30話目 私はコレでやせました
私が、自分でも驚くほど冷淡な声でそう告げると、お嬢様は途端に不安そうに震えた。
「え……? ガ、ガイ……?」
「いいですか、お嬢様? 今までのは、『私が居場所を作る』ために必要だったから、やっただけです。四女のミーケ様、次女のドロテー様。まあ、ケンカするよりは仲良くしといた方がいいですからね。――ですが、これはいわば、『見えている妨害』。お嬢様をツブそうとしている真の首謀者は、もっと狡猾です」
ビシッと指で差したら、「ひぅっ」とスライムのお嬢様は怯えた。
「その首謀者は、自分からは一切動きません。お嬢様が頑張らなければ、決して私にはどうしようもないことを仕掛けてきたんです。――いえ、むしろ、勝手にワナにハマったと言ってもいい」
私は、差していた指をすっくと起こした。
「社交デビューまで、1ヶ月ですか。――太っているのはおイヤ? ならば、やせましょうよ。全力で」
「む、ムリよ、そんなの!」
「ムリ、無駄、不可能……。それは、『その人にとって』出来ないと言っているに過ぎません。あなたはスライムです。よくもまあ、ここまでブクブクと太りましたがねえ」
「うぐっ……!」
「これは、変わりやすいスライムの悪しき面です。悪いスパイラルに入って、お嬢様はどこまでも落ちてしまわれました」
「じゃ、じゃあ……もう立ち直れないんじゃ……」
「いいえ。――人は、何度でも立ち上がれます」
死なない限りね。
「まして、お嬢様はスライムです。先ほど、ご自身で仰いましたよね? 『変わりやすい』と。――ならば、流れを良いスパイラルに戻しましょう。今のお嬢様はどん底です。ここからなら、劇的に変わりますよ」
「そ、そんなこと言ったって……。あなたは、あたしと違うのよ!!!」
ああ、そうかい。
「――とある男の話をしましょう。とても太っていて、動けなくなった男の話をね」
「え?」
「男も、昔は痩せていました。しかし、好きだった女に告白したものの、結ばれることはありませんでした。男はショックでメシをドカ食いし、やがて、300kgの肉体になりました」
「な……なによ、その話?」
「男は、自分の重さを支えるだけの筋肉がありませんでした。だから、いつも寝たきりです。移動すら自分ではままなりません。できることは、食って寝る。それだけです」
「え、えぇっ……?」
「ああ、部屋で雑学を調べることはありましたね。――ですが、それで何かを生み出すわけでもなく。ただ、無為に日々を過ごしてました」
「や……やせようとは、思わなかったの? その……男は?」
私は、首を横に振った。
「すでに、気力がなかったのです」
当時のことが、つい昨日のように思い出される。
「何をやっても報われない、認められずに成功しない……男の人生は、たしかに、やせれば変わるかもしれませんでした。――ですが、やせようとする気力が起きなかったのです」
「あ、あたしと同じ……」
「ええ、ほぼ同じです。――ですが、たったひとつ、大きな違いがございました」
私は大腿骨を叩いた。
「その男は、1歩を踏み出す力も、すでになかったのです」
実際には、ほんの少しだけ、歩こうとする気力はあった。
しかし、たったの「1歩」が、当時の私には、どんな高い山に登るよりもハードルが高かったのだ。
「鍛える」にすら至らない、「動く」というハードル。
それすら、私には出来なかったのだ。
「スラヴェナお嬢様。あなたは歩けます。ぜーぜーと、スグに息が上がっておりましたが、しかし、動けます」
「で、でも……」
「――いい加減にしろ!!!」
ビクンッと震えるスラヴェナ。
「みじめに縮こまって、そのくせブクブク太って、食って寝るだけか! たしかに、それは楽だ。――ああ、やせられるとも。動けずに死んで、魂を骨に移し替えられてなあっ! 体重? ハッ! 100分の1になったさ!」
「あ、あぁ……!」
「分からないと言ったか? いいや、誰より分かるさ! 今のお前の行く末がこれだとなぁっ!!」
「あぁ、あああぁぁっ……! や、やっぱりあなたのこと……!」
スラヴェナは、涙声になった。
「ご、ごめんなさい……。あたし、あなたに、なんてヒドいことを……!」
「いえ」
私は静かに答えた。
「分かって下されば、それでよろしいのです」
「あなたの骨は……普通の体型だった。でも、それは……魂を移されたからなのね?」
「はい」
手の平で、ゆっくりと肋骨を叩く。
「私は転生でやせました」




