35話目 ダイエットの罠
「ええ? まだムリよ。お尻がへたっちゃうモン」
「大丈夫です。ベッドを使います」
「ベッド?」
そう、王族御用達の豪華なベッドだ。
見れば、ちょうどいい具合の高さである。
「これを使えば、転ぶこともございません。ゆっくりと、お尻を突き出すような感じで屈んでいって下さい。このとき、ヒザを出さないのがポイントです。ヒザを前に出すと、ヒザ痛の原因になりますからね」
「詳しいのね」
「通った道ですので」
部活のときにな。
私は、両手をクロスして肩甲骨に当てたのち、静かにスクワットをしていった。ベッドに腰骨がちょんとつくと、再び立ち上がっていく。
「ゆっくりと腰を下ろし、そこからまた、ゆっくりと最初の姿勢に戻します。これを、1セット10回行いましょう」
「出来るかしら」
「大丈夫です」
実質の初日よりも、体は格段にやせている。ベッドがあれば大丈夫だろう。
「ではお嬢様、行きますよ? い~~ち」
「い~……ち」
「に~~い」
「んににににに~……い」
「さ~~ん」
「さあああああ~……ん」
・
・
・
「じゅ~う」
「じゆうううう~……う。ぜはぁー、ぜはぁー……」
「よく頑張りましたね、お嬢様」
何をおいても、まずホメる。こまめな達成感を与えることは重要だ。
大切なのは、「本人のやる気」である。これを萎えさせてしまっては、たとえ一時的にやせたとしても、決して長続きしない。
「お疲れ様でした、お嬢様。本日は、これにて終了です」
「え、もういいの?」
「はい」
本当は、1分前後のインターバルをおいたのち、3セットするのが望ましいが、それはスクワットの習慣が根付いてからでいい。
そして、喜ばせる情報は早めに伝えておく。
「あと、お嬢様。こちらのスクワットは、3日に1回でよろしいですよ」
「え、毎日じゃないの?」
お嬢様は驚いたらしい。
「てっきりあたし、ずっとやるものだと思ってたんだけど」
「いいえ、筋肉には超回復というものがございますので。詳細は省きますが、筋肉を成長させるためには、およそ48時間から72時間ほどの休息が必要なのです」
「そういうものなんだ」
「はい。筋トレを毎日すると、かえって害悪になるのですよ」
連日筋トレをやっている人も、鍛える部位を変えることで、きちんと休ませていたりする。この辺も、部活をやっていた頃に聞いた話だ。
「また、あらかじめ伝えておきますが、お嬢様も次第にやせづらくなるでしょう」
「え? まだ目標には遠いのに?」
「はい」
およそ、2週間から1ヶ月前後で、ダイエットの停滞期というものが訪れるという。
お嬢様の体は、スライムの中でもとりわけ変化が出やすいのか、やせようと動き出したら、途端に効果が出始めた。悪循環に陥ったときはトコトンまで悪くなったのだが、きちんと導いてやれば、あっという間に変化が出ている。
だからこそ――、ダイエットの罠にもハマりやすいと言えよう。
「お嬢様の体は、これまで順調にやせてきました。しかし、エネルギーの消費効率が改善されると、かえって体重が落ちづらくなってしまうのです。これは、誰にでも発生します」
「詳しいわね」
「かつて、調べたことがありますので」
実践したことは一度もなかったがね。
「なので、焦らないようにして下さい。今のところ、すべて想定通り……いえ、想定以上と言っていいでしょう。むしろ、順調すぎたぐらいです」
「そうなの?」
「はい。ですから、体重が落ちづらくなっても、けっしてむやみに運動を増やしたり、過度に食事を減らしたりしてはいけませんよ? かえってバランスを崩してしまいますからね」
「分かったわ」
お嬢様は、実に落ち着いていた。
3日後。
「や~せ~な~い~」
やれやれ。
焦りは禁物と知らせていても、実際に体重が落ちないと、じれったいものな。
不安になってジタバタして、それでもなお体重が落ちず、結果、諦めてしまう……。まさしく、ダイエットの罠である。
「なんか変えてよ、ガイ! なんとかしてやせたいの!」
「ふむ」
本当は、大人しく続けてほしい。
とはいえ、実際に取り組むのは、このお嬢様だ。
「本人のやる気」が出てきた以上、それに沿うのが務めといえる。
――そうだな。こうするか。
「お嬢様」
「なに? ゴブリンの食事量を減らすの?」
「いいえ、逆です」
私は両手の指を広げてみせた。
「明日からまた、ゴブリン10匹を食べてもらいます」
「――えぇ~っ!?」