みじめになるだけだから、やめてって頼んだの……」
お嬢様は、2本の義肢を出した。
「でもね、本当の理由は違ったのよ……?」
義肢をそのまま、空へと伸ばす。
「あたしね……あんな奴に……! あんな奴に、まだ、好かれようとしたの……!」
――お嬢様の痛みは、私と同じだ。
告白して、振られて……それでもまだ、ありもしない希望にすがっていたあの頃。
「あたしを洗い流したい……! 全部、全部流したいの……!」
「お嬢様……カゼを引きます」
「スグに戻るから、ガイ……! 戻ったら、言うことを聞くから……! だから、今だけは泣かせて……!!」
激変はときに、残酷な真実を次々とよこしてくる。
雨は土砂降りに変わると、お嬢様の体を容赦なく叩きつけた。