33話目 おやつは3匹まで
1回目のスクワットで転げたお嬢様は、ベッドまでずりずりと移動すると、なんとかそれを支えに立ち上がった。
「終わったわ」
「ええ、終わりましたね」
始まる前にな。
自信満々で言うからやらせてみたが、やはり今のお嬢様にスクワットなど無理だった。
ということで、当初の予定に戻る。
「スラヴェナお嬢様は、ふだん何をして過ごされてますか? 今日は、その暮らしぶりを見させて下さい」
「分かったわ」
お嬢様はベッドの下をごそごそ探すと、本を取り出し、ベッドで横になった。
「いつもは、こんなふうに、図書室で借りてきた本を読んでるわね」
「ふむふむ」
「以前は朝昼晩と持ってきてもらってたから、それを飲み食いしながら読みあさってたわ。――あ、夢王子シリーズがすごいのよ。知ってる?」
好きなことだと、途端に饒舌になるんだな。
「お嬢様の、お気に入りの本ですか?」
「ええ! 敵をバッサバッサと切っていくのよ!? どんな相手にも負けないんだから!」
「ほほぉ」
1巻をためしに手に取った。パラパラめくると、文字が読める。
「では、読んでみますね」
「ええ! スッゴク面白いわよ!」
1時間後。
「お嬢様。一度立ち上がって、少しお部屋を歩かれて下さい」
「えー、今いいところなのに」
「作品は逃げませんよ。体が長時間同じ姿勢ですと、血流が悪くなります。10数秒で良いので、ぜひ行いましょう」
「はーい」
「また、足をマッサージするのも良いですね。太ももやふくらはぎなどを揉んで下さい」
「分かったわ」
お嬢様は、自分でぐにぐにと揉みほぐす。
「次は?」
「こまめな水分補給です」
「それは大丈夫ね。水差しとコップならあるわ」
たしかに飲んでいた。
「でも、ちょっと味気ないわね。いつもは、お菓子とかが付いてるんだけど」
「それは控えておきましょう」
「ケチー」
やせるためだよ。
昼食が終わって、午後。
「今から、外に行くわ」
「おや」
意外だな。部屋に閉じこもっていると国王は言っていたが。
「どちらへお出かけで?」
「モンスター討伐隊の視察と慰撫ね」
「はあ」
ますます意外である。――いや、そのような討伐隊がいて、王女が見て回る行為は、やる気を出させるためにも良いと思う。このスライム王女がやって士気が上がるかどうかは別として。
「さあ、何してるの? 行くわよ」
「はあ」
お嬢様が乗り気なのが不気味である。午前中の様子からして、外より家が好きなハズだ。
謎はスグに解けた。
「いっただっきまーす」
城近くの洞窟で、討伐隊が退治したゴブリン。
それを、お嬢様が食べていたのだ。
スライムの姿で、ゴブリンを覆っていき、シュワーッと溶かしていく。
「うわあ、本当に食ってるよ……」
「なー、悪食令嬢だぜ」
ひそひそ言ってるが、私には聞こえてるぞ。
「討伐隊の方」
「あ、す、すんません」
「いえ、私にはお気遣いなく。お嬢様のお耳にも、決して入れませぬゆえ」
獣人たちの内緒話に混ざる。
「ときに、いくつか質問がございます」
私は、お嬢様を引き連れてダンジョンから出た。
「ねえ、ガイ。なんで討伐隊の視察がいけないのよ?」
ほほお、何がいけないのか、ときたか。
「お嬢様? 私はずっと疑問でした。運動をされておらず、間食も摂っているとはいえ、場所はお城です。もし、過剰な食事を摂っていたら、国王陛下が気付くハズ。そして、控えるよう言われたハズです」
そう、ずっと気になっていた。
他の王族が太ってないのに、なぜトドだけ太っているのかと。
その答えを、私はすでに見ていた。
「お嬢様。あなたは1回の討伐で、ゴブリンを何匹食されてますか?」
「え? ええっと……2匹、かな?」
ふむ、怒られそうなのは分かったんだな。過小報告して、少しでもやり過ごそうと。
じゃあ、こうしようか。
「それでは、お嬢様。ダイエットのために、半分の1匹にしましょう」
「ええー!? ゴメン、うそ!! 10匹ー!! あ、違う!! 20匹ー!!」
はい、正解は10匹な。半分にされると思って、倍の申告をしたと。算数の計算は出来るのか。えらいえらい。
「これからは、1日3匹までにしましょうね」
「ええっ!?」
「この森近くのゴブリンは、全てはぐれ者で、しかも魔法を使わないと聞きました。討伐隊の皆様には、お嬢様が視察を打ち切る旨を伝えましたので、これからは私が取ったゴブリンだけを食して下さい」
「ええー!? ヤダヤダヤダー! 3匹ぽっちじゃ、0匹と同じだモーン!!」
ほお。言ったな、トド。
「0匹と同じですか? それでは、0匹にしましょう」
「えっ!? い、今のは言葉のアヤよ! それに、10匹の半分なら5匹でしょ? 5匹にしてよ!」
「始めから、正直にお答えなさっていれば、そうしました」
「あうぅ……」
落ち込んでるが、知るか。
絶食ダイエットをするなとは言ったが、毎日ゴブリン10匹を食うなど、明らかに食べ過ぎだ。
「ガイの、鬼ー!」
「いえ、骨です」
改善してから、1週間で効果が出てきた。