32話目 起き上がれないこぼし
お嬢様を起こした私は、衛兵や使用人たちの一般食堂で朝食をとった。
舌がないのに味が分かる。睡眠も出来たし、ガイコツの神秘だな。うむ、うまい。
食事をすませると、再びお嬢様の部屋へ。ちょうど部屋の前で王家の朝食会をすませてきたらしく、合流して中に入る。
「さて、スラヴェナお嬢様。今日の分を早速始めましょう」
「えーっと、食事をとらなかったらやせるんでしょ? ちょっとツラいけど、やせるなら平気よ」
食った後に言うあたりがステキだな。
だが、実に危険な考え方だ。
「残念ながら、お嬢様のその手法は、筋肉が減って、その分脂肪が付いてしまうという、最悪のものです」
「ええ!? すぐやせるわよ!?」
食べてないからな。そりゃやせるだろう。
「ですが、2週間ほどしたら、スグに太りませんでしたか? 依然にもまして」
「うっ……なんで分かるの?」
「私もやりましたゆえ」
私の場合は、部活をやめたのに食事量がそのままだったため、太ったパターンだったがな。その後、告白して悲劇を迎えて、300kgになったんだ。
なんにせよ、筋肉を減らしてしまうのは、間違いなくリバウンド王女になってしまう。そんな称号は、バスケだけで十分だ。
「お嬢様。食事を抜くのは、健康にも非常に悪いです。いいですか? ダイエットとは、何よりもまず、『食事』のこと。『食べながらやせる』。これを、絶対に守って下さい」
「分かったわ」
食えるってのは嬉しいんだろう。これは素直に納得したな。
「だけど、ガイ。食べたらその分、体重が増えるでしょ? どうするの?」
「もちろん、その分運動するのですよ」
「えーっ?」
おう、いいリアクションだ。部屋では極力人間の姿になれと言ってるからな、げんなりした顔がよく分かる。
まあ、動けないデブは大体そうだよな。私もそうだった。太りだした時点で、もうだるかったよ。息するだけで汗かいたし。
「なに、きわめて簡単な運動ですよ。1セット1分もかからないでしょう」
「え、本当に?」
「はい。スクワットです」
「――すくわっと?」
「ええ。ヒザの曲げ伸ばし……屈伸運動ですね」
サッサッとデモンストレーションをやる。おお、体が軽い。
「今の動きです」
「な……なんでコレなの?」
「おや、先ほど伝えたと思いますが。やせるには、筋肉が大事なのですよ」
これを骨が言うあたり、相当にシュールだな。
「お嬢様。人体の筋肉ですが、どこに一番ついていると思いますか?」
「えーっと……お城の兵士とか、すごいムキムキじゃない。やっぱり、腕とか胸板とかじゃない?」
「ハズレです」
「ええーっ? じゃあドコよ」
私は腰骨をコツコツと叩いた。
「ここから下です。およそ70%の筋肉が、ヘソから下についてます」
大腿筋、大臀筋など、人体の大きな筋肉は下半身にあるのだ。
「ええー、ウソ!?」
「ウソではありません。――そうですね。お嬢様は、ドロテー様の格闘を見られたことは?」
「武道会であるわ」
「ではお分かりかと思いますが、ドロテー様も、最初はパンチを繰り出しますが、決め技はキックのはずです」
「そう……だっけ?」
「あれは、無意識のうちに『キックのほうがパワーが強い』と思っておられるからでしょうね」
平均的に鍛えていれば、筋力の多いほうがパワーも強い。実にシンプルである。
「というわけで、お嬢様には今からスクワットを10回やっていただきます」
「分かったわ」
「ゆっくりでいいですからね」
「ふふん、こんなもんでいいの? 楽勝よ!」
お嬢様は、さっそくスクワットを始めた。
「いーーち」
ごろん。
転がった。
「う~~ん、う~~~ん」
ジタバタじたばた。
「あ~が~れ~な~い~~」
起き上がれないこぼし。
またひとつ、スライムの栄誉な称号が増えた。




