34話目 マイフェアレディ
「え、あれ……? あたし、ちょっとやせた……?」
そう。
お嬢様は、明らかに少しやせていた。
それまで無節操に食っていたゴブリン10匹を、3匹に減らしただけの、「ゴブリンダイエット」。
要は、余分な食事を減らしたという単純なものだったが、効果は着実に上がっていた。
「ワンピースが、ぶかぶか……」
部屋ではフリーサイズのジャージを着ていたお嬢様だったが、試しにワンピースに戻してみると、すでにハッキリとサイズが変わっていた。
青い光に包まれ、スライムの姿に変身する。
「んと……。とりあえず、朝食に行ってくるわね」
「いってらっしゃいませ」
国王と娘達だけの食事会に、本日も参加するお嬢様。
「パパは、お仕事がたまってて、ずーっと忙しいんだって」
それでも食事は一緒に摂るあたり、父親の鑑だな。
午前中は、お嬢様の読書タイムなので、私はその間、積極的に動いていた。子猫のミーケとボール遊びに興じ、竜娘のドロテーと模擬戦を行うといった具合である。
昼食後は、一緒に外へ。森でゴブリンをもぐもぐタイムだ。
「スラヴェナお嬢様。ご家族での食事のさいは、MAXまで太ったお姿を続けておられますか?」
「ええ、ガイの言いつけをしっかり守ってるわ」
よしよし。この光源氏計画だかマイフェアレディ作戦だかがバレたら、セレーナの妨害が厄介だからな。
セレーナは、あくまで我々が「何もできない」と思っているからこそ、優しく接しているのだ。あの魔女には、最後まで愚者のフリをしといた方が良い。
もちろん、城内でのスライムの姿も、体を大きく見せるよう擬装させている。
「でも、ガイ。あたし、この人間の姿をみんなに教えたいんだけど」
「いいえ、お嬢様。まだこれからです。社交界デビューで白鳥の姿を際立たせるために、今は醜いアヒルの子の姿で通しておくのですよ?」
「え~? 見せたい~」
イヤイヤをするお嬢様。まあ、少しやせたし、気持ちは分かるが。
「お嬢様。我々の目的は、あくまで3週間後です。そこでバシッと見せつけたほうが、格好良いですよ?」
「ん~……そうね! じゃあガマンする!」
「さすがです、お嬢様」
私は拍手した。
その後は、ダンジョンまで行かなくなったことで空いた時間を、城下町で市場をブラつくことに回していた。これにより、運動量も維持している。
「河原の石だって~。えへへ~、丸っこ~い」
人というのは、興味があれば続けられるからな。
思えば、お嬢様は、ソネの町でもウィンドウショッピングをやっていた。
好きなことなら、苦もなく行えるものなのだ。
帰ってきたら、お嬢様の入浴タイムである。
実は王族の場合、各部屋から、自分専用の温水シャワールームに行けるのだ。王族パワーに魔法の道具が絡むと、こんなことまで可能らしい。スゴいな、魔法。まさに金を湯水のように使っている。
入浴時間だが、以前は夕食後だったらしい。風呂に入ってから食事をすれば満腹感をスグ得られやすいので、先に入らせるようにした。
「終わったわ、ガイ」
部屋の外で待っていた私は、再び室内へと入った。水分を補給させたのち、柔軟体操を行わせる。
「最近あたし、寝付きもいいみたい」
「手足の冷えはどうですか」
「前ほどは感じなくなったわね」
適度な疲労により、ぐっすりと眠れるようになったらしい。また、血流を良くすることで、冷え性の改善にもつながっている。
軽く体をほぐしたのち、お嬢様は夕食へ向かった。私も、一般の城内職員が利用する食堂で夕食をすませ、入浴施設で手早く体を洗う。
――骨が風呂に浸かってると、ダシが出てるみたいだな。あるいは地獄か。
夕食後は、1日のまとめと翌日の予定を、お嬢様と話し合う。
「お嬢様、何か変わったことはございましたか?」
「んー。そういえば、さっきの晩餐で、パパが不思議なことを言ってたわね」
「不思議なこと……とは?」
「『スラちゃんは、なりたい自分になっていいんだよ』とか」
「ふむ」
さすが国王だな。娘が変わろうとしている意志に気付いたか。
「そのあと、セレーナお姉ちゃんも言ってたわね。『スラヴェナは、そのままでいいのよ』って」
「ほお」
微妙にニュアンスが違うな。
「あたし、その言葉は妙に印象に残ったから、覚えてたの」
「お嬢様は、どちらをお選びしますか?」
「んー……だって、本当はもう変わってるし。ちょっとだけど」
お嬢様は、脇腹をぷにっとつまんだ。
「だから……セレーナお姉ちゃんは、ああ言ってくれたけど……パパの方がいいかな」
「左様でございますか」
私は一礼した。
心身ともに、もう大丈夫だ。最悪の沼は脱しただろう。
夕食からも30分ほど経っている。頃合いか。
「お嬢様」
「なあに?」
「スクワットに、再挑戦しましょう」