37話目 残酷なペテン師のテーゼ
本人のやる気があれば、結果は自ずとついてくる。それは間違いない。
しかし、激変はときに、残酷なタイミングで真実を告げる。
お嬢様は、今は見ずとも良い「残酷な真実」にまで、シッカリと目を向けてしまったのである。
3週間目も、順調に体重は落ちていた。
「随分と、体が柔らかくなられましたね」
今は、床で開脚ストレッチをやらせている。
「もうすぐ、足より前に手が付きそうですよ」
私は、壁に架けた水色のドレスを見た。裾の大きく膨らんだデザインで、高貴な王女様が着るにふさわしい逸品だ。
聞けば、母親のマーサ様も着られたらしい。たしかに肖像画も、このドレス姿で描かれていた。新生した姿を見せるのに、これ以上ない衣装と言える。
「ねえ、ガイ」
お嬢様はポツリとつぶやいた。
「さっき昼食で、セレーナお姉ちゃんがステーキをくれたの。おいしく食べたら喜んでくれたんだけど、食べて良かった?」
「はい、大丈夫です」
肉の1枚や2枚、ゴブリン肉に比べたら誤差である。
しかし、お嬢様は続けた。
「お姉ちゃんってさ……。あたしに、変わってほしくないのかな?」
ほお。
「なぜ、そう思われましたか?」
「えっとね……。『あなたは、そのままでいいのよ』とか、『良さを理解できない周りが悪いの』とか……。これって、ちょっと聞くと優しいんだけど、あたし、実際は変わってきたのよ?」
ああ、それはよく分かる。そもそも最初は、開脚すら不可能だったし。
「もちろん、優しいのは嬉しいんだけど……続きがないのよ」
「続き、とは?」
「そこから先の支援ね。ガイとの、ダイエット作戦みたいなやつ。あと……あたし、こんなに不出来なのに、『悪賢い王女様』って言われてるの」
「初耳ですね」
「あなた、耳ないでしょうに」
「バレましたか」
ガイコツジョークは癒やしである。
実は、私も知っていた。むしろ、そんな話は、一般職員の食堂で食べているほうが、よく聞こえてくる。
『悪食令嬢』
『ザコデブスライム。略してザ・デス』
『飛んでるもの以外は何でも食う』
『ダーヴィド国王とマーサ様から、どうしてあんなのが生まれたのか』
『拾ってきたんだろ』
『他の王女様はおキレイなのに』
『ハダは白いが、悪事で心は真っ黒』
『性根の悪さがデブな体にも出てるんだろ』・・・
あまりに悪評が過ぎるせいで、「ガイも大変だな」などと、私のほうが同情される始末だった。
もちろん、こんな悪口をわざわざ伝える必要などないので、すべて黙っていたが。
「あたしね、セレーナお姉ちゃんがこういう悪評を止められないのは、数が多いからだと思ってた。じっさい、あたしはデブだったしね」
今もな。
「でも……セレーナお姉ちゃんって、影響力大きいのよ? あたしが何か助けてほしいって頼もうとすると、忙しくて時間が合わないけど」
「ふむ」
「お姉ちゃんが、みんなに何か言ってくれるだけで、ずいぶん変わるかもしれない。――いえ、変わらなくても、そういうふうに言ってほしかったの。パパみたいに」
そう。
ダーヴィドパパは、大々的にお触れを出していた。
種族差別や身体的特徴であげつらうことを嫌う国王である。
人の口に戸は立てられぬにしても、せめて自分の前でぐらいは娘を安心させてやりたい――。
もちろん、直接スラヴェナを保護するような法ではないが、娘を思う気持ちはよく分かった。
――王は、何でも出来るからこそ、娘に張り付いてかばってやれないのを、無念に思っているのだな。
「だけど、お姉ちゃんは違うの。言葉は優しいんだけど……浅いの」
ストレッチを終え、お嬢様は立ち上がった。
「ねえ、ガイ。率直に聞かせて。セレーナお姉ちゃんは……あたしを、ダメにしようとしてるの?」
ああ。
お嬢様は、もう答えが分かったのだな。
やられた側は、結構わかるものだ。
その優しさが、「本物」か、「偽物」かが。
お嬢様は変わった。
それゆえに、気付いてしまったのだ。
残酷な真実に。
「お嬢様の想像どおりです」
私は、ゆっくりとうなずいた。
「セレーナ様は、自分をよく見せるために、あなたを利用していたのです」
「――うん。ありがとう」
お嬢様は青い光に包まれたかと思うと、スライムの姿に変身した。
「ガイ。今日も外へ行きましょう」
「かしこまりました」
窓の外は雨だった。