31話目 意志の力
「つまらない話をいたしましたね。平にご容赦を」
「いえ……ありがとう」
お嬢様はぽつりと呟いた。
「あたしは……何をすればいいの? 何が必要なの?」
ふむ。ここは重要だな。
私はアゴの骨に手を当てた。
前世には、それはもうたくさんのダイエット器具があり、ダイエットサプリがあり、ダイエットメソッドがあった。
このことから分かるのは、「絶対にやせる」方法など存在しないということだ。
もしあるなら、それが席巻していたハズだから。
一方で、全く効かないということもなかったハズだ。
効果がないなら、ダイエットという概念自体が消えていたハズだから。
とすると……一番大事なのは。
「お嬢様。あなたご自身の、『やせたい』と思うご意志です」
「意志?」
「ええ。決意表明と、具体的な目標です。今回の場合、目標は『1ヶ月後の社交デビューでやせること』ですね。あとは、決意表明です」
「――やせたいわよ」
私は頭を横に振り、手でうながした。
「もっと、強くお願いします」
「やせて……見返したい!」
「もっと、もっと!」
「み……見返す!」
「腹の底から!」
「見返してやりたいわよー!」
お嬢様は絶叫した。
「あたしを振った奴にも! お姉ちゃんにも、妹にも!! 私は変われるんだってことを、見せつけたいわよー!!!」
その言葉が聞きたかった。
「では、今すぐ『1歩』を歩いて下さい」
「1歩? なんで?」
「やせるための1歩です。――今日は遅いから、明日からと思ってませんでしたか?」
「ギクッ」
お見通しだよ。
「こんな格言がございます。『明日から? 今すぐやれよ、バカヤロー』――たとえどんなにわずかでも、思い立ったそのときから始める。これが、後々に大きな差となって表れるのですよ」
「分かったわ……1歩ね」
「もちろん、人間の姿で、ですよ?」
「えぇ……? どうしても?」
「はい」
お嬢様は、青い光に包まれた。それが消えると、立ち上がったトドの姿になる。
ベッドから下り、ゆっくりと1歩を歩いた。
「おめでとうございます。お嬢様にとって、大きな大きな1歩です」
「――ありがとう」
お嬢様は、壁に架かった絵を見た。青い髪の優しそうな女性で、ちょうど、お嬢様がやせたような姿をしている。
「あたしのお母さんよ」
「マーサ様、ですか」
「ええ」
なるほど、やせたら似ていると思ったのも納得だ。
女性的な膨らみが豊かで、それでいて腰はくびれている。
「実にお美しい方だったのですね……。女神のようでございます」
「うん。あたしの、数少ない自慢のひとつ」
お嬢様は、そっと絵を手で触った。
「ママ……ごめん。あたし、今までダメな子だった。今日から変わる……絶対にやせる!」
「その意気です」
私はカツカツと拍手した。
翌日。
「ヤダ。やんない。めんどい」
ははは、こやつめ。
問答無用で毛布をはぎ取る。
「うわっ! 何するのよ! ヘンタイ!」
最近のトドはしゃべるらしい。
あいにく、モフモフ抱き枕とジャレるスライムに、欲情する趣味はない。
「お嬢様。すでにダイエットは始まっておりますよ」
「え~? ――ゴメン、明日から」
だよな。ものぐさ姫はこんなものだよな。知ってた。
なので、スライムにデコピンを食らわせる。
「いたっ! なにすんのよ!」
首を傾げたのち、ゆっくりと肋骨に手を当ててみせる。
「私は、転生で、やせました」
「うっ……」
「やりますか? それとも、人間やめますか?」
「わ、分かったわよ……」
ようやくもぞもぞとベッドから這い出すお嬢様。
やれやれ。素晴らしい意志の力だことで。
先が思いやられるね。